47 終章:あなたがここにいてほしい(3)
「よくこんなこと思いつくよな」
俺は自宅の賃貸マンションで一人、杏奈が作ったワードのメモを見ながら、ため息をついた。
牧島警部が言ったとおり、もしも杏奈の仮説を立証するとしたら、
①久住・ウィルヘルム・来人を呼んで料理を提供する
②久住・ウィルヘルム・来人が料理に何かを混入する様子を証拠として撮影する
③②の前後で、料理の味が変わったことを複数人で確認する
ことが必要になる。
普通に考えて、超有名インフルエンサーの久住を呼び出し、料理を食べる椅子につかせること自体が、まず困難だ。
その様子を自然に撮影する、というシュチュエーションも思いつかない。
そして、わざわざ、そこで料理に何かを混入する、という暴挙に出る状態に持ち込むことも。
③に、たどり着かないのだ、普通は。
杏奈は、その全てをクリアする作戦を立てて、そしてそれを現実のものにした。
藤川社長に依頼して「新しいレストランのオープン記念動画の撮影会」という企画を立てた。このレストランは、実際に今後オープン予定の店舗だ。
ただ、それくらいなら、久住が乗ってくる可能性は高くなかった。が、動画のコラボ相手として、こちらも超有名アイドルである、百瀬さくらの名前が出ると、久住の事務所は予定を調整して撮影に応じるとの回答だった。
実際、久住が何もしなければ、この動画は本当にオープン記念動画として使用される。百瀬さくらの事務所も、いくつかのCMスポンサーでもある、藤川社長からの依頼なら、と快くスケジュール調整に応じた。もちろん、百瀬さくら本人も。
その上で、オープン記念動画用に実際に店で腕を振るう予定のシェフの料理を食べてほしい、と。
そのシェフの名前は、橋本一樹。
これで、久住が俺を潰そうと狙い続けているなら、撮影のその場で、俺の料理を不味くするはず。
もし、久住が異物混入を起こした場合、すぐさま牧島警部と田島警部補が、現場の保全と身柄の確保を行う。
「橋本さんは、最高の料理を、ただ作ってください」
杏奈の言葉が浮かんでくる。
俺は、もう一度、あの日、久住・ウィルヘルム・来人に出した料理を作ることを決意していた。
***
来週の今頃は、お母さんの退院の手続きをしてるんだな。
いつのまにか、自分の体にすっかりなじんだメイド服。腰のエプロンリボンを後ろ手にきゅっと縛る。
料理だけがよく見えるように、一旦、眼鏡を外す。
百瀬さくらと私は、ドレスルームで準備を整えていた。私は給仕役、百瀬さくらは出演者。
「杏奈さ、ほんっとうに、うちの業界考えない? それ、やばいよ。めっちゃくちゃかわいいんだけど」
「や、やめてよ。気合い入れてるんだから」
カクテルドレス風の衣装を着て、白銀のネックレスを着けた百瀬さくらは、高級レストランの雰囲気に合わせたのだろう、いつもよりも華やかなメイクで、ため息が出るほど綺麗だった。そんな人にメイド服姿を誉められてもなぁ。
「料理できないけど、実は英語できるキャラとかで売り出して、そのうち、料理の味覚チェック番組とかで勝ちまくったら、すぐ上位層にこれそうだけど」
「だから興味ないです!」
「そうよね、杏奈が興味あるの橋本さんだけだもんね」
「ちょっと!」
もー、何なんだ、と思ったけど。
「緊張しすぎると、上手くいくものもいかなくなるわ」
柔らかな笑顔を見せる。
よっぽど力が入った顔をしてたんだろうな。
「さ、今日のリーダー、三河杏奈監督。みんなのところへ行きましょう。本番前、最期の指示をしなくちゃね」
***
「今日は、本当にありがとうございます。私の無茶なお願いを聞いてくださって」
レストランフロアの下のフロアにある会議室。 藤川社長、牧島警部、田島警部補、百瀬さくら、マネージャーの東条さん、そして……白い料理服を着た、橋本さん。
「私は、橋本さんの料理が大好きです。橋本さんの料理は、人の心を動かす力があります。そんな素晴らしい宝物が、世の中に出て行くことができないなんて。そんなの絶対嫌なんです」
橋本さんが、私のことをじっと見つめていた。
眼鏡を外していてよかった。緊張してしまうもの。
「だから、あの男が、橋本さんの料理を台無しにしようとするなら、それを止めたい。もし、何もせず食べてくれるなら、美味しいと、カメラの前で言ってほしい」
そう、どちらに転んでも。
今日で、橋本さんをあの男の呪縛から、解放して見せる。
「私一人の力では何もできませんでした。今日のこの場を用意してくれて、力を貸してくれて、みなさん、本当にありがとうございます」
いけない、何だか、みんなの顔を見てたら……。
「泣くのは早いぞ」
「泣くのは早くない?」
「泣くの早いわよ」
橋本さん、牧島警部、百瀬さくらの声がほぼ同時に響いた。
「ずびばせん……何か心強くなりました」
会議室に笑いが起きた。
「まぁ、みんな、三河さんと橋本さんにお世話になった面子ですから、ね」
藤川社長が、会議室のメンバーを見渡した。
「恩返しをするチャンスっていうところですかね」
田島警部補が牧島警部に目配せすると、深く頷いていた。
「さ、時間よ。橋本さん、締めてもらえます?」
百瀬さくらが、ふわりと、踊るように橋本さんに発言を促した。
「え、俺?」
「当たり前でしょう」
私以外の全員が頷いた。
「あー……」
橋本さんが、困ったな、というように頭を掻いた。
「……俺は、もうずっと、料理から逃げ出してました。料理を始める前は、親から逃げて、家から逃げて。まぁ、よく考えると、逃げっぱなしだったんですけど」
すっと、橋本さんが、私を見つめた。
「杏奈が……味覚の天才が、俺の料理を美味いと言ってくれたから。もう一度、自分の料理を信じてみようかな、と思えたわけです。おかげで、みなさんにも自分の料理を食べてもらえて……それに……破る訳にはいかない、大事な約束があってですね……」
橋本さんが椅子から立ち上がった。
「だから、今日、どんな結果が待っていても、俺は、杏奈のためにも料理を続けようと思ってます。何か自分の話ばっかりですみません。自分からも、改めて、力を貸していただいて、ありがとうございます。今日は……」
橋本さんが笑顔を浮かべた。
「美味しい料理を作ります」
みんなが頷いていた。
百瀬さくらが私をこづいて、耳元でささやいた。
「自分の話ばっかりっていうか、杏奈の話ばっかりじゃん」
肩を叩こうとしたら、またも踊るような動きでかわされた。
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