表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/57

30 第三章 強盗とグラタン(12)/古い話

今回で、強盗回はおしまいです。次パートくらいから、後半戦です…。

 「帰ってきませんね」

 「煙草吸いに行きますって言って、ほんとに吸うだけで帰ってきた男は見たことないわ」

 

 なるほどなぁ。

 

 「三河さんの話でもしてるんじゃない?」

 「え! 何でですか!」

 「男子が集まったら、女子の話をするものよ」

 「田島警部補さんはそのイメージないですが……」

 「橋本さんをからかう文脈なら、ありえそうだわ」

 

 おお、そういうことか……。変なからかわれ方してないと良いけど……。

 

 「伊藤から、三河さんに伝言があったの。個別に伝えて欲しいって」

 「え、私にですか?」

 

 なんで?

 

 「正直、いまいちよく分からないんだけど、暗号ってわけでもないだろうから、そのまま伝えるわね」

 

 一人だけ、昔、君と同じ特性を持った男性を診察したことがある。

 悪意の固まりのような心理テスト結果だった。

 似た能力を持つ人間は、えてして遭遇しがちだ。気をつけてほしい。


 「同じ特性……」

 「引っかかる話しだけど、ま、とにかく変な人には近づかない、ついて行かない。困ったときはすぐ警察へ、ね。パトカーぶっ飛ばして駆けつけるから」

 牧島さんは、私にウインクした。


  ***


 「本当に、片思いだったんですかね」

 牧島警部と田島警部補が帰った後の日曜日の午後、杏奈の提案もあって、前回に引き続き、喫茶店「マール」でレシピ完成祝いをすることとなった。

 

 クラフトビールを月替わりで出していることに気づく。今月は東京と金沢のクラフトビール2種類だ。俺は金沢の方を選んだ。

 

 「どういうこと?」

 

 「いえ、だって、結構長い間、部屋は違うけど、同じ家に住んで、色んなものをシェアして、朝ご飯を時々一緒に食べて……ですよね。なんか、敵討、だったのかなぁって」

 

 「そうだなぁ」

 「……私だったら、好きじゃない男の人と、同じ家で寝泊まりしたり、朝ご飯食べたりって、ちょっと難しいかなぁ……」

 

 「水回りとかも一緒に使うんだもんなぁ」

 

 ……。

 

 ん?

 

 急に黙って、赤くなって手で口元を押さえている。

 

 「今の、なしです! 2、3分間くらいの記憶、消去してください!」

 「は? な、何を言ってるんだ? 何か変なこと言ったか? 風呂とかトイレ…の前?」

 「あー! もう良いですから! はい、ビールつぎます! コップ出してください!」

 

 なんだなんだ、よく分からん。

 ま、杏奈はビールつぐの上手いから、最初だけお世話になるか。

 金沢のビールはアンバーエールだった。深い琥珀のような茶色い輝き。良い具合の泡に、2、3分前の記憶は全て吹き飛んだ。

 

 「ま、どうなんだろうな。30過ぎた男女のことは、俺には分からんね」

 

 「30歳って、さば読んでたくせに」

 

 「古い話を蒸し返すなよ」

 

 「大分混乱させられたんですから、その話」

 

 「え、何で?」

 「え、あ……」

 

 杏奈が急に言葉に詰まる。

 

 「……橋本さんが高校生の時、私が小学4年生」

 「へ? ああ。それくらいの計算で合ってるだろ?」

 

 杏奈が、不意に真面目な顔になって、少し息を整えた。


 「橋本さん、高校生の時、御徒町の洋食屋さんでアルバイトしてましたよね」


 え?

 何で?


 「してた……。3年間」

 

 杏奈が、少し思い詰めたような、何かを期待するような、何かを怖がるような、そんな顔をした。


 「橋本さんは、覚えてなくて当然ですけど、私、そこで橋本さんに会ってるんです。小学生の私と、橋本さん」

 

 ……。

 冗談だろ?


 「何かの勘違いじゃなくて?」


 「橋本さん、スープを作って、お客さんに出したことありますよね。マスターが、良くできたからって。私は誕生日で……デザートの前に橋本さんが、スープを持ってきてくれて……。私、その味が、本当に忘れられなくて。っていうか、味は忘れないんですけど、本当に特別で」

 

 勘弁してくれ。 


 「その頃いろいろあったから……でも、こんなスープが飲めるなら……大げさじゃなくて、生きてるのって、素敵だなって、そう思ったんです」

 

 ***


 橋本さんは、その日、もう一本ビールを飲んで、ちょっと酔っぱらっていた。

 

 ああ、そう言えば、ビシソワーズを練習してて、上手くいったときはお客さんに出してたかも。そんなこともあったんだなぁ。

 

 ま、そんだけ美味しいと思ってもらえてたんなら、昔の俺の腕も捨てたもんじゃないな。

 そう言って笑っていた。

 

 でも、じゃあ、俺のこと昔から知ってるんじゃん。早く言ってくれれば良かったのに。

 そんなこと言われても、そんなこといきなり言ったら気持ちがられると思ったし。

 

 やっぱり覚えてなかったかぁ。

 

 でも、ちょっとすっきりした。

 

 何か、ちょっと嘘ついてる感じで、引っかかってたから。


 ***

 

 アパートに戻り、俺は御徒町の洋食屋時代を思い出していた。


 あの日、俺が料理で生きていくことを決定づけた少女のことを。 


 お前だったのかよ。

 忘れるわけないだろ。

 でも、分かるわけないだろ。

 あんなに小さな女の子が、そんなに昔じゃないぜ、こんなに変わって。

 

 あれ?

 杏奈の顔が、仕草が、声が、何とはなしに浮かんでくる。

 

「真摯なおつき合いなら、警察は関知しませんので」

 

 俺はクーラーの温度を限界まで下げた。

 いやいやいやいや。

 頭をぶんぶん振り、冷蔵庫から発泡酒を取り出した。 

読んでいただいてありがとうございます!

なるべく毎週数回の更新をしています、もしよければ評価・ブクマ、感想等いただけたらとっても嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ