23 第三章 強盗とグラタン(5)/手のタコ/ハツコグヘ
(前回から)高校まで送っていくことにしたようです。
少し時間調整が必要ということで、なにやら元気になった杏奈を連れて、駅中のハンバーガー屋で早めの昼食を取った。若干店員の視線は気になったが、田島警部補に比べればなんてことはない。
「なんですかこれー! 美味しい!」
「ここの、手作りなんだよ。美味いだろ」
やっぱり、お前は美味いもん食って笑ってるのが似合うよ。
あれ、何か俺、ずいぶんほっとしてるな。
「橋本さん、この後、帰っちゃいます?」
「ん? まぁ、仕事15時からだから、どっかで時間つぶすけど……」
「じゃあ……その……学校まで一緒に行きません?」
「いやいやいや、ダメだろ! 怪しいって!」
「近くまでですから。ほら、も、もしかしたら、今後学校で何かあって、お店の開店時間にちょっと間に合わなそうって時に、その……お迎えを御願いしたりとか……」
む……。そりゃ、ありえない話じゃないけど……。
「あ、すみません、ずうずうしかったです……」
「いや、まぁ、何があるか分からないし……女将さんに何か頼まれるかも知れないしな。ほんと、近くまでだからな」
「ほんとですか! やった!」
ダメだな、ちと甘いだろうか……。
まぁ、杏奈が元気になったから、良いか。こいつが元気じゃないと、店の営業に支障があるもんな。
***
新宿三丁目駅で降りると軽やかに改札を出てC4出口に向かっていく杏奈の後についていく。ちらちらとこちらを振り向きながら、ご機嫌そうな様子である。
地上に出ると、正午前の爽やかな日差しが目に染みる。杏奈は横断歩道を渡って、有名なシアトル系コーヒーチェーン店と商業ビルの間の小道を進んでいく。新宿駅や新宿御苑も遠くない。なかなか洒落た立地だ。
小道を進むと、途端に視界が開け、目の前に白い背の高い高校の校舎が姿を現した。新宿区の街並みにあって一際存在感を放つ、堂々とした、立派な建物だ。
やっぱりここか……。
「お前、頭良いんだな……」
「え、な、何ですか?」
「いや、何でもない」
俺は社会人だ。社会人としての経験や知識がある……。
「かなり苦労しましたよ、受験。勉強しすぎて、最後は目や鼻から出血してましたから」
へぇ。
確かに、基本的に根性あるよな。
「やりすぎると、そうなるよな。俺も料理で経験あるわ」
杏奈が振り向いて笑う。
「だと思いました。手のタコ、凄いですもんね」
「へ?」
あ、赤羽駅前で指掴んだ時か。ごつごつしてるもんな。
「あ。何でもないです」
急に頬を赤くして、手で顔を扇いでいる。歩いて暑くなったのか? 忙しいやつだな。
「ちょっと、校門まではぐるっと回っていく感じです」
なるほど、直線的には行けないのな。とはいえ、めちゃくちゃ良い立地だな。
横断歩道を渡り、校門が見えてきた。
「そこが校門になります」
「了解、場所はよく分かった。何かあったらここに来るわ」
「これからお仕事ですね」
「ああ、三河にはまた明日の午後に行くから、それじゃ」
「あ、橋本さん」
駅の方に引き返そうとすると、杏奈に呼び止められた。
「ん?」
「えーと……その……お仕事がんばって下さい。また明日、待ってます」
「何だそりゃ、いつものことだろ?」
「あ、そうですね。何となく……平日の午前中に会うのは、初めてだったから」
「そういやそうか。基本、土日か平日夜だもんな。……って言ったって、別にいつ会っても同じだろうに」
「ぜ、全然違いますよ! 制服姿も初めてじゃないですか……あー、もう、何でもないです」
何でもないです、の後に、ほんと、鈍感だ、と聞こえた気がしたが、気のせいか?
杏奈は校門の方に向かったかと思うと、すぐにまた振り返ってこっちを向いた。
「いえ……これはこれで似合ってますか?」
「まぁ、年相応なんじゃない。高校生だし」
「ぬぁー! よく分かりました。そういう感じですね。子供扱いして……」
「あれ、杏奈?」
校門の方から、スカートにジャージを下履きした、ショートカットの快活そうな女子高生が一人駆け出て、杏奈の背後から声をかける。
「あ、三咲……どうしたの?」
「弁当忘れちゃって、先生に許可もらったから、ちょっと急いで家に帰るとこ。昼休み中に往復せねば……ん?」
三咲の視線が俺に注がれる。
不意に、三咲の目が一際大きく見開かれた。
「あー!! この人、あれでしょ? 杏奈のハツッコぐへっ!」
杏奈が振り回した鞄が三咲の鳩尾をえぐる。
「お……おい……何してんだ……!」
人に暴力はダメとか言っといて……!
いや、これが最近の女子高生のコミュニケーションなのか?
「な、何でもないです! 三咲、購買部でパン買おう、パン! おごってあげる、今日は特別! 橋本さん、また明日!」
「お、おぉお……」
杏奈が、うめき声を上げる三咲の手を力強く引きながら、校舎の方に去っていった。
……。
事件と言い、杏奈と言い、分からないことだらけだ。
杏奈は三咲に俺のことを話しているようだつた・
ハツコグヘとは、一体……女子高生に流行してる隠語か? 俺はどんな噂を流されてるんだ?
しかし、鋭い鳩尾への攻撃だった。
今後は怒らせないように気をつけよう。
***
「へー、なるほどー、ああいうのが好みなんだねー」
三咲はコロッケパン、ミックスサンド、バターあんパンを並べて満面の笑みを浮かべていた。
誤算だった、まさか昼休みに、あのタイミングで外に出てくるとは……。誰もいないと思ったのに。
「もう、本当に勘弁してよ。何てこと口走るのよ」
「ごめんごめん、だって、実物見たらテンション上がっちゃって」
須藤三咲は豪快に笑っている。
親友と言って良い関係だが、何故うまが合うのかは今でも分からない。三咲はバスケ部のレギュラーで、校内でも女子のファンクラブがあるとの噂のスポーツ理系少女。他方私は文系帰宅部メガネのモブ系女子で、三咲のファンの一人と思われているらしい。が、三咲がバスケをしている姿は実は見たことがない。1年、2年と同じクラスで、席が近く、私は国語と英語を、三咲は科学と数学を、それぞれ教え合う関係で……勉強の話の合間に年頃の女子が話すとしたら、畢竟、恋バナにたどり着くわけで。
「いやー、でも良いなー。小学校時代からの初恋の人と再会して、そんで自分の家に週3で来てご飯作ってくれて、目下母親も不在って、どんな乙女ゲーよ。あー最高、鼻血出るわー、いーなー」
「ちょ、ちょっと! 三咲、声が大きい!」
「しかも、こないだ泊まったんでしょ? 家に、好きな男を……」
「そ、そんなんじゃないって! お母さんにも許可取ったし……」
「どうせ、襖越しに様子をうかがってたんでしょ」
うっ。
「そ、そんなことしてない……」
「布団片づけるときに匂いかいだでしょ」
ぐはっ。
「おおー、顔が赤いですなー。いやー、これはもう、ほんとに昼飯が美味い。いーなー、楽しそうだなー。あー、今日は良い日だなー」
く……圧倒的に弱みを握られた気分だ……。
「で、今日は優等生の杏奈嬢が学校をさぼって二人でデート後に御登校でございますか? な、なんという……」
「だから今日は家の仕事だってば! 言ったじゃないの!」
「それにしては随分楽しそうに、高い声でお話してらっしゃって、別れたくない感じダダ漏れでしたがねぇ。いやー、女子だなぁ……」
ああ、もう、何という昼休みだ……。
「ほんとに、誰にも言わないでよ、もう。橋本さんは、私のこと何にも覚えてないんだし……」
「話すわけないじゃん。こんな楽しいこと、絶対独り占めしときたいもん」
三咲は軽くウインクした。
軽い口調だけど、嘘はつかないんだよね。
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