25 第三章 強盗とグラタン(7)/恋人と住むには・二日目は味変
(前回から) 女子会的な回です。
牧島警部:警視庁の女性警部(警察庁キャリアだが警視庁に本人の強い希望で特例出向中)
水曜日、17時20分。6月の夕暮れ、恵比寿の駅前は仕事終わり風のスーツ姿の男性や大学生風の男女、ご飯に向かう親子連れ、そして私みたいな制服姿の高校生と、バリエーション豊かな人々が行き交っていた。心なしか、自宅周辺よりお洒落な雰囲気の人が多い気がする。恵比寿って言うと、高校生の私でも有名なビールブランドが浮かぶくらいで、ちょっと大人の街な印象がある。
「時間より10分前に到着しているとは、警察官の素質があるかも知れないね」
声の方を振り向くと、駅の階段を降りて、白い五分丈のニットに細身の黒いジーンズ姿の綺麗な女性が近づいてきた。警察官の制服でもスーツ姿でもないので、それが牧島警部と脳内で一致するまで数秒を要した。
東大出て、キャリアで美人とか、持ってる人はたくさん持ってるなぁ、とぼんやり見つめてしまう。
「ああ、そうなんだ。街で捜査するときは、それこそスーツでも逆に目立ったりするからね。このくらいなら、その辺の服装緩めの会社のOLとか、雑貨屋の店員さんくらいには見えるでしょ」
「見えます……美人店員さんって感じです」
一瞬、牧島警部が固まり、あははと笑い出す。
あ、しまった、失礼じゃないか!
「す、すみません…思わず……」
「お世辞でも美人って言われて気を悪くする女性はいないからね。特に女子高生に褒められるのはいい気分だわ」
牧島警部が私の頭をなでる。
ああ、何か素敵だな。こういう余裕が、もう少し大人になったら身につくのだろうか……。
「今日は田島警部補さんは来ないんですね」
「別の仕事があってね。でも、田島さんごつくて目立つから、恵比寿の街歩きには不向きだし、今日は女子二人、水入らずと行きましょう」
牧島警部の笑顔に、はいっ、と答え、私も思わず楽しい気分になってしまった。いやいや、これは捜査の一環なんだから、気を引き締めなくては。
***
目的の賃貸マンションは、恵比寿駅を背にして、10分ほど歩いたところに立地していた。道すがら、お洒落なカフェや、一見では後込みしてしまいそうな、少し高そうな小料理店、有名自動車メーカーの展示場兼オフィスビル、オーダーメイド洋服専門店、美術品の展示スペースなど、自分一人ではとても入れなさそうな店が並んでいて、見ているだけで楽しかった。
「……ここら辺だと、賃貸も高そうですね……」
「まぁ、30代の独身のお医者さんだもんねぇ。お金はいっぱいあったでしょうね」
牧島警部が笑みを浮かべつつ、立ち止まる。
牧島警部の視線の先には、若干、建てられてから年数は建っていそうだが、赤煉瓦タイルが敷き詰められた重厚な雰囲気のマンションだった。そのマンションのエントランスまでのアプローチには、狭いながらも、石畳が敷き詰められ、観葉植物と噴水付きの小さな池があり、様々な角度からライトアップされて、鮮やかな陰影を作り上げていた。
エレベーターに乗り込み、7階で降りた。廊下からは、夕闇の恵比寿の街が一望できる、贅沢な眺めだった。
「最初は、ここに一人暮らししてたらしいのよね」
牧島警部が、ポケットから鍵を取り出す。
「その部屋と同じタイプの部屋が空き部屋らしいので、見せてもらえることになったわけ」
部屋に入り、電気を点けると、大理石風の玄関床、リビングは美しい木目の質の良い床板、白い壁、天井に加えて壁面からの間接照明などなど、美しい空間が広がっていた。
「リノベしてるんですねー、これは……」
「恋人と住むには最高かもねー」
「えっ」
牧島警部のいきなりの発言に、一瞬聞き間違いかと思った。
「2LDKで、それぞれの部屋とリビングがあって。この物件、すごく珍しくて、トイレが二つあるのよ。見たことないわねー。まぁ、生活時間帯がずれてて、お互いのプライベートも確保しつつ、生活できると」
牧島警部は、あちこちの戸や収納をのぞき込みながら、あ、これは便利ー、などと楽しそうだった。
「橋本さんと、こういうとこに住んでみたい?」
「ばはっ!! ごほっ!!」
質問の破壊力に、私はせき込んだ。
「な、なん……何を……」
「もうちょっと、人前では隠した方が良いわよ。あれで気づかないの、橋本さんだけだから」
「……うそ……ですよね……け、警察官的な推理力で」
「ダダ漏れよ。橋本さんの方ばっかり見すぎでしょ。ほぼほぼくっついてるし。しかし、あれで何とも思わないあの男も、なかなかのものね……」
「……子ども扱いされてるんですよ……」
牧島警部がひょいと首を傾げて、私の眼鏡を外した。
「あっ、眼鏡……」
「こんなにかわいいのにねぇ。ね、今日の夜ご飯は予定ある?」
「え、いえ……ないですけど」
「じゃ、折角だから恵比寿の駅まで女子会しましょう。ここの捜査、さっさと終わらせて、ね。うちの部署、男ばっかりでむさ苦しいのよ。久しぶりに恋バナとかしたいわ」
***
強盗犯の伊藤医師と、ルームシェアしていた女性は、絵画の展覧会で知り合ったらしい。伊藤医師は絵画を見るのが好きで、ある日立ち寄った展覧会で、その女性の絵を伊藤医師が気に入ったそうな。それから、伊藤医師が、彼女の作品が展示されるイベントに足繁く通うようになって、話をするうちに、彼女が住んでいるアパートが老朽化で立ち退きを求められていると聞いた。
それで、次の家が見つかるまで、自分の家の部屋を一つ使わないか、と提案したらしい。
私だったら、いくら顔見知りでも、ちょっと後込みする提案かな、と思うけど……そこは大人の世界なのか。
結局、そのルームシェア生活は、2年くらい続いた。
そして、その生活は、彼女が自ら命を絶ったことで、終わりを迎えた。
事件性がない、というのは、この間聞いたとおりだった。
***
「何か浮かぶ?」
私は、がらんとしたキッチンを見つめて、その女性の姿を思い浮かべていた。
土曜日の朝。
多めの朝ご飯。
多めって。自分が食べるだけなら、やっぱりそんなことしない。
誰かのため。
伊藤医師のため。
じゃあ、金曜日の夜は。
生活時間帯は合わない。
でも、朝から多めの料理を作るのは、大変。
優しい、懐かしい甘み。
帰宅、自宅、セピア色、公園、夕方、スーパー、母親、少し甘い匂い、ミルク、団らん
橋本さんが作ってくれたドリアに、加えるもの。
あ。
私は、スマホを取り出して、それを検索する。
「え、何それ」
牧島警部が、画面をのぞき込んだ。
「多分、これです」
「でも、これって……」
「はい、きっと、前日のうちに作って、次の日に流用してたんだと思います。一人分を作るのはかえって面倒ですし、多めに作った方が美味しいけど、二日目は味変したい、ということだったのかも知れないです」
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