45 終章:あなたがここにいてほしい
牧島警部と田島警部補との約束がある、というのは聞いていた。
杏奈に、何か、危ないこと考えてないだろうな、と尋ねたら、「いやいやいや」と言いながら額に汗を浮かべていた。
「そしたら、三河さんの相談から聞こうかな」
席に座った牧島警部が杏奈に視線を合わせる。
ちらり、と杏奈が俺に視線を送り、それから意を決したように牧島警部に向けて話し始めた。
「お店で出された料理に、勝手に手を加えて不味くするのは、犯罪ですか? 何か科学的な物質を使って」
「まず、本人が食べるだけなら、本人の勝手だから、何らかの犯罪っていうわけではないでしょう。さて、それじゃ、わざと不味くした上で、「不味い不味い」と騒ぎ立てる、店の評判を落とす、そうしたことは、刑法233条の偽計業務妨害罪に当たる可能性があるわ」
杏奈が頷いた。
「そして、勝手に何らかの物質を混入して、他の客に食べさせたとして、仮に健康被害があれば、刑法204条の傷害罪、そこまでの被害が生じなかったとしても、刑法208条の暴行罪が成立する可能性、というところかしら」
ありがとうございます、と杏奈がつぶやいた。
杏奈が、何を尋ねているのか理解した。
「三河さんは、久住・ウィルヘルム・来人が、橋本さんの料理に何か混入した、そう考えているのね」
牧島さんから、すぐにその名前が出たことに驚いた。
「警察が……牧島さん達が、何で久住のことを?」
「久住に関して、何件か通報がありましてね。ネットでも書き込みはありますが……こいつのせいでクビになった、料理を不味くされた、と。まぁ、荒唐無稽な話なので誰も反応しないですし、警察も普通は取り合わないのですが……ね」
田島警部補が、俺と杏奈をすっと見つめた。
「この人、雑誌や動画で、「味が見える」って度々言ってるんですよ。どこかで聞いたことのある能力だな、と。それで、先日伊藤医師にも面会してきたのですが、やはり、昔、伊藤医師が診察したことがある人物でした」
「普段なら、こんな捜査しないんだけどね」
「ええ、それで、お二人のことが頭に浮かんだんですよね。味覚を分析して、再現する、作り上げる、美味しい物を正確に作ることができる、なら、その逆ももしかしたらできるのでは、と」
杏奈が、俺の方を見た。
「私は、何ヶ月もずっと橋本さんの料理を見てきました。どれだけ丁寧に考えて作っているか。橋本さんが作り間違えたなんて、そんなこと考えられない。あの男が、橋本さんの料理を台無しにした、そう考えるのが自然です」
「料理を台無しにする、そういう方法があるのね?」
「味覚に作用する物質があります」
杏奈が、百瀬さくらに食べさせたスープの話を牧島警部と田島警部補に説明した。2人は興味深そうにその話を静かに聞いていた。
「三河さんの推理は、久住が、橋本さんの料理に異物を混入した、そういうことね」
「はい、私はそう思っています」
俺の料理に、異物。
本当に、そんなことを?
「話は単純だけど、立証は相当に難しいわ。もちろん、昔に起きたことは、今からじゃ調べようもない。だとすると、実際にこれから実行したタイミングを捉えるしかない。
つまり、A時点で美味しい料理が、久住の前に出された後のB時点で、久住が何らかの異物を混入したことによって、不味くなった。
これを現行犯で、あるいは物的証拠、証拠映像、複数の人間の証言、そういったものをそろえて立証しなくてはいけない」
「やっぱり、そうですよね」
杏奈が目を閉じた。
牧島警部がため息をついた。
「今日は、三河さんにその話を聞けただけで、大きな収穫だったわ。警視庁としても、同様のことが繰り返されないかマークしていくことに……」
「……私は、あの男に、久住に、白状させたいです」
杏奈が、思い詰めた、だが、何かを決意した表情で、そう言った。
「私は、橋本さんをあの男から解放したい。そして、もう、どこに行っても、誰の前でも、安心して料理をしてほしい」
杏奈が立ち上がって、全員を見渡した。
「私に考えがあります。協力していただけないでしょうか」
最終章になります。
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