30 第三章 強盗とグラタン(12)/古い話
今回で、強盗回はおしまいです。次パートくらいから、後半戦です…。
「帰ってきませんね」
「煙草吸いに行きますって言って、ほんとに吸うだけで帰ってきた男は見たことないわ」
なるほどなぁ。
「三河さんの話でもしてるんじゃない?」
「え! 何でですか!」
「男子が集まったら、女子の話をするものよ」
「田島警部補さんはそのイメージないですが……」
「橋本さんをからかう文脈なら、ありえそうだわ」
おお、そういうことか……。変なからかわれ方してないと良いけど……。
「伊藤から、三河さんに伝言があったの。個別に伝えて欲しいって」
「え、私にですか?」
なんで?
「正直、いまいちよく分からないんだけど、暗号ってわけでもないだろうから、そのまま伝えるわね」
一人だけ、昔、君と同じ特性を持った男性を診察したことがある。
悪意の固まりのような心理テスト結果だった。
似た能力を持つ人間は、えてして遭遇しがちだ。気をつけてほしい。
「同じ特性……」
「引っかかる話しだけど、ま、とにかく変な人には近づかない、ついて行かない。困ったときはすぐ警察へ、ね。パトカーぶっ飛ばして駆けつけるから」
牧島さんは、私にウインクした。
***
「本当に、片思いだったんですかね」
牧島警部と田島警部補が帰った後の日曜日の午後、杏奈の提案もあって、前回に引き続き、喫茶店「マール」でレシピ完成祝いをすることとなった。
クラフトビールを月替わりで出していることに気づく。今月は東京と金沢のクラフトビール2種類だ。俺は金沢の方を選んだ。
「どういうこと?」
「いえ、だって、結構長い間、部屋は違うけど、同じ家に住んで、色んなものをシェアして、朝ご飯を時々一緒に食べて……ですよね。なんか、敵討、だったのかなぁって」
「そうだなぁ」
「……私だったら、好きじゃない男の人と、同じ家で寝泊まりしたり、朝ご飯食べたりって、ちょっと難しいかなぁ……」
「水回りとかも一緒に使うんだもんなぁ」
……。
ん?
急に黙って、赤くなって手で口元を押さえている。
「今の、なしです! 2、3分間くらいの記憶、消去してください!」
「は? な、何を言ってるんだ? 何か変なこと言ったか? 風呂とかトイレ…の前?」
「あー! もう良いですから! はい、ビールつぎます! コップ出してください!」
なんだなんだ、よく分からん。
ま、杏奈はビールつぐの上手いから、最初だけお世話になるか。
金沢のビールはアンバーエールだった。深い琥珀のような茶色い輝き。良い具合の泡に、2、3分前の記憶は全て吹き飛んだ。
「ま、どうなんだろうな。30過ぎた男女のことは、俺には分からんね」
「30歳って、さば読んでたくせに」
「古い話を蒸し返すなよ」
「大分混乱させられたんですから、その話」
「え、何で?」
「え、あ……」
杏奈が急に言葉に詰まる。
「……橋本さんが高校生の時、私が小学4年生」
「へ? ああ。それくらいの計算で合ってるだろ?」
杏奈が、不意に真面目な顔になって、少し息を整えた。
「橋本さん、高校生の時、御徒町の洋食屋さんでアルバイトしてましたよね」
え?
何で?
「してた……。3年間」
杏奈が、少し思い詰めたような、何かを期待するような、何かを怖がるような、そんな顔をした。
「橋本さんは、覚えてなくて当然ですけど、私、そこで橋本さんに会ってるんです。小学生の私と、橋本さん」
……。
冗談だろ?
「何かの勘違いじゃなくて?」
「橋本さん、スープを作って、お客さんに出したことありますよね。マスターが、良くできたからって。私は誕生日で……デザートの前に橋本さんが、スープを持ってきてくれて……。私、その味が、本当に忘れられなくて。っていうか、味は忘れないんですけど、本当に特別で」
勘弁してくれ。
「その頃いろいろあったから……でも、こんなスープが飲めるなら……大げさじゃなくて、生きてるのって、素敵だなって、そう思ったんです」
***
橋本さんは、その日、もう一本ビールを飲んで、ちょっと酔っぱらっていた。
ああ、そう言えば、ビシソワーズを練習してて、上手くいったときはお客さんに出してたかも。そんなこともあったんだなぁ。
ま、そんだけ美味しいと思ってもらえてたんなら、昔の俺の腕も捨てたもんじゃないな。
そう言って笑っていた。
でも、じゃあ、俺のこと昔から知ってるんじゃん。早く言ってくれれば良かったのに。
そんなこと言われても、そんなこといきなり言ったら気持ちがられると思ったし。
やっぱり覚えてなかったかぁ。
でも、ちょっとすっきりした。
何か、ちょっと嘘ついてる感じで、引っかかってたから。
***
アパートに戻り、俺は御徒町の洋食屋時代を思い出していた。
あの日、俺が料理で生きていくことを決定づけた少女のことを。
お前だったのかよ。
忘れるわけないだろ。
でも、分かるわけないだろ。
あんなに小さな女の子が、そんなに昔じゃないぜ、こんなに変わって。
あれ?
杏奈の顔が、仕草が、声が、何とはなしに浮かんでくる。
「真摯なおつき合いなら、警察は関知しませんので」
俺はクーラーの温度を限界まで下げた。
いやいやいやいや。
頭をぶんぶん振り、冷蔵庫から発泡酒を取り出した。
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