20 第三章 強盗とグラタン(2)/夏服と午前中
(前回から)警察の依頼で強盗犯が食べたいグラタンの味を探ることに…
「さて、毎回ではありますが、味の位置を図で記載させていただきます」
杏奈がホワイトボードを引っ張ってきて、三方向の矢印を書き込み、左下奥の方に①今日のポテトグラタン、右上奥の方に②強盗グラタンと書き込んでいく。
「……なんか②が物騒だな……」
「まぁでも、覚えやすくてよくないですか?」
「何でも良いけど……で、あれか、やっぱり味が薄いのか?」
「薄い、というより、なんとなくですけど、こくや甘みが足りない気がします、うまく言えないんですけど、今日のポテトグラタン、フレッシュなんですよね。あ、いえ、滅茶苦茶美味しかったんですけど。あー、ほんと美味しかった……幸せ」
なんか意識飛んでるんじゃないのか。
もしかして、味の記憶を辿ってるのか……?
「褒めてくれるのは嬉しいが、味を思い出して楽しんでないで、戻ってきてくれ」
「あ、すみません……。で、味の違いは今の情報ではこのくらいしか分からなくて……社長さんの時みたいに、情報を増やさないといけないと思うんです」
え、おい、まさか……。
「強盗犯の人とお話をさせて欲しいのですが……警察にお願いしても良いですか?」
***
「ほんとに良いのかよ、学校」
「基本、皆勤賞ですから。それに午後からはちゃんと行きますし」
金曜日の午前中、俺は杏奈と二人で赤羽駅に降り立った。
田島警部補と調整がつき、平日の日中に一般面会の形で強盗犯と話をする、ということになり、被告人が留置されている赤羽警察署に向かうことになった。
赤羽駅から少し歩いた大通りまで車で迎えに来てくれるらしい。
ただ、若干、気分が重い。
午後から学校に行く、ということで、そう、杏奈は制服姿である、6月に入り、今週から衣替えということで、半袖の白いシャツに青のリボンタイ、薄手のネイビーのベスト、グレーのスカート……と、ちゃんとした女子高生だ。相変わらず黒縁眼鏡が良い仕事をしていて地味さを醸し出しているものの、髪型も、今日は低めのツインテールというか、普通のおさげで、若々しい。大変よくない。
平日の午前中に、社会人が女子高生と歩いている様子は、それはもう異様である。しかも赤羽駅前の飲み屋が多い方面。端的に言って、いかがわしい。
「橋本さん、ちょっと早くないですか、歩くの?」
「……いいから、少し距離とって着いてきて」
「な、何でですかー! もう! 待ってくださいよ!」
いやいや、こんないかつい場所で、女子高生を連れまわしてる大人だと疑われたくないのだ。
赤羽駅前は、平日の午前中から営業している飲み屋が少なからずある。以前先輩に連れて来られたことがあるが、何なら早朝からお酒が飲める。お酒だけじゃなくて、入ったことはないが、朝営業のいわゆるキャバクラまであったりして……そういう場所なので、そこで杏奈と二人で歩いていると、若干、というか、だいぶ、というか、何かダメな気がする。
警察に行く前に警察に捕まったら洒落になんないじゃないか……。
「あー、もう眼鏡曇る……橋本さん、待ってくださいってば」
眼鏡を外した杏奈の方を、客引き風の男二人が振り向いた。
いかん。
俺はスタスタと杏奈に近づき、眼鏡をセットすると、杏奈の腕を引いた。
「えっと……橋本……さん?」
客引き風の男は、舌打ちをしてコンビニ裏の路地の方に歩いていった。
「もう一体何なんですか……あの……」
「いや、この辺は結構大人の街だから。杏奈は顔見られない方がいいぞ、さっさとこのゾーン抜けようぜ」
「あ……えーと……私のこと、守ってくれてる感じですか?」
「そういうこと」
手首を掴んで歩き出すと、するりと抜ける感触があった。入れ替わりで、俺の指を柔らかい感触が包む。
「……じゃ、手首だと痛いので、指に……してください」
「……」
いや、あのな……。
これじゃ、普通に手繋いでるだけじゃねーか!
「ち、ちょっと待て、こんなとこ誰かに……」
「おや、橋本さん、早かったです……ね?」
右手のコンビニから体格の良いスーツ姿の男性が姿を現す。
警視庁捜査二課の田島警部補だ。
……。
コンビニのビニール袋を持ったまま、田島警部補の視線が、一瞬で、俺の顔、杏奈の顔、繋がれた手の上を動いたのが分かった。
「……ああ、この辺は、物騒な輩も多いですからね。いえ、飲むには楽しい街なんですけど。日頃から保安意識は大切ですよ。ええと、三河さんは、高校2年生でしたっけ? いろいろまだ、成人前の難しいお年頃ですし、今日は本当にすみません。学校もお休みしてもらってしまって」
俺はひょいと杏奈に掴まれた右手を外して、シャツを整えた。
「良い街ですよね。ほんと、飲んでて楽しいし」
「そうですね、何事もルールを守るのが大切です。その上で楽しむことが大事ですね。お酒も、お酒以外も」
田島警部補が笑った。
背中をだらだらと冷や汗が伝っていた。
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