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03-05

03



「大変な賑わいですね! これが白百合姫のお祭りですか!!」


私はいかにも外の世界に行った事のない、世間知らずの小間使いのように、馬車から身を乗り出して、これから街門をくぐって入る、フィリエルさんの婚約者の領地が、もうすでに飾り付けられていて、とてもきれいだから歓声を上げた。


「レイラ、そんなに身を乗り出しても、すぐにはつかないわ。それにしても、白い旗がたくさん飾られていて、銀色の刺繍糸もきらきらして、本当に素敵よね」


「白百合姫のお祭りに、人生で一度でも憧れない女の人はいませんよ! フィリエルさんはここの領地の主にお呼ばれしているんですから、そんなさみしそうな顔をしなくたっていいじゃないですか」


「でもね、レイラ。私はどうしても、自分の身の上と彼の身の上の事を考えちゃうの。そりゃあ、私の血筋は立派な肩書きがあるけれど、私自身はそんなきらびやかな女の子じゃないし」


「でも、あの最大規模のお見合い大会である、初夏の三日続く舞踏会で、見初められて求婚されて、王子様にまで祝福された二人じゃないですか」


王子様直々に認めた間柄、と言うものがいかに格の高く箔のついたものか、知らないとは言わせない。私だって知っているくらいなのだから、貴族的な事をもっとたくさん学んだフィリエルさんが、知らないはずがないのだ。

でも、多額のお金があっても、領地というべきものをほとんど持っていない没落貴族だったフィリエルさんの立場だと、それくらいに悩むものなのかもしれなかった。


「そうね、王子殿下にも認められたくらいなのだもの、私があれこれ深く考え込みすぎても、意味がないわね」


フィリエルさんはそう言って笑った。それを見ていると、玉の輿とか言われているものも、過剰すぎると輿に乗ったお姫様にとっては、相当な負担になるのかもしれないな、とこの時私は初めて思ったのだった。

正直に言うと、私は家の事と生活の事と、その他雑用に毎日追いかけ回されていて、貴族の重圧とかそんなものは、まるで縁のない生活を送ってきているし、立場としても、義母さんの養子になった事はないので、たんなる夫の連れ子という肩書きだけなのだ。

貴族は養子縁組をして初めて、連れ子を自分の家族の一人として認める風習があるから、この時点で私は義母さんにとって家族の一員ではない。

まあそれで問題は起きていないし、事実として頼りになる相手の父親をなくした私は、義母さんの周りの事をして生きる以外に道はない。

ただ、フィリエルさんがこれから背負うものの重さは、今までのフィリエルさんの人生で一番の重いものなんだろうなと思うと、ちょっとだけ同情したくなった。

私なんかの同情なんて、フィリエルさんにとっては侮辱ものかもしれないけれども。


「それにしても、馬車の行列がちっとも進まないですね」


「それだけ、ここに来る貴族が多いのよ。ほらあの家紋はあの家で、あれはあの名門の一族の紋で」


さすがフィリエルさんは、貴族の家紋にも詳しい。義母さんの教育は間違いなく根付いているだろう。

私はそう思いつつ、そのまま行列がはけていくのを座って待つ事になった。

三十分ほど経過して、ちょっとずつ行列が進んでいく中での事だ。


「フィ-!! 愛しのフィー! 君が来るのを待っていたのに、君ときたら先触れを送ってくれないものだから!! こんなにも長い行列で待たせる事になって申し訳ない!!」


という大声が響いたと思うと、馬車の脇に華麗な白馬がかけてきて、中が見えていないのに話しかけてきたのだ。

そしてその声を聞いて、フィリエルさんが顔を輝かせて、恋する美人な女の子になって、はしゃいだ声を上げたのだ。


「まあ、ドリス!! ごめんなさい、少しだけ普通の旅行気分を味わいたくて」


「君の気持ちも尊重したいけれど、君を待ち焦がれてたまらない、僕の事も気遣ってほしいよ!! 今朝から君の先触れを待ち続けて、窓から望遠鏡で君の家の馬車が門を通らないか待ち続けて」


白馬のドリスさんは、そう言って、カーテンを開けた私には目もくれずに、フィリエルさんに笑いかけて、手を伸ばしてきた。


「君だって、この長い長い行列に待ちくたびれているだろう? 馬車と侍女は後から来るように指示を出して、君だけでも早く僕と一緒に街の中に入らないかい」


「素敵……でもそうしたら、レイラもとても待っているの」


愛し合っている素敵な婚約者が、それだけ自分の到着を待っていたという事実に、頬を染めるフィリエルさん。私としては、望遠鏡まで使うとか、子供みたいな待ち構えっぷりだなとちょっと思ったけれども、付き合いたてほやほやの恋人って、それくらいいちゃつくのが普通なのかもしれないので、すごい熱意だとしか思わない事にした。


「大丈夫ですよ、フィリエル様。私は馬車で、フィリエル様の滞在用のお荷物とともに、後々から滞在先のお屋敷に行き、フィリエル様のお帰りをお待ちしますから」


私は付け焼き刃の言い回しで、でも二人のお邪魔なんていたしませんって態度を見せて、笑顔で言って、視線だけでどうぞ楽しんできて、とフィリエルさんに合図を送った。

それが通じたのかどうかわからないけれども、フィリエルさんは微笑んで、馬車に止まるように指示を出して、外から馬車の扉を開けてもらい、自分は婚約者の広げる両腕に身を預けて、二人乗りも楽勝な立派な白馬に横乗りになったのだった。


「それじゃあ、レイラ、荷物をよろしくね」


「はい、フィリエル様。どうぞ楽しんできてくださいな」


「ええ!」


「そうだ、小間使いの君、警備に関しては安心してくれ、僕の護衛が何人も、一緒に行動してくれるからな」


「それは素敵です! ドリス様、本当にお心遣いに感謝いたします」


私はこれも付け焼き刃でお礼を言い、深く頭を下げて、使用人に見える調子で言って、事実護衛を引き連れた馬上の恋人達を見送って、また長い行列の順番を待つ事になったのだった。


04


街門を通る事ができたのは、それからさらに一時間以上経過してからで、私はすっかり疲れ果ててしまった。いつまでたっても動かない馬車の中に乗っているのは、かなり負担だったのだ。

そしてそれは馬にとっても機嫌の悪くなる事で、それは御者が待ちくたびれて機嫌が悪いからだ。

後で馬のご機嫌を直すおいしいものを、ドリス様のお屋敷で分けてもらえないか聞いてみようと思いながら、私は皆ゆっくりと進む大通りを、馬車の中から見ていた。

本当に素敵だ。街全体の建物も木造で彫刻や色彩が豊かで、そんな街を白い白百合姫の旗がたくさん揺れていて、これから夕方になるからか、明かりにどんどん火がともされていく。


「フィリエルさんも、これを見るんだ、それも一番にいい席に決まってる」


領主の奥様になる人が、一番きれいなものを見なくてどうする。きっと少し高台にあるあのお屋敷のバルコニーとかそういう、素敵なところから、純白に包まれて、明かりのきらめく素敵な街を一望するに違いない。

それがフィリエルさんにとっての最高の思い出になる事を祈って、私はうっとりしながらも、少し疲れたのでカーテンを閉めて、馬車の背もたれに身を預けて道を進んでいくのを待っていた。

ところが、不意に周辺がざわめいて、悲鳴も聞こえだしたので、あれ、と思って体勢を立て直して、カーテンを開けた。そして。


「嘘でしょう!?」


視界に広がる燃えさかる火炎をまとった建物に、思考回路が停止して、はっと我に返って、馬車から外に逃げだそうとした。

でも。


「あれ、あれ、あかない、開かない、どうして!? あ!!」


貴族のお嬢さんの乗る馬車というものは、内側から鍵が開けられない仕様になっている。

うっかり鍵が開き、中のお嬢さんが外に転がり落ちないようにするための安全対策だ。

と言うのも、お嬢さん達の流行のドレスの生地の多さで、過去に内側の鍵がうっかり開き、夜会前のお嬢さん達が転がり落ちて、庶民の笑いものになった事故があるのだ。

それでそのお嬢さん達は結婚が遠のいたから、貴族のお嬢さんの乗る馬車は、皆内側から鍵が開かない。

元々、お嬢様というものは外から御者に扉を開けてもらって、麗しく登場するのが常識だから、誰もほとんど困らなかったのだ。

今みたいな状況になるまでは!!


「あいて、あいて、あいてえええええ!!」


私は、おそらく御者がすでに馬ととともに逃げ出して……馬は貴重な財産だから……動きの止まった馬車のなかで、必死に扉を開けようとした。

窓から逃げればって? 窓の大きさは日よけの都合で小さいんだよ! 私通り抜けできない!!

私が中で悪戦苦闘しているのも、逃げ惑う人たちには気づかない事だったらしくて、誰も助けてくれない。外から開けるだけでいいのに!!

そして、私が死に物狂いでこの危機を脱しようとしている中で、ついに、燃えさかる脇の建物が崩れだして、馬車に家屋だった部分が降り注いできた。


「いやだああああああああ!!!」


私はその迫ってくる火炎と建材だったものから逃げ出す事もできずに、馬車に燃える建材がぶつかって馬車が倒れる衝撃で、意識を失ったのだった。




05


「……死んだと思ったんだけどな」


私は気づくと知らない天井を見つめていたので、ぼそりとそう言った。

あの焼けた建材の直撃である。馬車の中にいたけれども、きっと馬車だって燃え上がったに違いなく、どういう観点で見たって、自分の生存は絶望的としか思えなかった。

しかし今私は意識があるわけで、何でこんな事になっているんだろう。

意識を取り戻すと頭が痛んで、なんだか顔もとても痛い。そういえば片方の目が開かないような気もする。包帯で顔が覆われているのかもしれない。

そんな可能性を考えつつ、私は自分の体が動くかどうか確認した。

指を握ったり開いたりする感覚はあるのだから、手は動くんだろう、多分。

じゃあ足はどうだろうか。足を持ち上げてみようとすると、かなり痛かったけれども、かろうじて動く感じがした。最低限の動きはできるみたいである。

それってかなり幸運だ。あの事故というべきものに巻き込まれて、体が動く状態で生きているなんて相当な幸運だ。

もしかして、私って実は運が悪いわけじゃ……いや、運がよかったらそもそもこんな事故に巻き込まれないか……紙一重とかで助かってるか……やっぱり運が悪いのかもしれない。

そうやって思いつつ、目を開けてじっとしていると、扉が開くような音がして、女の人の靴音ではない、もっとしっかりした靴の音が近付いてきて、こっちを見下ろしてきた。


「……あ」


私は自分をのぞき込んでいる人に、見覚えは一切なかった。その人は厳つい顔をしていて、体もかなり大柄で、表情が乏しそうだった。

でも、私を見下すような視線ではなかったから、顔の怖いお医者さんだろうか、と思ったのだ。

私はもう一回瞬きをしてから、一生懸命に声を出した。


「あなた、だれ」


「!! 意識を取り戻したか」


この人は私が意識を取り戻したとは思わずに、様子を見に来たお医者さんなのかもしれなかった。

だから声をかけるととても驚いて、それから少しほっとしたような空気をにじませているのか。


「待っていろ、すぐに人を呼ぶ」


その人はそう言って私の寝ている場所の近くにあった呼び鈴を鳴らした。

するとあっという間に、いかにもお医者さんと言った風な人たちがやってきて、私にいくつかの事を聞いてきて、それからその男の人に言った。


「意識障害などはないご様子です。それにしても、目覚めてくださって本当によかった」


「ああ、俺もそう思う」


「では、症状に合わせた薬を調合してきますので、少しだけお待ちください」


お医者さんは間違いなく、私に向かってそう言った。でも私は知っている。個人専用に調合した薬は、馬鹿みたいに高額になるという現実を。だから、市販薬でいいと言おうとしたのに、いそいそとお医者さんは去って行き、私は男の人と残された。

男の人は私の寝台の脇にあるらしい、椅子に腰掛けて、低い声で聞いてきた。


「痛むところはないか」


「頭と足」


「苦しいところは」


「喉」


「そうか」


何が聞きたかったんだろうか。単純に症状が気になったんだろうか。

そう思いつつも、私は最初の疑問に答えてもらっていないので、聞いた。


「あなた、だれ」


「……俺か。俺はノイズだ」


「のいず」


「そうだ。お前を馬車から引っ張り出したのが俺だ」


「……そう、ありがとう」


どうやら命の恩人だったらしい。燃える建材がぶつかった馬車から、人を引っ張り出すなんて大変で命がけだっただろうに。すごい人だ。

もしかしたら、馬車の中にいたのがこの領地のお殿様である、ドリスさんの婚約者、フィリエルさんだと勘違いしたから、一生懸命に助けたんだろうか。

それだとしても、私の恩人になった事には変わりない。

そこまで考えて、私は疲れてきて、目を閉じた。

すると、あっという間に、意識が真っ暗になっていったのだった。

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