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「こんなところに本当に来てよかったんでしょうか」
「あたし達は皇室直々に招かれたんだよ、もっと堂々としていても問題ないね」
おばあさんはそう言って私に笑いかけた。
ここは帝国の一番大きなお城であり、今日の夜に、第二皇子の婚約発表が行われる場所でもある。
城下町では、第二皇子の命の恩人のご令嬢との、運命の恋の話で持ちきりになっていた。皆そういうロマンスが好きなのだ。
私も、関係のない状態だったら同じように面白がっていたに違いないし、お祝いだってしていただろう。
でもそうじゃない事を、関係者だから知っているわけだ。
お城に入る際にはちょっと問題が起きかけたんだけれども、おばあさんがかなり強気に出ていた事もあって、お城に入ってからはもめ事みたいな物は起きていない。
まさか招かれた側なのに、それを疑われて犬猫のように追い払われかけるなんて思ってもみなかった。
見た目はおばあさんも私も、庶民っていう感じの見た目だったから、関係のないお城に入りたがる面倒くさい二人組に思われたのかもしれなかった。
婚約披露の宴は夕方から始まる。
それは日中の間、女性達が時間をたっぷりとかけて自分を磨き上げるからだ。
お風呂に入ったり美容品を使ったり、お化粧をしたりドレスを選び直したり、とにかく女性は表に出るときにやる事が、いっぱいありすぎるくらいなのだ。
そのため、女性の準備が整うのを待つために、日中に宴を開催しない事が一般的なのだ。
私はたくさんの見目麗しい女性達が、ドレス自慢をしたり宝石自慢をしたり、とにかく自分の自慢をする世界を、おばあさんの脇で眺めていた。
軽食も用意されていて、おばあさんは人目を気にした風もなくそれらを、丁寧な手つきで食べているから、私もそれに習ってちょっとつまんで、そして。
「皇室は間違いを犯したら、それを正さなければならない。間違いを正す事のできないなど、あってはならないのだ。そして今日、真実が明らかになった事そして、秘宝が皇室に戻ってきた事を祝い、そしてとある方への謝罪をしよう。……百年前の宮廷魔女、ゼルデンどの、こちらへ」
「はいはい」
おばあさんは皇帝から呼びかけられて、私の手を借りるそぶりをして、皇帝の前に立った。
皇帝は玉座に腰掛けたままいう。
「あなたには盗人という汚名を着せてしまった事を、ここに謝罪する」
「ああそうかい、もう大昔の事だから、忘れちまったよそんなのは」
おばあさんは魔女の声で笑ってそれで済ませてしまった。
皇帝の方は、それだけで終わった事に少し驚いたのだろう。一瞬間が空いたのだけれども、気を取り直したようにこう言う。
「では、謝罪を受け取っていただけるのかな」
「受け取るも何も、それは五十年前に終わったはずの話さ、お互いにね」
おばあさんは全然気にしていない声で言って、それでこの話はあっさりと終わってしまった。これで皇室の問題の一つは片付いた事になるのだろう。
皇帝はここで立ち上がり、たくさんの貴族の前に、美しい箱に入れられた物を持ってこさせた。
「さて、今日は喜びの日でもある。この帝国から長年失われていた秘宝が、帝国に戻ってきた日なのだ」
これには貴族達も興奮したようにざわめき、そしてざわめきが一番大きくなった時に、皇帝が言った。
「いにしえの時代、賢女と謳われたエラ皇后が履いていた、ガラスの靴を皆にも見せよう!」
そこで箱にかぶせられた布が取り外されて、ガラスの靴が衆目の前に現れた。
私はあれを、暗がりでしか見ていなかったから、こうして明るい明かりの下で見ると、いかにそれが美しくてきれいで、精巧な飾りを持っているかよくわかった。
売り飛ばせば数年は遊んで暮らせそうな見事さだ。
貴族達も、大昔に失われた秘宝が目の前に現れた物だから、興奮気味にささやいている。
「あれがガラスの靴」
「選ばれた乙女が身につけると祝福されるという」
「そして乙女は皇子の妃となると言う……」
「なんて素晴らしいのだろう」
「この世にあるどんな靴も、あの靴には及びませんね」
そんな声がひとしきり聞こえた後に、皇帝が合図を送り、そこで第二皇子と、……マリエラさんが現れた。
どうやらマリエラさんが、私になりすました様子だ。
そこでそういえば、マリエラさんは婚約者になった次男さんと、すれ違いなのか価値観の違いなのかで、もめていた事を思い出した。
マリエラさんはきれいだった。きれいにしていて、着飾っていて、装飾品は第二皇子がたくさん贈ったのだろうか、きらびやか極まりないものを身につけて、顔を自慢で誇らしげに輝かせて、第二皇子に寄り添っていた。
「さて、ここで我が息子から、皆に伝えたい事がある」
皇帝はそう言ってまた玉座に戻り、第二皇子とマリエラさんが前に進み出る。
「皆のもの。こちらにいらっしゃる方は、私の命の恩人にして……」
第二皇子が朗々と響く声で貴族達に話しかけ、一拍おいて、周りを盛り上げるためにさらに大きく自信に満ちた声で告げた。
「私の花嫁になる、ガラスの靴の正当な持ち主、マリエラ・リデウス令嬢だ! この方なくして、私の命はなく、そして偉大なる我が国に秘宝ガラスの靴は戻ってこなかっただろう!!」
そこでマリエラさんがおしとやかなお嬢様のお辞儀を見せる。あれ相当に練習したんだろうな、と内心で思うほど、完璧に仕上げてきていた。
「どっちだい」
おばあさんが小さな声で言うから、私は答えた。
「長女の方」
「なるほどね、たしかどこぞの次男坊との婚約だったか」
「うん」
「次女の方は跡取りとの結婚が決まっていたから、なりすましができなかったんだろうよ」
おばあさんは辛辣にそう言って、しかしその場の貴族達は第二皇子が偽りを言う理由がないから、国を繁栄指せるであろう乙女に乾杯、と乾杯をしようとした。その時だった。
「ちがう! ガラスの靴の持ち主は、その人じゃないってガラスの靴が言っている!!」
子供の大声が響き渡り、その場は異様な静けさに包まれたのだった。
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その声の持ち主は、皇帝の脇の、皇帝の妻達が並んでいる場所に立っていた少年だった。
彼に私は見覚えがあった。
第三皇子だ。そう、女神の加護で、人間と言葉を交わせない物と対話できるという、あの子である。
あの子の力は、物にすら及ぶのか。
それもあり得そうだと思っていた時、周りの静かさというか、驚き方が普通じゃない事に、私はさすがに気が付いた。
「第三皇子はしゃべれないのではなかったか」
「声も出ない病だと」
「だがお話になられている」
「言葉もしっかりしている」
どういう事なのだろう。第三皇子は私に謝った時もしゃべっていたのに、貴族達は第三皇子がしゃべっている事実に驚きを隠せない様子だ。
ざわめく人々の中で、第三皇子がさらに大声で言う。
「お兄様! ガラスの靴の持ち主はその人じゃない!! 違うってガラスの靴が言っている! 本当の持ち主は、レイラさんだ!!」
ここで誰しもが、同じ事を思っただろう。
レイラって誰だ、と。
私も話の通じない状態だったら、同じようにそれって誰なのだろうと思ったに違いない。
しかし、第二皇子は弟の言葉を信じる気配がなかった。
あきれ果てたという顔をして、マリエラさんをかばうように肩を抱きながらいう。
「ジョエル! 兄の婚約発表の場をそんな言葉で邪魔するとは、お前の頭の中身がよくわかる! このマリエラ嬢こそ、ガラスの靴の正当な持ち主! そして帝国をさらに導く素晴らしい女性なのだ!」
「ちがうちがうちがう! お兄様、真実をちゃんと見て!」
「……お前達、ジョエルは疲れて寝ぼけているのだ。部屋に連れ戻せ」
そこで第二皇子が兵士達にそう命じたのだが。その時だ。
「第三皇子が正しいよ」
おばあさんが、目立ちまくる状態で第二皇子の目の前に近付き、そう大声で言ったのだ。
「第二皇子。第三皇子の言葉が真実だと、なぜわからない? 第三皇子の女神の加護は対話。人と言葉を交わせぬものと、言葉を交わす女神のお力だ」
「なっ……魔女殿、ジョエルの肩を持つのか」
「持つと言うよりもねえ……私は真実を知っているんだ。ねえ、マリエラお嬢さん」
おばあさんは魔女の独特の怪しさをにじませた口調で、マリエラさんを見る。
マリエラさんは震えながらも、強い声でこういった。
「何をおっしゃっているのかわかりませんわ、魔女様。私がガラスの靴の持ち主でございます」
「じゃあ、この子を見ても同じ顔ができるかね。……おいでレイラ」
ああ、ここで私も目立つ事になるのか。
そう思いつつ、私はおばあさんの隣に立った。
「第二皇子、ここで本物のガラスの靴の持ち主で、あんたの命の恩人しか知らない事を聞こうじゃないか」
おばあさんが誰にも聞こえる声で言う。
「レイラ、あんたはなんて名前の医者に、第二皇子を助けてもらったんだい?」
私が答える前に、おばあさんがマリエラさんを見て言う。
「マリエラお嬢さん、あんたも本物のの持ち主なら、なんて名前の医者が助けたのか、答えられるだろう?」
「そ、それは、王国の町一番の名医、ハズバンド先生です!」
「じゃあ、レイラ、あんたが連れて行った医者はなんて名前だ?」
「……下町のお医者様の、ジョルダン先生です」
私とマリエラさんの言葉が一致しないので、おばあさんは第二皇子を見やった。
「さて、第二皇子。誰にあんたは命を助けてもらったんだい?」
第二皇子の顔色は悪い。そして私を見て、マリエラさんを見て、小さく
「ジョルダンとその医者は名乗っていた……」
そう答えたのだった。
だがマリエラさんは諦めない。
「そのジョルダンという医者が、名医であるハズバンド先生に助けを求め、ハズバンド先生が助けた後にジョルダンの診療所を後にしたと、どうしてわからないのですか!」
周りは静まりかえっている。第二皇子は信じられないという顔でマリエラさんを見ていたし、私はこの状況がどうなるのか、と困り果てた状態だ。
そんな時。
「この話に決着がつくのは簡単だよ! 本物の持ち主なら、ガラスの靴を履けるんだから!!」
そう大声で言ったのは、やはり第三皇子だった。
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「確かにそうだろうな。ガラスの靴は正当な持ち主以外を拒むのだ」
そう、状況を誰もどうにもできない中で言い放ったのは皇帝だった。
皇帝が私達を見やって言う。
「この場ですべてはっきりさせようではないか。二人の女性のうち、ガラスの靴を履けた方が、正しい持ち主であろう」
「こんな事のために秘宝を使うのは間違いではありませんか!?」
第二皇子が言った物の、皇帝が言う。
「こんな事とは? 秘宝が選んだ正しい女性を見つけ出すのに、秘宝を使わない意味は何だ?」
「……」
皇帝には勝てないのだろう。第二皇子が黙り、そしてガラスの靴を履くために、椅子が素早く用意され、私とマリエラさんはそこに座った。
「では、本当の持ち主であると主張する……レイラ殿が先に履いて見せたまえ」
「はい」
私はそう言われたので、ガラスの靴を受け取って、ひょいと簡単に両足に履いて見せた。
そして靴を履いたまま、くるりと体を回転させた。
「履けているぞ……」
「本当に……?」
大勢の貴族達が見ている中で、そんな声がちらほらと聞こえている。
マリエラさんは真っ青な顔で私を見たが、私は靴を脱いで、靴を拭くために待っていた人に手渡す。
そして靴を拭いた後、マリエラさんが履く事になったのだが……
「靴が!」
「滑る!」
「足が入らないだと!!」
一体どういう作用が働いたのか靴は履こうとするマリエラさんの足を嫌がるように、つるつると滑って、どうやっても、三人がかりで履かせようとしても、マリエラさんの足に入らなかったのだった。
果ては滑りすぎて、片方のガラスの靴が高く宙を舞い……
「わあああ!!」
とっさに動いた私が、滑りながら受け止める事にまでなったのだった。
「さて、これですべてがはっきりしただろう」
大勢の前で、逃げられない状況で、決着がついてしまった。マリエラさんは真っ青な顔で震えていて、第二皇子を見ている。
「殿下、私こそが、殿下の運命の女性ですよね!! 私を愛してくださっているんですよね!!」
マリエラさんは必死の顔でそういうけれども、第二皇子の方は硬い顔をして彼女を見つめていた。
そんな中で、皇帝が言う。
「どう見ても、真実選ばれているのは、レイラ嬢であるだろう。この真実に対して、マリエラ嬢、何か申し開きがあるか?」
「……」
マリエラさんは私を見て、いいや、にらんで、もう隠せなくなった事から動転したのか、叫んだ。
「お前なんて、売り飛ばされたまま一生、奴隷のように娼館で虐げられていれば、こんな目に遭わなかったのに!!!」
この暴言に等しい言葉に、周囲が黙っているのも関係なしに、マリエラさんが言う。
「お前なんかが! 帝国の皇子から贈り物をされて! 見舞いの品物を用意されて! お前にそれは相応しくない、だから私がお前の代わりになれるとお母様がおっしゃったんだ!!」
「……皇子様から、お見舞いの品物が届いていたの……?」
「そうよ! 家の誰もが手が届かないほどの品物が、惨めな下働きのお前に!! そんな頭のおかしい、正しくないことなんてあってたまるものですか!」
だから、とマリエラさんが怒鳴った。
「だからお母様が、お前なんかが私達よりも恵まれている事など正しい事ではないから、家から追い出したのに!! わざわざ人買いに連絡して、連れて行かせたのに!! なんで私の幸せを邪魔するように現れたの!!」
そこでマリエラさんはわっと泣き出した。
「お前が優先される世界なんて、貴族世界ではあってはならない事なのよ!!」
そこで色々な事が合点した気がした。
家に戻った時に見た、たくさんの贈り物。
贈り物の配置を指示していた、顔色の悪くて顔のこわばった義母さん。
私を、だましてでも追い出そうとした事。
それらすべてが、私が皇子様と出会った事に起因していて……
あの時のあれやこれやが、すべてつながった気がした。
「マリエラ嬢」
第二皇子が固い声で言う。
「皇族を謀った罪は極めて重い。……兵士達、これを連れていけ」
「なんで、私は、間違った事なんて何もしてない! あなたの運命の相手は、私以外にあり得ない!!」
マリエラさんがそう叫び、しかし冷たい視線の兵士達に連れて行かれる。
そして引きずられていく間も叫び続けたマリエラさんがいなくなると、第二皇子は私の前にひざまずいた。
「私は、真実を見る目が曇っていた……真実私を、何の見返りもなく助けてくれたあなたこそ、私の真実の愛なのだ! どうか私と結婚を」
「本物かどうかも見抜けない方と、結婚するつもりはありません。それに殿下はマリエラさんを選んだのですから、最後までマリエラさんを見捨てないであげてください。それが正しい道でしょう」
ひざまずいて、何もなかったように私に求婚してくる第二皇子が気持ち悪くて、そう言って拒否すると、第二皇子は見る間に顔を真っ赤にして立ち上がり、そしてあろう事か剣を抜いてきたのだ。
「この私に恥をかかせようと言うのか!!」
そして、こんな場面なのに、私に斬りかかってきて……
「危ない!」
私は、走ってきた大柄な男の人にかばわれたのだった。
そして、かばった事で、その人が背中に剣を受けた時、あたりが目もくらむような光に包まれたのだった。