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向日葵

 佐代子は、車椅子で、病院の中庭まで出てきた。良雄は、一旦、車椅子を止めて、一番、日当たりのいい場所で、休むことにした。

 良雄自身は、座るところがなかったので、佐代子のとなりで、緑の芝生の上に直接、座り込んだ。天気のいい午後であった。

「何か、飲むもの、いる?」

と、良雄が尋ねると、佐代子は、口を動かして、

「ううん、今はいらない」

と、答えた。

 もう、この都立病院に、佐代子が入院して、2か月になる。退院の見込みはなかった。もう、無理かもしれない。

 佐代子は、以前から、重症筋無力症を患っていた。時とともに、徐々に、全身の筋肉が衰えていく指定難病である。もう、佐代子は自力で歩けなくなっていた。車椅子の力を借りて動き、その背中を、恋人の良雄が押してあげていた。そもそも、佐代子は、親の顔をしらない孤児院の出身であった。もちろん、兄弟もなかった。それでも、若いうちから、懸命に働いて、アパートに住み、生計を立てていた。そのバイト先で、出会ったのが、同僚の良雄であった。

 ふたりには、読書という共通の趣味があったため、本の話題には事欠かなかった。良雄もまた、裕福な暮らしではなかった。佐代子と同じように、アパートに住み、働いて、インスタントラーメンをすすっているような毎日であった。

 ふたりは、しばしば、行きつけの喫茶店で、しきりに文学論を論じ合い、時間が立つのも忘れた。そして、時に、討論し、時に合意した。そして、その後で、ファミレスで、ちょっとした夕食をともにした。そして、逢瀬を重ねるにつれて、いつしか、肌を重ね合うような深い関係にまで発展した。

 やがて、佐代子が、最近、疲れやすくなった、身体を動かすのが、億劫だと言い出した。最初は、またなおるだろうと思っていたが、なかなか回復しない。それで、近くの医院の医者に、ふたりで診てもらった。そこで、佐代子は、自分が、重症筋無力症という指定難病であることを知った。ショックであった。まさか、自分が、という思いがあった。それで、その医師が、紹介状を書いて、都内の病院に入院することを勧めた。

 佐代子には、いつも、良雄が付き添っていた。そして、入院して、最初のうちは、歩いていた佐代子も、いつしか、車椅子に乗らねばならぬほどに、病状が、進行した。

 しかし、良雄は、そんな佐代子を懸命に元気づけた。手足の力はかなり抜けて、とても自分では歩けない。車椅子を押して、毎日のように病院へ通い、佐代子の介抱を良雄がしてやった。そんな良雄を、佐代子は感謝していた。一人で、病院の机に飾った良雄の写真に頭を下げて、涙したこともあった。しかし、そんなことは、苦にならないようで、良雄は、毎日のように、差し入れを持って、明るく病院に通ってきた。

 その日は、良雄が帰った後で、夜になって、一人で頑張って車椅子を押し、佐代子は、病棟の屋上まで出た。星の綺麗な夜だった。佐代子は、黒い闇に浮かぶキラキラとした星たちを眺めながら、様々な思いに耽った。

 良雄との想い出、将来への不安、関係者の皆への思い等々。

 考えているうちに、佐代子は、少し眠くなってきた。屋上も、少し肌寒い。それで、佐代子は、真っ暗な屋上から、明るい病棟の中へと、姿を消していった。

 次に、良雄が病院に来ると、佐代子は、突然に庭の花壇の花が見たいと言い出した。それで、良雄は、笑って、車椅子を押してやり、庭先に出た。そんなに咲いてはいなかったが、かわいい花たちが、咲き誇っていた。飽きもせずに、長い間、佐代子は、じっと花を見つめていた。何かを思っていたのかも知れないが、良雄には、分からなかった。そして、しばらくすると、もういいわ、と言って、部屋へ戻っていくのであった。

 それから、しばらくして、佐代子は、もうベッドに寝たきりになってしまった。車椅子も無理になってしまっていた。

 佐代子は、ベッドに寝ながら、ぼんやりとしていた。そんな佐代子を見て、そばの椅子に座った良雄が、退院したら、ふたりでどこかへ旅行に出掛けようと言い出した。そんなの、無理よ、と言いながらも、佐代子は、内心で嬉しかった。喜んでいた。そう答える佐代子に、良雄は、両手でリンゴを持って、皮をむいてあげていた。やがて、口にリンゴを頬張りながら、佐代子が言った。

「旅行なら、城崎に行きたいわ。景色も綺麗だし、温泉街よ。前から行ってみたかったの」

「じゃあ、そうしようよ、きっと楽しい思い出になるよ」

 それから数日して、突然に、佐代子が、寝たきりのままで、息が苦しいと言い出した。良雄が、慌てて医者を呼びに行った。

 駆けつけた医師が、様態を診て、注射を一本打った。何でも、筋弛緩剤というものの一種らしい。それで、何とか病状は収まったようだ。

 ある日、横になった佐代子が、話し難くなった唇で、急に、部屋へ、ヒマワリの花の切り花を持ってきて、と言い出した。見ていたいというのだ。

「あたし、昔から、ヒマワリの花が一番、好きよ。いつでも、太陽を向いて、明るさを忘れない。あたしも、あんな花になりたいわ」

 次の日、良雄が、小さなヒマワリの切り花を持ってやって来ると、病室の机の窓辺に、水をいれた花瓶に挿して、飾った。

 佐代子は、じっと、その切り花を見つめていた。じっと、じっと、見つめていた。良雄は、何だか話しづらくなって、部屋を出ていってしまった。

 その数日後、佐代子は他界した。あまりにも、急な死であった。

 それから、すべての段取りを良雄が、請け負って、佐代子の寂しい葬儀を終えて、遺骨を墓に納めると、良雄は、自分のアパートにひとりで戻った。

 部屋に帰ってみると、窓辺に置いた百合の花が枯れかけていた。それで彼は、その花を台所に捨てると、庭先から、咲きかけたヒマワリの小さな花を切って、切り花にすると、飾ってみた。ヒマワリの切り花って、あまり持たないんだろうなと、思いながら、ぼんやりと、良雄は、佐代子が、病院でヒマワリの花に言った言葉を思い出しているのであった.................。

 

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