39 第四章 アイドルとスープ(9)/絵本/涙
絵本の文章を読み直す。
百瀬さくらに撮影させてもらったページも再確認する。
森の中、大きな寸胴に棒を突っ込んで、猫のような生き物が中をかき混ぜている。
改めてみると、どうにも不気味な色使いで、見ているだけで不安な気持ちになってくる。
きんいろのつぶがみんなおどるよ
ちびもしょうふも飲み込んで
みかづきがきいろにさわぐよ
さいごにげんきをふりかけて
杏奈は、文章と絵を見つめながら、やっぱり、これは不味いと言う。
材料の組み合わせもさほど良くはないが、特に……何か、台無しにされている感じがするんだと。
例によって、3次元の味覚のグラフを、今日はホワイトボードがないので白紙のノートに書き始めたが、いつもとは軸が違った。
縦軸に旨み、横軸に塩味、奥行きに甘み。縦にいくほど旨みが、横に行くほど塩味が、奥に行くほど甘みが、それぞれ強いことを意味する。
「なんだか、上手く言えないんですが、途中までは、この辺りにあるんです」
旨みと塩味と甘みがそれぞれの矢印の端から3分の1くらいのところにプロットされ、それらを線でつないだ真ん中を赤ペンでくるくると丸くなぞる。
「でも、最後には、これが……」
旨みも、塩味も甘みも、全て減少した方向へ杏奈が線を引く。移動した先の3つの点を結んで、今度は青ペンで丸を描いた。
「ここになる感じです。旨みも、塩味も、甘みも、全部、何て言うか、分解された感じ? これじゃ、美味しくないですよ」
「……料理をして、だよなぁ。作ってから不味くするのは、結構ややこしいな。最初から、こういう薄いっていうか、なんかぼやけた味を作るっていうのは、まぁ、できなくはないと思うけど」
「あと、材料ですよね。トウモロコシベースなのは間違いないですけど……。その、私、考えてたんですけど」
「ん?」
杏奈がスマホの画面を俺に見せる。
「この人に会いに行こうと思うんです。東京に住んでるみたいですし」
「おお……なるほど……」
絵本は海外の作家のものだった。ただ、それを訳した翻訳家、それは国内に居て、まだ現役で仕事をしてるらしい。ホームページもあって、結構な数の本を翻訳しているようだった。
「いきなりだと、返事もらえるか分からないですし、サツキさんとか、藤川社長さんとかのつてで、何とかつながれないかなぁって」
こういう時の行動力もあるよなぁ。
「俺、連絡取ってみようか?」
「じゃあ、えっと、私サツキさんに連絡します! 社長さん、結構緊張するので……橋本さんにお願いしてもいいですか?」
ま、それが良い分担かもな。サツキとも打ち解けてくれてなにより。
***
「じゃ、夕食にするか」
「はい! あ、運ぶの手伝います!」
「いや、今日は、そこに座っててくれ」
「え、悪いですよ」
「良いから」
俺は、キッチンの方に引っ込んだ。
もろもろ準備をして。
まぁ、やっぱり話しておいた方がいいよな。
ちょっと、まぁこっ恥ずかしいが。
でも、よく考えたらおあいこじゃないか。
リビングのドアを開けて、顔だけ出す。
「あのな」
「え、あ、はい」
レシピに顔を落としていた杏奈が、びくっとしてこちらを向いた。
「すまんが、俺は少し嘘をついてた」
「え?」
「杏奈のこと、覚えてないって、そんな感じで話してたと思うけど」
「……」
杏奈が目を丸くしてこちらを見ている。
「杏奈が、あの店に来て、俺のビシソワーズを食べた小学生の女の子だって言うなら」
そんなにじっと見るなよ。
俺は少し天井に視線を逸らした。
「俺は、杏奈のことを覚えてる。っていうか、忘れたこと何て、一日もない。杏奈が、俺の運んだビシソワーズに向けた視線から、交わした言葉も、全部」
何か、もう杏奈の顔を見れなくなったので、俺は視線を逸らしたままキッチンに引っ込んだ。
話しとかないと、このスープを出すのは変だもんな。
時間の流れも意識して。
でも、あの日の杏奈と同じように、美味しく感じてもらえるように作ったつもりだけど。
どうだろうか。
俺は、あの日のお前の期待に、応えられるんだろうか。
一呼吸置いて、俺はビシソワーズを注いだ、深めの透明のガラス皿を、トレイに載せて、リビングのドアを開けた。
俺の方を見て、杏奈が立ち上がって、両手を口元に被せた。
ひどく、驚いたように、目を見開いて。
「それは……駄目ですよ……」
そう呟いた後、杏奈は顔を覆って、泣き出してしまった。
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