32 第四章 アイドルとスープ(2)/バチバチとオムレツ
登場人物~
橋本一樹:元有名レストランの凄腕料理人。ひょんなことから、杏奈の実家の居酒屋「三河」で料理をすることに
三河杏奈:味覚に関して、視覚・嗅覚・触覚に共感覚を持つ女子高生(高2)。共感覚阻害のための度が強い眼鏡をしている。眼鏡を外すとやたら美人。橋本は杏奈の初恋の人。
百瀬さくら:今回の依頼人。国民的アイドルグループの「アイスアリス」の中心メンバー。最近は俳優業に傾倒中で、出演映画に出てくる絵本の中のスープの味が分からず、その再現を依頼しにきた。
依頼をするに当たって、そもそもこの店がどんな料理を作ってるのか、食べさせてほしい。
百瀬さくらがそんな申し出をしてきた。
今日は日曜日。営業日ではないので、どうしたもんかなぁ、と橋本さんを見る。
時間は9時10分。そもそも、橋本さんに作ってもらっていた朝ご飯を、百瀬さくらの乱入で食べ損ねている状態である。
ここは、一旦帰ってもらうか……。
「今、朝ご飯作ってたとこだから、それで良けりゃ。ただ、客として金は払ってもらうけど」
「え、いくら?」
「あー、まぁ、じゃあ700円くらい? マネージャーさんも食べるなら、同額で」
「あ、それじゃ、せっかくなので……」
私は、橋本さんを引っ張って、厨房に行った。
「え、食べさせるんですか」
「金は取るけど。何か、また来られても面倒だし、今日食べさせちゃった方がいいんじゃない?」
……まぁ、そうだけど。
内心、橋本さんとの朝ご飯を邪魔されるのが不満、とは口が裂けても言えない。
「それに、ちょうど、コーンスープ作ってたから。昨日のブイヨン余ってたのと、シーズン終わりのトウモロコシ、使っちゃいたいからなぁ。今回のスープ、トウモロコシは使うだろ? とりあえず食べてもらって、感想聞いといたら?」
う、確かに。
「?」
橋本さんが、私をのぞき込んだ。
「あ、悪ぃ。もしかして、今回あんまり乗り気じゃない? いつもみたいにあれこれイメージを聞くのかと思ったからさ」
あ、そうか、いつもだと私が依頼人さんに色々聞くから、気を回してくれたのか。
……自分は朝ご飯の楽しみを優先して、情けない……。
「いえ、ありがとうございます! そうですよね、早めに聞いちゃいましょう」
***
……。
やっぱり、なんかやだ。
私はカウンターに腰掛けて、厨房の様子を覗いていた。
百瀬さくらが、橋本さんの許可を得て、厨房に入り、料理の様子を見ている。プロの料理人が料理をする姿を間近で見る機会もあまりないので、参考にさせて欲しい、というのだ。
……。
さすがは、国民的アイドル。そして、最近は女優としても人気を高めつつある女性。
ほんのりとした明るさの、肩ぐらいまでのミディアムヘアは、バランスの良いウェーブがかかって、さらさらなのに艶々である。近くで見ても肌理の細かい肌は、休日だからナチュラルなメイクなのだろうが、反則的な透明感。ぱっちりとした二重は、よく見るとほんの少しつり目で、それがかわいいだけではない、強さと儚さを醸し出している。ついでに……スタイルが良い。細いのに、よく見ると出るとこがちゃんと出てる。テレビではそんなに意識しなかったけど、いやらしくない健康的な凹凸。
神様は不公平だ……。実物って、こんなにがっつり綺麗なのか……。
いや、それだけならいいのだけど……。
ちょっと、近くない?
橋本さんのこと、見過ぎじゃない。
え、考えすぎ?
***
視線をバチバチ感じる。
やはり、厨房に入れたのは失敗だった。
後で杏奈と話してもらうときのイメージ作りに役立つかと思ったが……。
「橋本さんって、何歳なんですか?」
「年齢は非公開です」
「でも、若くして、「シルフィード」のシェフをされてましたよね」
「……」
「私、あのお店行ったことがあって。あ、橋本さんじゃない人の料理でしたけど、美味しかったな」
「ま、昔の話ですよ」
そういや、一時期、芸能人も結構店に来てたっけな。
「何で、俺があそこにいたって知ってるんです?」
「テレビ出てたでしょ。私、あの番組の準レギュラーだったから。シルフィードの回、覚えてますよ。その時のシェフの名前と一致したから、思い出したんです」
なるほどなぁ。業界人ってのは、自分の仕事のことはよく覚えてるんだな。
「私、料理ができる人って、素敵だなって。自分ができないからってのもあるんですけど。何て言うか、芸術的ですよね」
いま、料理してんだけどなぁ。
杏奈だったら、俺が料理してるとき、むやみに話しかけたりしないんだけどな。
ちらっと見るときはあるけど、それだけ。
俺がそんなに、じろじろ見られるの好きじゃないの、分かってるんだろうな。
「手も、以外と大きいんですね。指も長いし」
あー、気が散る。
俺はフライパンのオムレツをぽんとひっくり返した。
「あ、そういうの本当にやるんですね、綺麗
「……もうすぐできるんで、そろそろ席に戻って待っててください」
「あら、私が見てると、気になる?」
なにー、俺が他人の視線ごときで集中できない奴みたいじゃないか。
「別に、そんなことないっすけど」
まったく何なんだ……。
「じゃあ、もう少し見てて良いですか?」
ひょい、と百瀬さくらが首を傾げながら、俺をのぞき込んだ。
「百瀬さん!」
杏奈の声が厨房の入り口から響いた。
眼鏡が、なにやら曇っている。頭から蒸気が出ているように見えるの錯覚か。
……何か、怒ってる?
「はい?」
「橋本さんの料理の、ちょっと邪魔になってると思うので、そろそろ良いでしょうか?」
百瀬さくらが、少し目を細めて杏奈の方を見つめた。
ふーん、と言ったように聞こえた。
「橋本さん、私、邪魔ですか」
アイドルっぽい声と、首を傾けたアイドルっぽい姿勢で俺に問いかける。
あー、こういうの、動画とかテレビで見たことあるわ。すげー、本物だ。
「はい、ちょっと邪魔です」
沈黙。
いや、だって、オムレツ、後3つ作んないと、1個目、冷めちまうし。
百瀬さくらが、若干不機嫌そうな顔で、そ、お邪魔しました、と言って厨房を出ていった。
「悪ぃ、助かった。後、コーヒーだけ用意してもらって良い?」
対照的に、杏奈は何やら機嫌の良さそうな顔で、もちろんですと言って、コーヒーの準備にとりかかった。
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