サツキの場合
インターミッション的な回です。次回から新しい展開になります。
雑誌記者かつ橋本さんの友人(現時点で推定)のサツキさんは、8月中旬の火曜日の営業中に取材に来た。
お店が終わった後、撮影した写真を並べて、どれを掲載するか私と相談していた。
橋本さんは、3人分の賄いを作るため、厨房にこもっている。
「いやー、杏奈ちゃん可愛かったなぁー。どれが良い?」
……確かに、なんか今日、写真写り良いなぁ……。
加工してないよね、これ。
「そんなに警戒しないでよ。ほら」
不意に、サツキさんがバッグの中から何かを取り出し、自分の左手の薬指にはめた。
お店の照明を、倍以上の輝きで反射するそれは……。
「私、来月結婚式なの。まだ傷をつけるのが嫌で、仕事中は外してるんだけど」
それはもう、幸せそうな笑顔でサツキさんが笑った。
「一樹のことは、異性としては一ミリも、微塵も未練がないから大丈夫よ」
「あ……えーと……」
「今、微塵も、にちょっと引っかかったでしょ。好きな男のことは、褒められたいもんねー、ごめんごめん」
「さ、サツキさん!」
声が大きい!
「でも、良かった。また料理が作れるようになったみたいで。あいつの料理を、ちゃんと評価してくれる人も見つかったみたいだし」
サツキさんが私を見つめた。
「杏奈ちゃん、凄いわ。杏奈ちゃんの説明を聞いたら、あいつの料理が何倍も美味しそうに見えるもの。誰にでもできることじゃない」
サツキさんが、一瞬、目を閉じた。
「あいつ、口べたでしょ。前の店は、自分の料理を若手シェフが説明するのが売りでね。それが向いてなかったのよね。料理は、もう、頭一つ抜けてたと思うんだけど」
私の知らない橋本さんの話だ。
「本当に素晴らしいものは、技術は、ちゃんと評価されて、みんなに知ってもらわないと。あんな奴に潰されっぱなしなんて、許せないんだから」
「あんな奴?」
「あ……これはちょっとプライベートかな。でも、杏奈ちゃんには話すと思うから、一樹から直接聞いて。料理を辞めてた理由」
***
3人でまかないを食べた後、杏奈が「夜遅いし、橋本さん、サツキさんのこと駅まで送ったら?」とのことで、俺はサツキを引き連れて神田駅に向かっていた。
何があったのかは知らないが、牧島警部と同じくらい、杏奈がサツキと仲良く話していたので、非常に安心した。ほんと、女性ってよく分からん。
杏奈も何を考えてるのか。
憎く思われてはしないと思うが。
「杏奈ちゃん、かわいいから心配だね」
「今は一人暮らしだしな。あいつ、どうも無防備なところがあるからなぁ」
「それ、一樹にだけだと思うよ。杏奈ちゃん、基本的にかなり警戒心強くてしっかりしてると思うけど」
「へ?」
「まぁ、でも、8つも離れてるからね。お兄さんとか、そんな感じ?」
「ああ、そうそう。年の離れた妹みたいなもんだな」
「そうよねー、8つも離れてたら、恋愛って感じじゃないわよねぇ。ちょっと引くかも」
「あ、ああ。そりゃそうだろ。全く」
***
一樹は律儀に、私が改札を抜けて見えなくなるまで、神田駅の入り口に立っていた。
ま、杏奈ちゃんに、ちゃんと見送ったと言うためだろうけど。
ほんと、結婚してて良かった。
最後、ちょっとだけ意地悪しちゃった。ごめんね。でも、これくらい、許してよね。
ほんの少しの、くすぶったよろしくない嫉妬心を吹き消すには、必要な、最後の儀式だったの。
真夏の山手線の窓の外は、都会のがやがやした光りが寂しく輝いている。
マンションで待つ旦那の顔が浮かんだ。明日の朝、一緒に何を食べようかな、あいつ、ファーストフードが好きだからな、朝マックにしようかな。
何だか、それがすごくご馳走に思えてきて、さっき食べたばかりなのに、少しお腹が空いてきた。
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