33 第四章 アイドルとスープ(3)/渇きと首都高
登場人物~
橋本一樹:元有名レストランの凄腕料理人。ひょんなことから、杏奈の実家の居酒屋「三河」で料理をすることに
三河杏奈:味覚に関して、視覚・嗅覚・触覚に共感覚を持つ女子高生(高2)。共感覚阻害のための度が強い眼鏡をしている。眼鏡を外すとやたら美人。橋本は杏奈の初恋の人。
百瀬さくら:今回の依頼人。国民的アイドルグループの「アイスアリス」の中心メンバー。最近は俳優業に傾倒中で、出演映画に出てくる絵本の中のスープの味が分からず、その再現を依頼しにきた。
「美味しい!」
テーブル席に座り、明らかに不機嫌そうだった百瀬さくらは、コーンスープを一口飲むなり、目を見開いてそう言った。
「何これ! え、コーンポタージュよね?」
俺と並んでカウンターに座った杏奈は大変満足そうに、静かにオムレツとコーンポタージュを交互に味わっている。
まぁ、お腹も空いてただろうしなぁ。
「旬のトウモロコシを潰して、ブイヨンも橋本さん特製の逸品です。美味しいですよねー」
若干、仕事に比べて雑な説明をしながら、笑顔の杏奈が、スープを飲むのに眼鏡を外した。
「え」
「お」
百瀬さくらとマネージャーが、同時に声を漏らした。
「え?」
近眼ながら、視線が自分に集まっていることに気づき、杏奈が怪訝な表情をする。
「ふぅん」
なにがふーんなのか分からんが、百瀬さくらが俺と杏奈に、交互に視線を送る。
「なるほどね、まぁいいわ」
そう言って、百瀬さくらは黙々と朝ご飯を食べ始めた。
***
今回の依頼は、結局、百瀬さくらがあの絵本を読んでイメージする味を再現する、そういう課題と考えることになった。
朝ご飯を食べ終えた百瀬さくらに、杏奈が例によってヒアリングをした。特に今回は、今食べたスープと比べて、どんな味のイメージかを中心に。
百瀬さくらのイメージだと、もっと濃度があって、のっぺり、ぶつぶつ、少し塩辛く、匂いも強い、という印象だという。
何となく、杏奈と百瀬さくらのやりとりはぴりぴりして見えた。
サツキに続いて、苦手なタイプか……。いや、また仲良くなるのかね。杏奈も、こうしてみるとなかなか難しい性格なんだろうか。いや、商店街でも好かれてるし、店に来る女性の一部とウマが合わないのか……。
***
「まったく、私に邪魔だなんて。信じられない。私を誰だと思ってるの?」
後部座席で、さくらが不満をつらつらと吐き出している。
承認欲求の塊。底なし沼。並みいる競合アイドルグループを押しのけて、この時代にトップまで上り詰めた。それでもグループ内で2番手という評価に、乾きを感じ続けている。純粋なアイドル路線では、その座を奪還できそうにない。俳優業は、差別化と新たなファン層獲得のための手段だった。
彼女が、どこに辿り着くのか見てみたい。この乾きが、彼女をどこに連れていくのか。
何なら、最悪の破綻でも良い。この業界で、見たこともないような結末を拝めるなら、マネージャー冥利に尽きる。
「あの女の子は、橋本さんが好きみたいね」
「そんな感じでしたか?」
「私が、橋本さんに話しかけてる間、ずっっと睨んでたじゃない。まぁ付き合ってはなさそうだけど」
「恋路の邪魔はしない方がいいんじゃないですか」
「私、魅力的だったわよね?」
「ええ、可愛らしかったと思いますが」
「ふん、そうね。……あの子、思いのほか、綺麗な顔してたわね。あっちの系統が好みか」
「その可能性はありますね」
「あのタイプも、嫌いじゃないわ。かわいいじゃない。次はあっちにしようか」
「ですから、恋路の邪魔はしない方がいいですよ。変な恨みをかうと、厄介です」
「変な店ね、気に入ったわ。また遊びに行きましょう。何せ……」
首都高は、複雑に入り組みながら、都市の真ん中を毛細血管の様に走り回っている。
さくらが蜂の巣のようなビル群を眺めてつぶやく。
「久々に、本当に美味しい料理を食べた」
***
「イメージつきそう?」
百瀬さくらとマネージャーが帰り、静かになった店内で、杏奈と二人だけになり、ようやく気分が落ち着いた。朝ご飯をやりなおしたいくらいだ。
「はい、でも……やっぱり不味そうです……すみません……」
「何で謝る?」
「不味いものをあえて作ってもらうなんて、嫌じゃないですか?」
「うーん、確かに、レシピって基本、食べ物を美味しく食べるためのものだからなぁ。あえて不味いってのは珍しいけど……まぁ、何か意味があるのか、そもそも絵本だから意味なんてないのか。ま、逆に興味あるから、やってみようぜ」
俺は杏奈に笑いかけた。
なにやらぽーっとした顔でこっちを見ている。
「……やっぱり、可愛かったですね、百瀬さん」
なんだ、急にその話。
そんなに可愛かったか?
「まぁ、テレビのまんま。少し細く見えたくらいか? あ、細いとか、セクハラか。別に、美人具合で言ったら杏奈の方が……」
……。
「え?」
「あ、いや、何でもない。厨房片づけてくる」
いや、俺は何を言おうとしてるんだ。それはちょっと変な意味になるだろ。
第一、人を比べるのは良くない。良くない発言だ。
***
気のせい、だよねぇ。
さすがに、それはお世辞にもほどがあるし。橋本さんが私を持ち上げる理由なんて……。
とはいえ、ちょっと、百瀬さくら、要注意だ。
かんっぜんに橋本さんを落としにかかってた! 何なのあれ?
橋本さん全部スルーしてたけど!
さすが橋本さん、絶望的に鈍感。
普通の男性なら、一発だったんじゃないだろうか……。女性の私から見ても、凄まじいかわいさだった。
あれがアイドルとして磨き上げたスキルか……怖すぎる。
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