22 第三章 強盗とグラタン(4)/ひっぱたいてやる
(前回から……)強盗犯との面会を終えて、警察と打ち合わせをする二人ですが、杏奈の様子が少々おかしいようで。
「亡くなってるんですか、その、彼女さん」
警察所内の会議室で、俺と杏奈は牧島警部、田島警部補と缶ジュースを飲みながら事後打ち合わせをしていた。
「どうもそうらしいです。自殺らしい、というところまでしか不明ですが」
「そもそもどういう事件なんですか? あ、いや、話せないのかも知れないですけど……」
牧島警部と田島警部補が顔を見合わせる。
「……捜査協力として整理しますか?」
「うーん。えーと、三河さん」
「あ、はい」
「仮に事件の情報が増えたら、味覚の再現精度は上がるのかしら」
「情報は……多ければ多いほど、精度は上がると思います」
なんか、ちょっと元気ないな。
珍しい。
「杏奈、疲れたんじゃないか? 午後、学校だし、今日はこのくらいにしたらどうだ」
俺の言葉に、杏奈は少し驚いたような表情を浮かべた後、少し笑顔を浮かべて首を振った。
「まだ時間ありますし、もし聞かせていただけるなら、可能な範囲で教えてください」
牧島警部の話を田島警部補が補足しながら、事件の概要説明が行われた。
数ヶ月前、業界ではそこそこ有名な画家の個展が行われた。作品の販売も行われていて、三桁万円の値が付けられた作品も複数売れたそうだ。
一つ特徴があり、その画家は、今時、キャッシュレス決済を導入せず、全て当日の現金払いでしか作品を売らなかったという。
個展の3日目、その画家とスタッフが、その日の売り上げ金を手提げ金庫に入れて、撤収しようとした時に、事件が起きた。個展会場のトイレに隠れていた伊藤が、二人の背後からスタンガンと催涙スプレーで攻撃。その際、暴れた画家を突き飛ばし、転んだ画家が床に頭をぶつけ、重傷。
伊藤は、手提げ金庫と、小さめの絵画数点を盗んで逃走。
その後は、防犯カメラの映像から、すぐに足取りがばれて逮捕されたそうな。
頭良さそうなのに、雑な事件だ。
「動機は? だって、お医者さんでしょ? お金目当て?」
「公立病院の勤務医をしてて、開業するために貯めていた金を、最近ハマった競馬とパチンコで使い込んだそうだ。もともと、絵にも興味があって、この芸術家の個展にも何度か足を運んでいて、大金をやりとりしているのを思い出した、だそうだ」
「……田島さん、それ全然信じてないじゃないですか」
「家からハズレ馬券も出てきたし、一応、テナントの契約の準備も進めてたのは本当だった。まぁ、預金残高的には全然問題ないし、医者がローンを組むのはそんなに難しくない」
「それで、本当の動機を話してほしいってこと?」
「それと、事件前日の行動と、事件後の行動ね。前日から病院を休んでるけれど、何をしていたのか、覚えていないの一点張り。金がほしかった、準備してトイレに潜伏した。事件の二日後、自宅の賃貸マンションにいるところを逮捕されているけど、前日何をしていたかも、よく覚えていないと。ただ、現場からは手提げ金庫のほか、絵画も3点盗まれているけど、そのうち1点が行方不明で、伊藤は「知らない」と言っている」
……。
確かに分からないことだらけだ。
「でも、強盗をしたのは間違いないし、事実について伊藤は一切、気持ちいいくらい綺麗に認めている。そうすると、裁判上は、伊藤の話していない部分は、隠している絵画1点は問題だが、情状に影響するかどうか程度で、もはや事件捜査上は、枝葉の話になっているの。でも、ねぇ……」
牧島警部の顔が曇る。そりゃそうだろう。素人が聞いていても、すっきりしない。
「杏奈は、他に聞きたいことある?」
「……」
少しうつむいた後、できれば…と杏奈が口を開く。
「彼女さん、恋人じゃないって言っていた、グラタンを作っていた人のこと、何か分かりませんか?」
「ああ、その話は……事件と直接関係ないので、あまり詳しくは調べられてないんだけど、どうも、一時期、伊藤がルームシェアしてた女性みたいなのよね。あんまり信じられないけど、男女でねぇ。2年くらい一緒に暮らして、事件の半年前くらいに……ね」
「伊藤の過去を洗っていたとき、そのルームシェアしていたマンションでの自殺事案の記録があつて、そこに伊藤が住んでいたことも確認できた。伊藤の当直中の事案で、事件性もまったく認められなかったみたいだが、ね」
会議室を重たい空気が包んだ。
俺はちらりと、壁の時計を見た。
「あ、時間ですね。今日はご足労いただき、ありがとうございました」
牧島警部が努めて明るい声でそう言った。
***
さっきの話が重たかったから、ということだけでもないだろう。
珍しい、というか、無口な杏奈は初めてだった。
朝にピックアップしてもらった場所で降ろしてもらい、赤羽駅に向かう。10時半過ぎの、朝でも昼でもない中途半端なこの時間帯は、夜中の飲み屋街の喧噪が嘘のように静まりかえっていた。 調子狂うなぁ。
「何か、甘いものでも食べる?」
違うだろうな、と思いながらそんな言葉をかけてみる。杏奈が小さく首をふって「ありがとうございます」と言った。
困ったな。
こういう時、口の上手い男だったら、雰囲気を明るくできるんだろうか。
杏奈が俺の少し前を歩く。
「橋本さん」
俺に背中を向けたまま、不意に杏奈が口を開いた。
「私、やっぱり変ですかね? ああいうので、味が浮かんでくるとか」
ああ、変だぞ、と、ちゃかそうかと思ったが、あの青ざめた顔が浮かんできた。
「嫌な意味で言ってるなら、そんなのやめな」
「……」
「自分のこと、嫌いになるのは結構しんどい。やっちまいがちだけど、それはつらくて苦しい」
何があったのか、分からないが。
誰かにけなされたりしたのか? 味覚について。
なんだか、無性に腹が立ってきた。
「世の中の奴らには分からないかも知れないが、杏奈の才能は、俺からしたら、宝石みたいなもんだ。キラッキラのやつ。もうさ、正直、まぶしいくらいなやつ。変だなんてとんでもない。そんなこと言う奴がいたら、俺がひっぱたいてやる」
赤羽駅前のロータリー。
ぐるりと、カラオケ屋や飲食店が円形に立ち並ぶ真ん中の広場。
不思議なほど人が少ない金曜昼前。
くるりと振り向き、駆け寄ってきた杏奈が、気づいたら俺の胸に寄りかかる様に頭を押しつけている。
「……ほんとですか? なんでそんな嬉しいこと言うんですか」
「いや……俺は……本当のことを……」
「でも、ダメですよ、人を叩いたりしたら。橋本さん、捕まったら、困るから」
「ばか、比喩だよ比喩、それより、ちょっと、杏奈……」
こんな駅前でくっつくな……。
ぞくり。
背中に視線を感じる。
「……橋本さん……都条例って知ってます?」
「田島……警部補……」
「今日の記録、参考にお渡しするの忘れてましたので、追いかけて来ました。個人情報や何かを特定するような事項は全消ししてますが、取り扱いは厳重注意で、後日回収しますから」
俺の背中は再び冷や汗でびしゃびしゃになった。
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