24 第三章 強盗とグラタン(6)/彼女・元彼女
(前回から)営業前になにやら来客があったようです。
土曜日の営業前、仕込みも一段落した17時。開店まで1時間。杏奈の味のイメージメモを見ながら、強盗のグラタンのレシピを思い浮かべていた。
甘さ、懐かしさ、なんだろうなぁ。脱脂粉乳とか、水飴とか、そういうのだろうか。
ピンポーン、と玄関の呼び鈴が鳴る。
「? 荷物か何か頼んでた?」
「いえ、今日は特に何も……」
メイド姿の杏奈が首を傾げつつ、来客に応じるため、眼鏡をかけた。
はーい、と言いながら、チェーンを付けたままの玄関の引き戸を開けに向かう。
***
「こんにちわ、いやこんばんわ?」
玄関の外に、中を覗き込むように立っていたのは、ミディアムボブくらいの茶髪の快活そうな美人のお姉さんだった。
「あ……えーと、開店は18時からなんですが……」
「そうでしょ? だから開店前に来たの。一樹いる?」
一樹?
は、橋本さんのこと?
……って、一樹呼び?!
「は、橋本一樹さんのことでしょうか……」
悪い予感がする、悪い妄想が膨らむ。
高まる動悸を抑えながら努めて冷静に。
「……サツキ?」
いつの間にか後ろに立っていた橋本さんがそうつぶやいた。
「あ、一樹! 本当にいた! 井上さんに聞いたのよ、ここでまた料理始めたって!」
私は、橋本さんとサツキさんの両方に視線を泳がせる。
「あ……あの……橋本さんのお知り合いで……」
「ああ、こいつは……」
「そ、一樹の彼女」
「かっ、かはっ! かの……!」
「馬鹿、違うだろ!」
「あ、元カノか」
「もふっ! もっ! 元カ……」
「それも違う!」
「まぁねぇ……でも左の頬は奪ったわよね」
「お前……!」
くらくらして、そこからの会話は良く聞こえなかった。
とりあえず、また来るから。これ私の今の連絡先ね、と言って、橋本さんに名刺を渡し、サツキさんは帰って行った。
***
その日の営業を、杏奈はいつも以上ににこにことこなしていたが、何となく、料理を渡すときに目が合いづらかった。
そして、まかないのナポリタンを前に、重苦しい沈黙である。
まかないを目の前にすれば、どんなに疲れていても、にこやかになるのだが。
……機嫌が、悪い。
と、すると……何か料理をしくじったか?
そういや、味見してないけど。
「え……ごめん……何か味、変だった?」
「……滅茶苦茶うまいです。サイコウです」
もう、サイコウですが、サイコですに聞こえるくらい、眼鏡の奥の目が怖い。
「何だ……どうしたんだ……」
「……おモテになるんですね」
「は?」
「あんな美人さんと仲良くされて。まぁ、そうですよね。超有名店の若手有望シェフだったんですもんね。まぁ、モテますよね」
「だから、あれはあいつが一方的に言ってるだけで、つきあってもないから」
「サツキって呼んでたじゃないですか。本当につきあってないんですか?」
おお……そこか……。
「サツキは名字だ。あいつの名前は五月美和」
「あ! 名字ですか」
何だ、少し明るくなったぞ。
「あいつは、料理雑誌とかタウン誌の記者なんだよ。で、俺の店も取材してたの。で、何か知らないけど、しょっちゅう俺の記事書こうとしてて、だいぶ付きまとわれてたってわけ」
「で、告白されたんですか?」
……。
こいつ……鋭いのは味覚だけじゃないのか……。
「だからそれは断ったんだって。だいたい、公私混同だろ、取材相手に、そんな気軽に」
「何で断ったんです?」
「え?」
何で?
……。そんなの分からん。
ていうか、五月は軽い感じで、本当に告白だったのかどうか。
腕を組んで首を傾げること、数秒。
杏奈が、ふっと吹き出した。
「すみません、変なこと聞いて」
なんか満足したんだろうか? 良く分からん。
「あ、でも左頬を奪ったって言ってました!」
あれ、何かまた不機嫌になりそうだぞ。何なのこれ?
「それは、何かあいつの記事が編集長にやたら褒められた時があって、それが俺の記事だったから、何か飛びつかれたんだよ。離れろって言うのに」
「……ほっぺにやられたんですか? 避けなかったんですか?」
ど、どういう質問だ……。いきなりくっつかれて、至近距離でどう避けろと……。
「……よく考えろ、難しくないか……?」
「……ちょっと考えておきます」
何か実験とか始めそうだな……。至近距離キス実験。
「? あれ? 牧島警部。こんな時間に」
杏奈のスマホの着信音が鳴る。
夜分すみません。例の、二人が暮らしていたマンションの見学ができることになりました。来週の水曜日の夕方はいかがですか?
「牧島さんに、あの強盗さんがルームシェアしていた部屋を見られないか、相談してたんです。来週水曜日の夕方らしいです」
水曜かぁ。仕事だなぁ……。でも……。
「あ、大丈夫です。橋本さんお仕事ですもんね。味のヒントを探しに行くだけなので、私一人で行ってきます」
「え、ほんと?」
「大丈夫ですよ。しかも、今回は警察の方と一緒ですから、誰かに後をつけられても安心です」 杏奈が笑顔を見せる。
「まぁ、じゃあ、気をつけて。何かあったら連絡するんだぞ」
杏奈がきょとんとした顔を見せる。
「……連絡したら来てくれるんですか?」
「当たり前だろ」
一瞬固まった杏奈が、頬を膨らませる。
……そう言うのが、モテるんですよ。
「ん? 何か言ったか?」
「何でもないです」
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次回はまた警察回です、そろそろ強盗のレシピも見えてくる…予定。




