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18 肉じゃがの記憶(11)/あの日/話の続き

(前回から) 藤川家の話はこれで解決編となります!

       

 カウンターに藤川家の三兄妹が並んだ。長男をを中心に、右に次男、左に末っ子の長女。

 

 「あの日、暴れたのは俺だったんだな」

 次男の藤川浩二が、ああ、と言って静かに頷いた。

 

 「まず、あの朝、お袋はあそこにいなかった。お袋は体調を崩して、緊急入院してた。俺が病院に付き添った時、お袋の部屋の本棚に、遺言状があるから、三人で読むように。そう言われて、俺が二人に電話して呼び寄せた」 

 「そんで、前日におふくろが作ってくれてた、この肉じゃがを温めて食べながら、家の相続の話を始めた。そして、お袋が俺達に用意した生前遺言状には、あの家の西側半分を浩二、東側半分を香苗に、それぞれ相続することが書いてあった。土地登記の分筆も済んでると。そうだったよな」

 そうよ、間違いないわ、と、藤川香苗が相づちを打った。


 「俺は、あの家、大好きなんだよ。資産価値どうこうじゃないんだ。あの場所、あの空気、あの日差し。あそこでしか、感じられない全て。だから、俺は、あの遺言状を見て、早とちりして、カッとなってしまった。怒鳴り声を上げて、こんなのは納得がいかないって。それで、部屋を出て階段を下りようとして」

 

 「俺が兄貴を引き留めようと、肩に手をかけた。それを兄貴が振り払おうとして……」

 「ほんと、死ななくてラッキーだったな。家の階段、高いからな」

 

 「兄さん、ごめんなさい……その……黙っていて……もう、いっそ、遺言状が行方不明になれば良いと思っていたの。兄さんとの仲は難しいままになるかも知れないけど……でも……」

 

 「いや、気を遣わせて悪かった。それでな、違うんだ。この話は、続きがあるんだ」

 

 「?」

 「え?」

 

 「封筒は、あの日の机の上にもう一通あっただろ。そして、そっちを開ける前に俺は席を立ってしまった。」

 

 浩二と香苗は顔を見合わせた。

 「二人は、今日この後予定は? 鎌倉の実家に行く時間はあるか?」

 

 ***

 

 「ほんとに、食べ物で記憶が戻るってこと、あるんですね」

 パフェの生クリームを口に運びながら杏奈が感慨深そうにつぶやく。

 「三河」から徒歩五分ほどのところにある老舗のカフェ「マール」は、日曜日の夕方、夕食の時間帯を目前にして、少し穏やかな客の入りだった。肉じゃが完成打ち上げ会として、杏奈はパフェとコーヒーのセット、橋本は、メニューの端っこにクラフトビール(おつまみ付き・一人2杯まで)を見つけ、コーヒーとビールで乾杯をした。 

 

 「あ、社長さんから……」

 杏奈は、スマホの画面を橋本にも見えるように差しだし、カフェの机の上で二人でのぞき込んだ。

 

 今回は本当にありがとう。

 今日は、弟妹と実家に泊まることになったので、申し訳ないがお礼は改めてうかがいます。

 さて、お二人には折角なのでお話しようと思うが、相続の話には続きがあります。

 私たちの実家には、屋敷の裏に広い庭があり、そこには美しい檸檬の木が植えられているのです。時折、お袋がその檸檬を料理に使っていましたが、まさか肉じゃがにも使っていたとは。

 私はその庭が大好きで、そう、まだ弟と妹が小さい頃、お袋とその庭でよく遊んでいたのです。何の気なしに、幼い私が言ったことです。

 「この家を継ぐなら、建物は浩二と香苗にあげる。僕はこの庭がいい」

 お袋はずっとそれを覚えていたんでしょう。

 

 「なんだ、結局3分割ってことか。」

 橋本はビールを一口飲んだ。

「なんで、弟さんも妹さんも、本当のこと言わなかったんですかね?」

 「信じてくれないかも知れないっていうのがあったんだろうけど、あとは気遣いかな?」

 「気遣い?」

 「自分達が相続を受けて、長男がはぶられたように見えてたんだろ? それで本人が暴れたっていうんじゃ、それこそ長男のメンツもあったもんじゃない。これ以上、傷つかないようにって、自分達があの日、押しかけたっていう誤解をそのままにしようとしたんじゃないかな」

 「な、なるほど……」

 「ふふん。まぁ、大人の世界だな」

 「またそうやって……」

 橋本はおつまみの生ハムをフォークで口に運んだ。

 「あ、まだ続きがありますよ」


 さて、今回のお礼、一体何をすれば良いのかと悩んでいたのです。お二人はお金ではさほど喜ばないようですし、何か力になれることはないか、と調べていたのですが

 実は「三河」のある一角は、都市再開発の話が持ち上がっていて、「三河」も計画区画に入ってしまいそうなのです。

 もし希望があれば、行政の方に働きかけて、区画をずらすことはできると思いますが、ご希望はいかがでしょう。

 もちろん、再開発区画に入ってしまえば、今の建物は取り壊しになりますが、新しいビルなどに移転することはできますし、金銭的なメリットもある。

 浩二が提案したような、より直接的なお礼でも良いと思っています。できる範囲で、これからもお二人のお力にはなりたいと思いますので、ご連絡お待ちしています。

  

 ……。


 二人は絶句して、スマホの画面からゆっくりと目を離し、視線を合わせた。

 「橋本さん……」

 「まさに、金じゃ買えないお礼だったな……ずらしてもらおうぜ、あの「三河」の建物は大事だろ?」

 橋本の申し出に杏奈は驚いたように目を見開いた。


 「いいんですか? お願いしたらきっと凄いお礼とか……」


 お礼?

 すごいお礼は、今もらったじゃないか。

 「三河」で料理を続けられるんだからさ。


 「そんなことより、店長代理、来週のメニューはどうします?」

 杏奈は、目を丸くして、それから満面の笑みを浮かべた。

 

 「もう……そういうところですよ」

 「? 何が?」

 「何でもありません。それじゃ、来週は……。あ、社長さん?」


 追伸

 私のような悩みを抱えている人は、他にもいて、私はその人たちとちょっとしたコミュニティを作っていました。立場上、信頼できる人としかつながってはいませんが、お二人に迷惑のかからない範囲で、「三河」のことを情報共有しようと思います。もし私の知り合いということで相談がいったら、聞いてあげてもらえないでしょうか。


 ***


 警視庁捜査一課強行班第二係の牧島洋子は、神田の喫茶店「マール」の窓から、杏奈と橋本の様子を眺めていた。

 「藤川さんのご推薦、ね……」

 若い子達だけど、この事件の捜査も手詰まりだ。

 賭けてみる価値はあるか。

 

 *** 


 橋本さんを見送った後、一人で店の玄関を閉める寂しさが、こんなに強くなったのは、いつからだったろう。

 一度、泊まってくれた日は、本当に嬉しかった。

 そんなこと、言えないけど。

 

 杏奈は、本棚の端っこに、隠すように収納してある雑誌を手に取った。

 

 橋本さん、私、少し嘘をついてるんだ。

 橋本さんのこと、全然知らないって。

読んでいただいてありがとうございます!

 次回からは、警察もからんで……??(SF作品の様にハードにしないように気を付けます……)


 杏奈も何やらちょっとした嘘をついているようです。という引きで続きます。

 次からまた新展開となりますが、もしよければ評価・ブクマ、感想等いただけたらとっても嬉しいです!

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