44 第四章 アイドルとスープ(14)/台無しのスープ
水曜日、高校のお昼休み、警視庁の牧島警部と約束した時間に電話をかけた。内容的に、メッセージに残すのは少し気が引けたから、相談できますか、と言ったら、二つ返事で時間をとってくれた。
「恋の相談?」
「違います!」
けたけたと笑い声が聞こえる。
「じゃあ、それ以外で警察に電話ってことは、何か事件かしら」
「ありがとうございます……まだ、確信があるわけじゃないんですけど……牧島さん、久住・ウィルヘルム・来人って、ご存じですか?」
あら、と言う牧島さん。少しの沈黙。
「三河さんも気付いたの?」
「え?」
「さて、これ以上は電話では話にくいわ。三河さん、メッセージ系アプリは当然だけど、電話も、いつどこで傍受されてるか分からないものよ。シンプルに立ち聞きっていう方法もあるし。日曜日の午前中、時間ある? 私たちも、少し相談したいことがあるの」
***
モニター越しの百瀬さくらの英語は、かなり聴きやすかった。
「全然大丈夫じゃないですか」
「杏奈が話しやすいのよ。あなた、説明も上手いし、そう、言葉を使うのが上手なのね。素敵だわ。気付く人は、ほっとかないでしょうね」
「え、あ、ありがとうございます……」
パソコンの画面越しで良かった。動画やテレビで見たことのある綺麗な顔で真っ直ぐに誉められると、くらくらしてくる。ほんと、かわいい、綺麗……。
今日は金曜日。英会話の練習も3回目。夜の1時間、と時間を制限して百瀬さくらが話したいテーマで英会話。
初日はお互い少し緊張していたけど、2回目、3回目となんだかすっかり打ち解けてしまい、今日は一通り練習を終えたところ、百瀬さくらから、少しお茶飲まない? とのことでリモート女子会となった。
「あ、今度の日曜日、例のスープの件、何時に来ます?」
「もう、敬語止めていいよ」
「え?」
「友達認定した。嫌?」
「わ、私年下ですよ?」
「たかだか3つでしょ?」
しばらく抵抗したけど、許してくれなさそうなので、あきらめた。
のと、内心、友達認定というのが少し嬉しかった。
「何時に来る?」
「8時30分。朝ご飯を注文するから」
「えー」
「二人で朝ご飯食べたいんでしょ。邪魔しにいくわ。あははは」
「……最低……」
「不味いスープ、期待してるわ」
「本当に不味いから、朝ご飯の前に出そうと思うの。それでいい?」
「素敵な気遣いね、よろしく」
***
厨房からカウンターに座る百瀬さくらと杏奈に視線を送る。
楽しそうに話している。
なんなら、いつの間にやら、杏奈は百瀬さくらにタメ口である。遊び帰りにカフェにでも行った女子高生二人組みたいな状態だ。
美容師の井上さん、警察の牧島さん、記者のサツキと来て、アイドルの百瀬さくらも、落ちた。接客も上手いんだけど、なんか、天性の人たらしなんじゃないか。
まぁ、俺もその内の一人か。
さて、仕上げは杏奈に頼むとしよう。
料理を不味くする魔法、みたいな。
***
「あら、美味しそうじゃない」
黄色いそのスープは、小振りのエビとトマトがうっすら浮かんで、彩りも悪くない。
「ああ……もう、頭がどうにかなりそうです」
杏奈が、暗い顔で、白い粉が入った小瓶を持ち、机の前で立ち尽くしている。
「こんな美味しいものを……どうしてもやらないとだめ? っていうか、そもそも私たち、何か報酬ももらっていないような……」
「成功報酬として何か考えるわよ。ほら、早く」
「うう……ひどい……」
まぁ、目の前に美味いスープがあって、共感覚で味も分かってる状態で、それをわざわざ不味くするってのは、杏奈にとって人一倍苦痛なんだろうな……。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
杏奈が俺とスープを交互に見ながら、小瓶の蓋を開け、茶色い粉を振りかけた。
「……終わった……もう、このスープは死にました……」
げっ、本当に泣きはじめた。
「……何かごめん……」
「いいんです、さ、温かいうちに食べて。泥みたいに不味いけど」
百瀬さくらの顔が若干ひきつった。まぁ、これから食べる物が泥みたいと言われたら、そうなるか……。
「……いただき……ます……」
さすが、トップアイドル、肝が座っている。大振りのスプーンでエビも乗せつつ、結構な量をすくってぱくりといった。
………。
「あら、美味しいじゃない! 散々脅しておいて……」
ぱぁっとした笑顔は、そのままCMにでも使えそうだ。
そのままの勢いで二口目、三口目と、スープを食べ進んでいく。
「で、これのどこが……」
百瀬さくらの顔があからさまに曇った。
CM感のある光景から一転。
うぇぇぇ……。
あまり見てはいけない。
アイドルが小皿に食べたものを吐き出している。
「……気持ち……悪い……」
若干、青い顔をしながら、スプーンを置いて椅子にもたれ掛かった。
「何なのこれ……さっきまで美味しかったのに……味がぼやけて……臭みと苦味だけうっすら残ってて……」
「ひどいよね……ほんとひどい……さっきまで絶品のスープだったのに……」
杏奈が小瓶を睨みつけている。
「それ、何なの?」
「これ、ギムネマ茶となつめの葉の粉末」
「え?」
「これは、甘みを感じる味覚の受容体に作用するの。さくらは、今、甘みが感じられないの。それと一緒に、旨みも薄れてると思う。料理の味って、精密に組み立てられた積み木のお城なの。だから、大事なパーツを外されたら、一気に崩れ去ってしまう。だから、エビの魚介臭とこの粉末の苦味だけが前に出てきてしまう」
杏奈がため息をついた。
「これが、台無しのスープ。さっきまでの美味しさも、最期の一振りで、全部駄目になってしまった」
百瀬さくらの顔つきが変わった。
誰もが驚いたことに、もう一度スプーンを手に取ると、再度、スープを口に含む。
今度は吐き出さず、顔をしかめながら、目を閉じる。
ふと、その口元にうっすらとした笑みが浮かんだ。
「東条さん、車出して。監督のところへ」
「11時30分から、予定が空いているのは確認済みです」
「朝ご飯は? 食べていかないの?」
「しばらく食事は良いわ。この味を、上書きする訳にはいかない。また連絡する」
スイッチが入った、という表現がこれほどしっくりくることもないだろう。近寄りがたい雰囲気、しかし、どこか人の目を引きつけて放さないような、凄み。
根というか、本性というか。
アイドルで今の地位にいるのも、この軸が彼女を支えてきたんだろう。
嵐でも去ったかのように、二人きりの「三河」は静かだった。
「すごい勢いだったな。もう、演技のことしか考えてなさそうだった」
「料理に集中してるときの、橋本さんみたいでしたね」
「え? 俺? 俺、あんなに近寄りがたい感じ出してる?」
「そんな、怖い感じじゃないですけど。料理で頭がいっぱいって感じで……」
「……で?」
「……かっこいいですよ」
ん?
なんだそりゃ。
「急にからかうなよ」
いきなり何なんだ。
「誉めたって何も出ないぞ。どうせ、朝ご飯プラス一品とか狙ってるんだろ」
「ご飯一品プラスも嬉しいですけど……そういうんじゃなくて……」
え?
そういうんじゃないっていうのは……。
玄関の方で呼び鈴が鳴った。
「あ、牧島警部だと思います」
杏奈がそそくさと玄関に駆けて行った。
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