2 開店準備のために地味な外見をなんとかしてみた(1)
あれ、料理食べずに進行してしまった……次の次くらいでは美味しい料理を書きたいです。。。
橋本が料理を作ることは決まった。
週3日、そこで相当に繁盛させないと、立ち行かない。
「三河」は橋本の様なコアなファンは居たが……目立たないし、一見入っていいのか躊躇する店構えのせいで、特に夜は空いていた。
それも、この休業続きで離れていってしまった可能性が高い。女将さんの料理は、確かに美味いし、食べる人が食べればその丁寧さは読み解ける。
だが、安心感が強すぎるのだ。棘がない。
ふと、あそこに行きたいと渇望させるような、そんな棘が。
橋本にとっては、その引っ掛かりのなさが、疲れた体にたまらなく合っていたが、たくさんの客を、繰り返し惹きつけるには、棘が、エッジが、刺激が、ほんの少し足りなかった。
平日ランチ営業の650円定食が一番需要があったんじゃないだろうか。
だが、日中は当面営業できそうにないし……。
杏奈は、SNSのフォロワー数を見て溜息をついた。13になっていたが、1増えたのは、怪しげな商品販売のアカウントらしかった。
「お客さん、来てくれるようなアイディア、ですか……」
薄汚れた割烹着で、肩を落とす。
そして、娘がこの格好と外見じゃあなぁ……見栄え……ギャップ……看板娘。
看板娘かぁ。
長い前髪と眼鏡、マスク……。
「やっぱり、マスクは付けてたいのか?」
「あ、これですか? うーん、私、そばかすあるじゃないですか。 ちょっと恥ずかしくて……」
「え? そうだっけ? 見せてみ」
「え……えー……」
しぶしぶ、といった様子で杏奈はマスクを外した。
「ああ、言われれば、頬のあたりか、うっすらと」
「そうですか? 結構目立ちません?」
「いや、若々しくていいだろ。表情見えた方がお客さんも良いと思うからさ」
「……橋本さんがそういうなら……」
おお、素直じゃないか。
この勢いなら、前髪と眼鏡も何とかなるんじゃないか?
「眼鏡は、やっぱりこだわりがあるの? その縁の太くて度がきつい……」
顔が歪んで見える、まではひどすぎるので言わないでおいた。
「私、近視が物凄いんです……これ特注品で……」
「コンタクトは?」
「……あれ、目に……目に入れるんですよね??」
「ちなみに俺も入れてるぞ、ソフトコンタクト」
「えっ……痛くないですか?」
「最初慣れるまではちょっと……」
「……じゃあ嫌です……」
「ちゃんと、お客さんとアイコンタクトすると、通ってくれるようになると思うんだが」
恐らく、この揺さぶりで……。
「え、本当ですか? ……橋本さんがそう言うなら……」
ちょろい。大丈夫か、この子。
女将さんに大事に育てられたんだろうな……。
「でも、眼鏡外すと、本当に遠くのものがぼやけちゃって……」
杏奈は眼鏡を外して、橋本の方を見た。
「もうこの距離で、橋本さんの顔、ぜんっぜん分かんないですよ」
え?
前髪の隙間から見える瞳は、綺麗な二重で、丸くて大きい。
いや、大きくなった?
吸い込まれそうな、少し薄い灰色がかった光を放っていた。
「ちょっと待て、おかしいだろ、その目、どうなってんだ?」
「あ、この眼鏡、度がほんっとうに強いので、かけてると目が小さく見えるんですよ」
橋本は、自分が落ち着かない気分になっているのに気づいていた。
さっきまでは、薄汚い割烹着に身を包んだ、何なら不審者と言っても過言ではないような、マスクで眼鏡を曇らせた、ポンコツ料理音痴だったはずが。
土曜日の午後、店の窓から差し込む光の中ではにかむ杏奈は、ぼさぼさの胸下まであるロングヘアが、今となっては美しくすら見える。
いや、これ、普通に美人だぞ。
そんなこと、あるのか?
いままで覆い隠されていた瞳も口元も頬のそばかすも。
こいつ、自分の顔、もしかして……
「自分の顔、ちゃんと見たことあるか?」
「ば、馬鹿にしないでください! どういう意味ですか! そんなに変ですか! め、眼鏡……」
「質問が悪かった、鏡はちゃんと見えるのか?」
「あー、鏡ですか。 実は…うち、洗面台がやけに大きくて、鏡と距離があるんですよ。 あんまり良く見えなくて。 あ、でも眼鏡かければ見えますから、自分の顔は良く分かってますよ。 だからそばかす嫌なんですよ」
見えてねぇ。
これは、一度ちゃんと自分を見た方がいい。
それも、とびきり振れ幅を持たせて。
「……ちょっと、時間あるか? 女将さんに俺と出かける許可をもらってくれ」
「え? 何ですか?」
「びょーいんとびよういんに行くぞ」
「びょ、病院&病院ですか? そんなに治すとこありませんよ、ひどいです」
「うん、病院と美容院な。病院は眼科。まずコンタクト入れよう」
読んでいただいてありがとうございます!!
もしよろしければ評価・ブクマ、感想等いただけたらとっても嬉しいです!
次の話は、杏奈がメイド服着ます、多分。
その次の話は、ちゃんと橋本が料理するはずです、多分。