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11 肉じゃがの記憶(4)/誰かに見られてる?

(前回まで)社長の依頼を受けて、社長の記憶の鍵となる肉じゃがの素材探しを鎌倉でする二人ですが……何やら監視されているようです。

「お、美味しいですね……」

 沢山の人で賑わう鶴岡八幡宮を背に、橋本は杏奈を連れて若宮大路の左手の甘味処に並んだ。ほどなくして小上がりに案内されると、二人は抹茶とわらび餅のセットを注文した。


 「あんまり食べたことない?」

 「テレビで見て、味はイメージしてましたけど、やっぱり現地で実際に食べると、格別です……」


 杏奈は不意に眼鏡を外して、満面の笑みで抹茶を啜る。

 甘味処は最近改装したらしく、古い重厚な木材で作られた梁と新しい和風の壁紙の組み合わせがモダンな雰囲気だった。


 そこに、小洒落た格好で正座をして抹茶を啜る眼鏡外し杏奈は、昼前の光差し込み具合も合いまって、さながら雑誌のモデルと言っても遜色はなかった。

 にこにことした笑顔の杏奈を前に、橋本は周りの客の視線を背中に感じ、落ち着かなくなった。

 何となくだが、刺すような鋭い視線も含まれている気がする。

 

 「……眼鏡着けた方が、味が分かるんじゃないのか?」

 遠回しに、眼鏡を着けろというメッセージを送る。

 「え、だって抹茶飲むとき曇っちゃうじゃないですか。それと、実は口に入れるまでは眼鏡を着けてた方が良いんですが、口に入れた後は眼鏡外した方がいいんですよ。目からの情報が少ない方が、味に集中できるんです」

 ……なるほど、さらにこいつの味覚能力についての理解は深まった、が……。

 

 あれ、モデルさんかな? 撮影かなんかで来てる?

 何か、あの一緒の人、年上だし、マネージャーとかなんじゃない? カップル……じゃなさそう……。

 

 聞こえてるぞ、くそっ……。

 飲食店の喧噪でも、自分に関することはついつい耳に入ってくる。自分の料理の感想が気になるのと同様で、半ば橋本の職業病のようなものだった。

 

 「この後どうします? 私、実は鎌倉初めてなんです! 小町通りは行きたいし、あ、江ノ電も……」

 「……観光に来た訳じゃないぞ……」

 「はっ! そ、そうでした……」

 完全に、鎌倉に遊びに来た女子高生の顔になっていた杏奈は、眼鏡をかけて顔を引き締めた。

 

 やっぱモデルさんか芸能人だって、あの眼鏡変だもん。

 すごいね、一瞬でオーラ消えたわ……。


 確かに、この眼鏡、逆にどうなってるんだろうな……。杏奈の目の周りの魅力的な部分を、選択的に見事にマスキングする、素晴らしいアイテムだ。

 「そっちの方が落ち着くわ」

 橋本は思わず本音を漏らした。


 「とはいえ、とりあえず小町通りは行くよ、あと野菜の即売所と……江ノ島の魚市場かな」

 「ほんとですか!」

 結局、杏奈の行きたいところに行くのはしゃくだが……。まぁ、喜んでるから良いか。


 「杏奈はさ、食材とか料理、視覚情報からでも味がイメージできるのか?」

 「精度は落ちますけど、視覚だけでもなんとか……。やっぱり、匂いとか触覚とかあればどんどん精度は上がりますよ」

 「例の肉じゃがに使われていた食材かどうかってのも、実物を手に取れば分かったりする?」

 「あ、はい。実物を目の当たりにできれば……もちろん、試食とかできたらほぼ間違いなく分かると思います」


 さらっと、凄いこと言ってるけどな。

 料理の要素を分解して、区別して把握することができるってことだろ? どんな料理人も……いや大学や民間の研究所で官能研究してる人だって、そんなことは不可能だろう。科学的に、数値化して分析するようなことを、自分の5感でやってのけている。

 橋本は杏奈をじっと見つめた。

 本当に不思議なやつ。


 「え、何か付いてます? そんなに見ないでください、もう……」

 杏奈が眼鏡を外した。照れた様子で、頬がほんのり赤くなっている。


 「……何で眼鏡外すんだ……」

 おい、やめろ……。橋本は平静を装いつつ、とりあえず最後のわらび餅を口に放り込んだ。


 「視線が気になるからです。そんな間近でじっと見られたら恥ずかしいです」

 口をとがらせて橋本を非難する様子もまた、店内の複数の客の視線を奪うほどの破壊力を備えていた。そして、その視線は杏奈と橋本に交互に注がれており、橋本は背中を冷たい汗が伝うのを感じていた。


 「……市場が閉まっちまう。出るぞ」

 「え、まだ最後の一個……」

 「ほれ、あーん」

 「え? あっ」


 橋本は、二股の竹串をわらび餅に刺すと、杏奈の口にわらび餅を差し入れた。

 杏奈は動揺しながらも、差し出された流れでわらび餅をぱくりと食べた。


 「じゃ、お会計してるから、外で待ってる」


 橋本はそそくさと靴を履くと、入り口の方へ逃げるように去っていった。

 口の中の、最後の一個のわらび餅が、ひどく特別な物に感じられ、杏奈は両手を頬に添えながら、惚けた顔で、身体いっぱいに広がる甘みを噛みしめていた。

 「もう……本当に、ずるいなぁ」


 ***


 ぞくり。

 会計を終えて、穏やかな空気が漂う若宮大路に出たところで、橋本は再び刺すような視線を感じた。

 辺りを見渡す。

 沢山の観光客。明るい、昼前の日差し。

 一体なんだ? 気持ち悪い。

読んでいただいてありがとうございます!

もしよければ評価・ブクマ、感想等いただけたらとっても嬉しいです!


もう少し鎌倉探訪が続きます、次回は江ノ電へ……

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