35 第四章 アイドルとスープ(5)/その手があったか
(登場人物~)
橋本一樹:元有名レストランの凄腕料理人。ひょんなことから、杏奈の実家の居酒屋「三河」で料理をすることに
三河杏奈:味覚に関して、視覚・嗅覚・触覚に共感覚を持つ女子高生(高2)。共感覚阻害のための度が強い眼鏡をしている。眼鏡を外すとやたら美人。橋本は杏奈の初恋の人。
橘 三咲:杏奈の親友。バスケ部のエース級の選手。理系でさっぱりした性格。
井上さん:橋本のレストラン時代からの知り合いである衣装屋兼美容師。「三河」で着る杏奈の服装の手伝いをしてくれている。
「じゃ、ちょっと待っててください」
「いやーテンション上がるわー。全力を尽くさせていただきます」
ちょっと緊張気味の杏奈と対照的に、衣装屋兼美容師の井上さんは、いつにもなく楽しそうに杏奈を奥の美容室スペースに連れて行った。
そして、俺は杏奈の親友である、橘三咲と、たくさんの衣装に取り囲まれた応接スペースのソファに取り残された。
俺以外にも、普段の学校の杏奈を知る三咲に、本人に見えないかどうか確認して欲しいらしかった。二人ともが、全く別人と思えば当日も安心できるという。
「私、杏奈がお店で働いているの見たことないので、超楽しみですよ」
バスケ部のエース選手と聞いた。ショートカットで快活そうな、いかにも運動部系の明るい子だった。文系帰宅部然とした杏奈とは対照的だが、それが良いコンビになってるんだろうなと、妙に納得した。
「まぁ、神がかった接客しますよ。ほんと、助けてもらってます」
「へー、学校だと大人しくしてるから、なんか想像つかないな」
やっぱそうなんだな。
「橋本さんは、お店で働いてる杏奈を見て、どう思います?」
「え?」
井上さんが出してくれたインスタントコーヒーを一口。
「かわいいですか?」
「ごほっ」
急な投げかけにむせる。
「あ、一般的な話ですよ」
「あ、ああ。口コミとか見てても、人気だから、まぁ……その……綺麗なんじゃなぃかな……」
今更だが、杏奈のことを綺麗だの美人だの言うのは、何か恥ずかしいぞ。
どうしたんだ、俺は……。
特に、人に言うのは……。
「へー」
橘三咲が、なにやら俺の方を見ている。そもそも、杏奈以外の女子高生なんざ話したことがない。非常に落ち着かない。
「橋本さん、ちょっと思ってたのと違いました」
「は? 思ってた?」
どういうこと?
「杏奈から聞いてる話だと、もっと杏奈に興味ないのかなーと思ってたから」
「ち、ちょっと待って。一体どんな話を杏奈としてるんだ?」
え、俺、そんなに冷たい態度取ってたっけ?
「いえ、全然、普通の世間話ですよ。あと、橋本さんがご飯作ってくれたり、迎えに来てくれたりして、優しいって」
「あ、そ、そうですか。へぇ」
安心した。嫌われてはいないようだ。
いや、そりゃそうだよな。この数ヶ月、何回朝ご飯を作ったことか。夜の賄いだって。ていうか、あいつの食生活はもう、俺無しじゃ回っていなかったじゃないか。
「嬉しそうですね」
「ごほっ」
空気だけでむせた。
「いや、そりゃ、嫌われてたら困るから」
「へー、何で困るんですか?」
「こらこら、大人をからかうもんじゃ……」
「あはは、すみません。何か私も嬉しかったんで、つい」
どういうこと? と聞こうかと思ったとき、井上さんの叫び声に似た歓声が響いた。
***
「あ、あんまり見ないでください……」
「くぉ……こ……これは……」
橘三咲が呆然としている。
「三河」に立つときは、クラシカルなメイド服なので、落ち着いた感じなのだが。
これは、その、いわゆるメイドさんである。秋葉原とかで見かけるタイプの。
「杏奈……なのよね?」
「……」
スカートの裾を抑えながら、コクリと頷いている。
「髪型の雰囲気も、ちょっと若めにしてみたけど……分かってはいたものの、予想以上の破壊力ね……」
セットした井上さん自体が、やや呆然としている。
長い髪は、頭の上の方で2つのお団子にして余りを少し下に流したようなスタイルは、まぁ、もう、フリル多めのスカート短めのメイド服とあいまって、もうアニメのキャラクターのようである。
メイクも若干、いつもよりしっかり目で、華やかだ。
「……ばれなそう?」
ぼそっとつぶやくように言った杏奈に、三咲はぶんぶんと首を縦に振った。
「近くで見ても、無理。分かんない」
杏奈がほっとしたような、恥ずかしいような表情をしている。
「橋本さんはどうですか……?」
どうっ……て……。
俺は、そういう趣味はないんだが……。
「……」
あれ、やばい。何か緊張してきた。
***
どうしよう、橋本さんが沈黙してる。
やっぱりちょっと、派手すぎるんじゃ?
あれ、何か橋本さん、よく見えないけど、顔、赤くない?
熱?
「橋本さん? 大丈夫ですか?」
平日もあんなに働いて、料理作って。日曜日も連れ回して……。
どうしよう、風邪とか……!
私が近づくと、橋本さんがひょいとバックステップでその分下がった。
「え? ど、どうしたんですか?」
「いや、何でもない。ちょっと……その……井上さん、スカート短くないですか? 膝出てるし」
女性3人、男性1人の部屋に沈黙が流れた。
「……高校生だし、膝上くらい制服でもそんなもんでしょ。これでもまぁ、長い方よ。もっときわどいのなんて、たくさんあるけど……」
しらっとした井上さんの視線が橋本さんに突き刺さり、一方、三咲は何やら笑いをこらえて、口元に両手を当てている。
「あ、杏奈は良いのか? その、学園祭なんて、たくさん人も来るだろ? その……変な男とか、寄ってきても困るだろ」
え。
あ、私のこと心配してるの?
「心配ってことですか?」
「……まぁ、端的に言えば……」
三咲から、ぶはっと噴出した音が聞こえた気がするが、今は構ってられない。
えー、どうしよう。とはいえ、もう井上さんにこれ以上甘えるのも……。
「じゃあ、橋本さん、当日見に行けばいいじゃない」
井上さんが、何やら遠い目をして、そう言った。
「え、俺が?」
「何なら、「三河」として届け出して焼そばでも焼いてきたら? そしたら、杏奈ちゃんと一緒にいても、自然でしょ」
……そ、それは流石に橋本さんに負担かけ過ぎじゃ……。
「臨時出店……その手が……あったか……」
え?
橋本さん?
ふと見ると、三咲が一人、会話の輪を外れてうずくまり、笑いを口で押さえながら、床をどんどん叩いていた。
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