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27 第三章 強盗とグラタン(9)/全くの善意

(前回から)

 杏奈と橋本以外の登場人物は次のとおり


 サツキ・・・橋本の友人の雑誌記者(昔、橋本を好きだった) フルネームは五月美和 

 田島警部補・警視庁強行班の職員 強盗事件を担当している

土曜日の営業終了が近づいたころ、店内に優しい、そして少し甘い、どこか懐かしい匂いが漂い始めた。最後のお客さんをお見送りした後、厨房に向かうと、橋本さんが珍しく鼻歌を歌いながらおたまで寸胴鍋をゆっくりかき混ぜていた。

 「何か、懐かしい匂いですね」

 「脱脂粉乳が話題に出たのは、良い線行ってたんだよな。しっかり入ってるし」

 橋本さんがその商品の箱の裏面の原材料欄を眺めている。

 

 どこのスーパーでも売っている、大手食品会社の顆粒タイプのクリームシチューミックス。

 「カレーには一歩譲るかも知れないけど、まぁ、定番の家庭料理だよな。いや、これがまた美味いんだ。ほんと、料理人泣かせだよなー」

 

 そんなことを言いつつ、何やら嬉しそうな橋本さん。

 

 「橋本さんも、好きなんですか? このシチュー」

 「まぁ、嫌いになるのは難しい味だろうな。ほっとするもん。さ、もうすぐできる。あ」

 

 急に橋本さんが真顔になる。

 

 「……どうしたんですか?」

 「……杏奈、お前……大事なことを聞くぞ……これからの俺たちの関係を左右しかねない」

 「え、な、何ですか? 俺たちの関係?」

 え、急に何?

 このタイミングで……。

 

 いや。

 すん、と気持ちが元に戻る。

もう、この手の話は期待してもしょうがない。どうせ私が想像するような話じゃない。


 「……ご飯にかけるかどうかですか?」

 「……なんだと……味だけじゃなくて、俺の質問まで見抜けるようになったのか?」

 

 そんなことだろうと思った。私はため息をついた。

 

 「かけない派です」

 「気が合うじゃないか、やっぱシチューはセパレートだと思うんだよな。ご飯とあらかじめ混ぜちゃうと、味がちょっとぼやける」

 

 「……」

 「ん?」

 

 「いえ、自分も単純だなーと」

 

 気が合うって言われただけで、こんなに喜んでるようでは、どうしようもない。

 

 「でも……このシチューを、どうするんです?確かに、この味が混ざってるのは間違いないんですが……」

 

 「アッシェ・パルマンティエみたいなことをするんだ」

 「???」

 

 あっしぇ?

 

 「フランスの家庭料理で、ポトフとか残り物を具材にして、グラタンみたいに焼くんだけど、それのホワイトシチューバージョンだな。だから、今日はこれを食べて、残りを一晩寝かせて、少し水分飛んだ奴を材料にしてグラタンを作るんだ。さっき連絡しといたけど、田島警部補が、明日の昼に取りに来るらしいから、それに合わせて焼き上げとこう」

 

 「おおー、何か料理に詳しい人みたいです!」 

 「……俺のこと、何だと思ってるんだ?」

 

 「すごい料理人だと思って尊敬してます」 

 「……何か、心がこもってないんじゃないか?」

 

 「そんなことないですよ」

 

 一瞬の間を置いて、私と橋本さんは、目を見合わせて笑った。


 ***


 その時の私は、幸せな気持ちで、こんな日々が続いてくれるなら、鈍感なままの橋本さんで、それで良いっていうくらいに思っていて。

 橋本さんをつけ狙う、最悪な悪意の存在なんて、想像すらしていなかった。

 

 ***

 

 日曜日の午前中、田島警部補と約束した時間より2時間以上早く、「三河」の玄関のベルがなった。

 誰かと思ったら、レストランの料理人時代に、俺を取材しまくっていた雑誌記者のサツキだった。少し厨房を片づけるため、待つように指示すると、不満そうな顔で顔を引っ込めた。 

 

 ……こいつが来ると、杏奈がなんか不機嫌になるから、困るんだよな……衣装屋兼美容師の井上さんや、牧島警部は仲良かったみたいだけど……記者は苦手なのか? 

 

 まさか、こいつに昔告白されたり、キス(左頬)されたりしたことを、不快に思ってるとか? 

 ……いやいや、それは自意識過剰か。


 杏奈は、もうすぐ中間テストらしく、2階で勉強してる。杏奈に見つかる前にさっさと追い返して……。

 

 「あ、サツキさんが来たんですね……」

 

 背後から、杏奈がいつもより低めの声を発する。

 っていうか、何で分かった? 昨晩のシチューかけるかけない質問もそうだったが、何か推理力がどんどん上がってないか?

 

 「何かやましそうな動きをしてるから……。別に気を遣わず、仲の良いご友人とそちらのテーブルでゆっくりお話ください」

 

 「べ、別にやましいことなんて何もないぞ」

 

 「何か挙動不審じゃないですか」

 

 「杏奈がそう言う目で見るからだろ、俺は全然、いつも通りだ」

 

「なるほど、確かにそうですね。見えなければ気になりません」

 

 杏奈が眼鏡を外して、カウンターにぴょこんと座る。

 

 今日は白い襟付きのチェックの半袖ワンピースで、まぁ爽やかな感じである。これも、美容師の井上さんに選んでもらったらしいが、眼鏡外すと、ほんと、雑誌の読者モデルくらいはさらっといけちゃいそうな感じだよな。

 

 「え、二階で勉強しないの?」

 「家にお客さん来て、家主が離席するわけにいかないじゃないですか。あ、聞かれちゃまずい系の話ですか?」 

 「いや、そんなことは……」

 

 「もー! 一樹、まだ片づかないの?!」

 

 「あ、こら」

 

 がらがらと玄関を開けてサツキが顔を出した。 


 「えっ!? 何その若いかわいい子! えっ、何……? 一樹、あなた……えっ……やば……」


 「違う! こないだ会っただろ! この店の女将さんの娘さんだ!」


 「え、こないだ来たとき? あ……え? あの眼鏡の子?」

 

 「……2回目ですが、三河杏奈です、よろしくお願いします。サツキさんの話は、こないだ一樹さんから聞きました。すみません、目がとても悪いので、眼鏡外していると少し目つきが悪いかも知れません」

 

 ……。

 

 全然、よろしくなさそうな表情で杏奈がサツキに視線を送る、というか、若干睨んでいるように見えるような……いや、目が、目が悪いからだな! そうだよな!

 

 一瞬、サツキがきょとんとした表情を浮かべたあと、急に笑い出した。

 

 「なるほどー、これはなかなか面白い状態じゃない、へー」

 

 サツキがひょいと杏奈に近づく。

 

 「こんなやっかいなのの、どこが良いの?」

 「なっ……!」

 

 ん?

 何の話だ?

 とはいえ、杏奈が明らかに動揺している。

 

 「こら、サツキ、嫌がってるだろ。何か知らんけど、変なことするな」

 

 「え?」

 サツキが驚いたような顔でこっちを見ている。 

 かと思えば、急にため息をついた。

 

 「何それ、もー、本当にひどいところに来ちゃった……さっさと用事済まして帰ろ」


 何やら、鞄からガサゴソと雑誌を取り出す。


 「今度、この雑誌のオンライン版で、神田の飲食店特集するの。それで、良かったら取材させてくれない? たくさんお店載るから、ほんと小さい記事だけど」

 

 「え、その雑誌の記事で掲載していただけるんですか?」

 

 杏奈の敵対モードが少し和らいだ。

 

 サツキが持ってきたのは、一度くらいは名前を聞いたことがある程度には有名なタウン情報雑誌だ。今のところ、「三河」は口コミでお客さんが来てくれている状況だが、繰り返し来てくれるお客さんに加え、新規のお客さんは常に開拓していかなければ。お客さんは、それこそ無限の選択肢の中から、有限な時間とお金で一つの店を選ぶわけだし、転勤や引っ越し、卒業、就職と様々なきっかけで生活圏も変わってしまう。一度ある程度知名度のある媒体に掲載してもらえれば、多くの人に知ってもらえる切っ掛けになるわけで、俺も杏奈もその価値は良く分かっていた。

 

 「そ、私、一樹の料理のファンだから。一樹が料理を再開したなら、宣伝しなきゃね」

 

 そりゃありがたい、が……。

 

 杏奈が嬉しそうな、不愉快そうな、複雑な表情をしている理由は良く分からないが、少し引っかかっていることがあった。

 

 「……杏奈は、受けても良いのか?」

 「橋本さんが良いなら。お母さんも、駄目とは言わないと思う」

 

 オーナー代理がそう言うなら、受けるけど。

 

 「俺の顔と名前は出さないっていうことでいいか?」

 あら、とサツキが言った。

 

 「まだ、気にしてるの? あのやばいインフルエンサーのこと」

 

 俺は小さくうなづいた。

 

 「OK。写真も2枚くらいしか載せられないから、お店の外観と、料理メインでやらせてもらうわね。取材は来週の営業日で……」

 

 ***

 

 それは、後になって良く分かったことだけど、サツキさんは結局、本当に宣伝しようとしてくれていて、そして、橋本さんの料理も好きだった人で、この申し出は完全に善意だった。

 

 でも、一点の曇りもない善意も、悪用されることがあるなんて、このときは、誰も、そんなことを思わなかった。

 思うはずもなかった。

 

終盤に向けて、少し不穏な引きです…


読んでいただいてありがとうございます!

なるべく毎週数回の更新をしています、もしよければ評価・ブクマいただけたらとっても嬉しいです!

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