21 第三章 強盗とグラタン(3)/独白とセピア色のミルク
(前回から) 警察の依頼を解決するヒントを得るために、強盗犯と面会に来たところ……
ドラマで見たことはあったが、留置所の面会室は本当にアクリル板で仕切られており、小さな通気口のような穴が円形に配置され、そこから声が通る造りだった。
「本当はもう留置所じゃなくて拘置所に移送なんですけどね。ちょっと内部事情で、しばらく留置所にいるんです」
面会室には、牧島警部と田島警部補も同席するとのことで、俺達の後ろに二人は椅子を並べていた。
牧島警部の説明に、はぁ、そうなんですか。とだけ相づちを打っておく。
正直、難しいことはよく分からない。
一方杏奈は、そういうこともあるんですねー、などと言っている。
何か俺より詳しそうだな。え、学校で習ったりすんの? こんなの。
「そういや、杏奈の学校って、どこなんだ?」
「あ、新宿です。赤羽からだったら、そんなに遠くないですよ」
ん? 新宿?
「公立?」
「あ、はい。私立はちょっと、高いですし……」
……。
何か、その辺の公立だと、結構な進学校だったような……。
あれ、やっぱこいつ頭良いのか……。
「あ、橋本さん、被告人の、伊藤が来ます」
アクリル板の向こうの警察官の合図に、田島警部補が反応した。
一瞬で、部屋に緊張が走った。
田島警部補が、俺たちの後ろに顔を寄せて、小さな声でつぶやく。
「ちなみに、伊藤は精神科医なので、結構頭がキレますよ」
***
アクリル板越しに座った男性は、髪の長い、細身で色白の男性だった。昨日までは、田島警部補のような屈強なタイプが出てくるのかと思っていたので、拍子抜けしたが、精神科医、と言われればしっくり来なくもない。
伊藤秀一朗、35歳。
じっと座って、目にかかった髪の毛の隙間から、俺と杏奈に対して交互に視線を送っていた
「……」
えーと、どうすりゃいいんだ?
「チーズは、多分普通の、どこにでも売ってるようなとろけるチーズ。別に高級な食材なんて、日常使いするような生活じゃなかったんだ」
伊藤は、急に口を開くと、誰とも視線を合わせずにつらつらと話し始めた。
「ジャガイモと、人参は入ってた。肉は細かかったと思う。なんだっけ、あの有名なイタリアンレストランチェーンがあるだろ? あそこの名物のドリアみたいな、そんくらいの肉の感じ。それで、甘みがあった。優しい、懐かしい甘み。分かるかな? 何でか分からないけど、昔食べたことがある感じ。小学校とか中学校とか。なんでかな、大学じゃないんだよ。もっと幼い、懐かしい頃を思い出すような甘みなんだ。ああ、ソースの色は白だったよ。ホワイトソースなんだとは思う」
ぽかんとした俺と杏奈をちらりと見ながら、伊藤は言葉を続ける。
「不思議と、土曜の朝だったよね。彼女がそれを作ってくれてたのは。何でだろうね。家庭料理としては、オーブン使ってグラタンなんて、手の込んだものじゃないか。でも、彼女は朝早く起きて作っていた。香ばしいチーズと、甘い匂いでね。ルームシェアしてたんだよ。2年くらいかな。2LDKのマンションでさ。お互い、生活スタイルが真逆だったから、滅多に同時に家にはいなかったけど。月に2回くらい、同時に家にいる土曜があってね。彼女は、多めに朝ご飯を作る癖があって、そんで僕にも分けてくれたわけ。で、それがほとんど毎回、そのグラタンでさ。「いっぺんに沢山つくれるから。それに、美味しいでしょう」ってね。そうだね、確かに、僕は今でもあれより美味しいグラタンを知らないよ。そして、もうそのグラタンの作り方は、永遠に失われてしまった」
伊藤が前髪を少しずらし、俺の目を見た。
「もし君が、それを作ってくれるっていうなら、そんな奇跡があるなら、何でもしゃべる。別に、大した話が残ってるわけじゃないけどね。そこの警察さんは、何もかも全部知らないと気が済まないらしいし」
伊藤は、牧島警部と田島警部補を一瞥した。
「彼女……さんが作られてた料理なんですね」
杏奈が不意に口を開いた。
「ああ、彼女ってのは、文脈上の話で、僕の恋人じゃないけどね。ルームシェアしてた友人さ」
「あ、そうなんですね……あの、変な質問なんですけど、その、懐かしいって、どんなイメージですか? その懐かしさと一緒に浮かぶ風景とか、匂いとか、場面とか……なにかありませんか?」
すこし、きょとんとした顔で伊藤が杏奈を見つめた。
「あ、君は、そっちのタイプ? 共感覚者? 珍しい」
「えっ? あっ……その……」
何だ?
杏奈が、少し青ざめた顔をしている。
今まで見たことがない表情だった。
「ああ、ごめん。良くない質問だったのかな。でも、そうか。それなら、納得がいった。どういうことかと思ったけど、腕の良い料理人と君なら、もしかしたら……なるほどね」
一瞬、伊藤の口元に笑みが浮かんだ気がした。
「そうしたらね、ただ、イメージでしゃべるけど、
帰宅、自宅、セピア色、公園、夕方、スーパー、母親、少し甘い匂い、ミルク、団らん
……うん、こんな感じかな? どうかな?」
杏奈が少しうつむいている。
「はい、イメージはつきました」
「ありがとう。でも、材料は皆目検討つかないよ。料理人さん……料理するのはあなたの方ですよね。彼女のイメージを再現できるの?」
「まぁ、こいつの話を聞きながらですけど」
「……さらっと言ってるけど、凄いことやってると思いますけどね。警察さん、僕の公判、いつでしたっけ」
「来月の1日が第一回公判よ」
「ですって。僕、公判が始まったら、もう何も喋らないつもりなので、もしも、万一食べさせてくれるなら、今月中がリミットかな……あの、期待はしてません。お二人は、すごく面白い組み合わせだけど、無数の味の組み合わせの中から、これだけのヒントで、僕の食べたい味を再現するんて……ね」
伊藤は、ため息をついた。
「少し疲れました、これ以上話すこともありません。彼女の命と同様、レシピも失われてしまったのだから」
伊藤は振り向いて警察官とアイコンタクトすると、席を立ち、面会室を出て行った。
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ちょっと今回はシリアス成分が増えるかもしれないですけど、基本的には二人の関係をのんびり追って行くつもりです。。。




