00〜02
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「それじゃあ、楽しんで行ってらっしゃい。私のかわいいお姫様」
私の魔法使いのおばあさんは、そういってにっこり笑って、私を見送ってくれた。
それだけでもう、心の底からうれしくて、私は笑顔で馬車の中から身を乗りだして、おばあさんに手を振って、これから初めて見る、真珠のお城と言われている国一番の美しい城に、心を躍らせていた、のに。
「大丈夫ですか!?」
……なんで私って、こういう時でも、運がないんだろう。
「ううう……」
馬車を運転している御者が、元々はトカゲだったからなのか。
「意識はありますか、しっかりしてください!」
そもそもの馬が、元はネズミで、御者のいう事を聞くつもりがなかったのか。
今の私にはわからない。でも、現実問題として。
「おばあさんの贈り物の馬車で、私、人を轢いちゃった……」
この一大難問に、立ち向かわなくてはいけなかった。
01
私の家庭は、ありふれたものだった。お母さんを早くに亡くした商人のお父さんだけが家族で、ほかに親戚縁者はいなかった。理由は知らない。お父さんは簡単に
「結婚の時に盛大に反対されて、二人で駆け落ちして、一生懸命に財をなしたからだろうな」
と、どんなに酔い潰れてもそう言っていたから、多分そのあたりは間違いじゃないのだ。
きっと反対された理由としては、お父さんが全然見た目のよくない人で、清潔感は商人の大事な武器だから、ものすごく身なりには気を遣っていたけれども、それで見た目の悪さをどうにかできる次元を超えていたからだろう。
お父さんは、はっきりいって醜いと言われがちな顔をしている人だった。
体つきも、結構おなかがでっぱっていて、そして背丈もそんなに高くなくて、ないないづくしの人だった。
でも商才にはあふれていたから、お父さんはお母さんに苦労をかけさせまいと、一代で大変な財をなしたのだ。
お母さんは、確かに苦労はかけさせられなかっただろう。でも、流行病には勝てなかった。
そのため私がまだ五歳の頃に、あっけなくこの世から旅立ってしまったのだ。
お父さんはものすごく嘆いていて、嘆いて嘆いて、風船がしぼんじゃったくらい嘆いていた。そんなお父さんに、商人の仲間が、後添えを紹介したのだ。
これが、義母さんとの出会いだった。
義母さんは、貧乏な貴族の女性で食べるものにも事欠くほど貧乏で、その貧乏故に両親をなくしていて、だから貴族の爵位と引き換えに、結婚相手を探している人だった。
爵位の売買は禁止された事だけれども、結婚相手に爵位を譲渡する事は珍しくない話だったから、これはありふれたお話だった。
お父さんは、紹介された艶っぽい美貌の義母さんに夢中になったというよりも、彼女が自分の娘と似たような年齢の二人の娘をもち、娘達のために結婚相手を探しているという事に、自分と似たようなものを感じて、再婚したのだ。
お父さんはお人好しの部分があって、娘一人だって育てるのに大変なのに、二人もいるなんて一人ではとても生活をまかなえないだろう、という思いがあったのだとか。
お父さんは、義母さんをとても丁寧に扱った。自分の見た目があれだから恋愛とか愛情とかは考えもしてなかっただろう。
でも、そういった考え方が、娘思いの義母さんにも伝わって、二人は娘達を幸せに育てるための同盟のような気持ちでいたと思う。
お父さんが、死んでしまうまでは。
死因ははっきりしている。飲んでいたお酒の原材料の中に、原材料のものとよく似た、でも毒性の強い植物の実が混ざっていたからおきた、集団食中毒の被害に遭ったからだ。
これはお父さん以外にも死人を何人も出した大事件で、そのお酒の醸造所はあっという間に信用をなくして潰れた。
そして、義母さんは三人の娘と、かなりの財産を残されて、また未亡人になったのだ。
それから、義母さんは私と、自分の娘の間に、明らかな区別をするようになっていった。
「あなたは貴族の血を引いていないから」
それが義母さんの口癖で、
「貴族の血を引いていないと、結婚相手にも不自由するから」
そういって家事を何でも覚えるように指示が出されて
「貴族の血を引いていないと、ろくな仕事も紹介してもらえないから」
そういって家事以外の、あらゆる雑事もするように言われるようになるのは早かった。
これには、家の使用人頭も最初は反論していた。彼女がお仕えしていたのはお父さんで、お父さんの娘は私一人だったのだから。
でも、義母さんは女主人権限で、使用人頭を即座にやめさせて、見せしめにした。
だから、使用人達は誰も、義母に逆らわなくなった。
そして、どんどん、義姉さん達が年頃になっていって、求めているものが多くなっていくにつれて、少しずつやめていき、とうとう残されているのはたった一人、私だけになっていた。そこに至るまでの間に、私はきれいなものを何一つ、持っていない状態になったのだ。
「きれいなものは、貴族の血を引く私の娘にふさわしいの」
義母さんはそう言って、お父さんの形見も、お母さんの形見も、私のために作ってもらったものも、ことあるごとに取り上げた。
きっと売りに出されていたんだろう。義母さんは、自分達の娘に、よりよい生活を、という事にとても執心しているから。
よい教育を施された娘は、さらに上位の相手を狙える。
というのは、義姉さん達の家庭教師の人達がいっていた事だ。
よい教育なんて施されていない私は、上位の相手どころか、下位の相手だって狙えないんだろうな。
私が抵抗する事もなく、義母さんの扱いを受け入れたのは、ほかに行く当てがどこにもなかったからだ。追い出されたら野垂れ死ぬしか道がないから、私は受け入れるしかなかった。
でも、本当は。
本当は、きれいなドレスだって着てみたかったし、きれいな髪飾りだってつけてみたいと思ったし、きれいな靴を履いて、ダンスを踊ってみたかった。
人生で一回だけでいいから、そんな思いをしてみたかった。たった一晩、お姫様みたいに扱ってもらいたかった。
そんなのかなわないって、現実としてわかっていたから、お城の舞踏会に、義母さんの血筋を経由して招待された時に、
「あなたはお留守番よ」
といわれても、大して傷つかなかったんだ。
そうだろうな、と納得してしまったのだ。
だからその夜、名付け親だという不思議な気配のおばあさんが、魔法の杖できれいなドレスや、きれいな髪飾りや、きれいなお化粧を与えてくれて、白馬の馬車をカボチャで作ってくれた時、すごくすごく、夢が叶ったみたいでうれしかったんだ。
お城に行けるなんて、夢みたい。……一晩の夢だけなら、義母さん達だって何も言わないに違いない。舞踏会は三日続くという話だったから、一晩だけ、知らない世界をのぞくだけ。
そんな思いで、私は期待に胸を弾ませて、馬車に乗ってお城を目指していたのに、目指していたのに。
お城まであと少し、大貴族の邸宅が軒を連ねる通りで、どんっ、という音がして、馬車の窓から身を乗り出してその正体を見たら、それが人だったから、馬車を止めるしかなかったのだ。
「止まって!!」
そう言って私は馬車を止めて、馬車の扉を蹴破る勢いで飛び出して、轢いてしまったらしい人に駆け寄った。
「大丈夫ですか、お怪我は!」
「……」
轢いてしまった人は大柄な人で、ぶつかった衝撃が大きかったのか、目を回している様子で、そして助け起こした私の、白い手袋に包まれた両手に、べたりと夜の闇の中でもわかるほど赤色がついたから、これは重傷だとすぐにわかった。
「……どうしよう」
私はもう、目前と言っていいくらいもうすぐのお城の方を向いた。ずっと憧れだった場所。一晩の夢が叶うかもしれない場所。そこはもうすぐで、でも。
人を轢いてしまった以上、私は夢を優先するわけにはいかなかった。
「あなた、ジョルダン医師の診療所って場所わかる?」
私は御者にそういった。御者はおろおろしていたけれども、はっきりとうなずいた。
「じゃあ、そっちに行くわ。せーの! あなた、今お医者様のところに運びますからね!」
私はそれでいいのか、と言いたそうな御者達の視線を受けながら、カボチャの馬車が轢いてしまった男の人を、力がないせいで半ば引きずる勢いで馬車の座席に乗せて、そう指示を出した。
馬車は私のいうままに、ジョルダン医師の診療所の方角に走り出していく。
「大丈夫、お医者様なら、あなたを助けてくれるから!」
意識を失っているのだろう男の人の手を握って、声をかけ続けて、あっという間にジョルダン医師の診療所に到着したから、私はすぐに馬車を飛び出して、呼び鈴を鳴らして、言った。
「急患です、開けてください!!」
「……なんでしょうか? どこかで大喧嘩した人たちが、刃物を持ち出しましたか? ……あれ、レイラ、今日はずいぶんめかし込んで……」
「人を轢いちゃったの、助けてください、ジョルダン先生!」
「君……運が悪いね……患者はどちらに?」
「こっちです!」
すぐに扉を開けて現れた、ボサボサ頭の腕は確かなジョルダン先生は、仕事の顔になって私にそういう。
だから私は、すぐに馬車の中に先生を案内して、それからは、先生の指示通りのものを用意して、その人の治療を見守ったのだった。
応急処置を済ませた先生は、その後私の手も借りて、診療所の寝台にその人を寝かせてくれて、こういった。
「レイラ、これで治療は終わったんだが、君は今お代になりそうなものを持っているかい」
「……えっと、えっと……そうだ!」
治療はただではないものだ、だからジョルダン先生の言う事は当然で、私は手持ちが何もないと焦って焦って、そうだ、と思いついて、靴を脱いで差し出した。
それは、魔法使いのおばあさんが
「靴だけは、魔法が解けても残るから、思い出にでもしてちょうだいね」
と言っていた事を思い出したからだ。
そして、ガラスでできあがった精巧な細工の靴は、売りに出したら相当な金額になりそうな逸品で、間違いなく、お代になるだろうものだった。
「これにします! ね、先生、これを売ればすごいお金が手に入りますよ!」
本当は惜しかった。でも、人を轢いてしまった私が一番悪いから、もう、嫌がる事はできなかった。
人の命は大事だと、お母さんが死んで、お父さんも死んで、思い知った事だったからだ。
「先生、これならいけるでしょ?」
「うん、たいしたものだ。これならお代になるよ、でも両方なんていいのかい、君の大事なものかもしれないが」
「いいの! 私の馬車が、人を轢いちゃったのが、そもそもの大問題なんだから。それに先生、それの片方は、轢いちゃった人に渡してください。……お詫びになるか、わからないけど」
私は長居のできない身の上だ。魔法が効力を失う時間になれば、私はぼろぼろの身なりの女の子に戻ってしまうし、自宅からジョルダン先生の診療所までは、割と遠いのだ。
その遠い距離を、裸足で歩き回る勇気は、私にはなかったのである。
先生にそう言った後、私は先生の診療所の時計を見て立ち上がった。
もう、舞踏会には靴がないからいけないので、戻る時間になってしまったのだ。
「先生、どうか、その人をよろしくお願いします」
私はそう言って、頭を下げて、そこから立ち去ったのであった。
「うえええん、私だって舞踏会で、キラキラした世界を見たかったよぉ……」
なんで人を轢いちゃったりなんて、不幸な事故を起こしてしまったんだろう。
私は馬車の中でひとしきり泣いて、泣いて泣いて、気持ちに折り合いをつけた。つけるしかなかったともいえる。
それゆえに私は、こう自分に言い聞かせた。
「素敵な馬車に乗って、素敵なお化粧をして、素敵な髪飾りをつけて、素敵なドレスを着て、素敵な靴を履いていたじゃない、レイラ、この一晩で、そういった夢は全部叶えてもらったのよ、だからそれ以上は贅沢だったのよ」
と。
02
私がそんな不思議で不運な体験をした後だって、世界は変わらず回っている。
でもいくつか変わった事もあって、二人いる義姉の一人、長女のマリエラさんが、結構いいところの次男といい感じになって、婚約者という事に収まりそうだった。
義母さんの家は、貧乏でも歴史は建国当初から続く、とんでもない名家だったと言う事を、私はそこで知った。
そして次女のフィリエルさんの方は、なんと舞踏会で一目惚れをしたと言う、貴族の跡取り坊ちゃんからその場で求婚され、舞踏会で王子様にすら祝福されたのだ。
貴族の跡取り坊ちゃんは、王子様の友人だったらしい。
こんな二人の娘の幸運に、義母さんはとても喜んでいて、だから私に対する目もちょっと甘くなっていた。今までは些細な事で怒鳴られていたけれども、その怒鳴る回数がちょっとだけ減ったのだ。
きっと娘達の将来の事が不安で、気が立っていたんだろう。何度も夫に死別されるという、過酷な環境にいたのが原因だ。
義母さんも機嫌がよくなって、二人の義姉さん達も幸せそうに暮らしていた、そんなある日の事だった。
「ねえレイラ。私の小間使いとして、小旅行に同行してくれない?」
「えっ、私は小間使いとしての教養なんて、何もないですよ」
次女のフィリエルさんの髪の毛を丁寧にとかして、結い上げるのを手伝っていた時に、いきなり彼女に言われて、私はとても驚いた。
私は雑用その他はある程度こなせるけれども、いいところのお嬢様の小間使いというのは、実はかなり格の高い使用人なのだ。お嬢様付き、奥様付き、というのは使用人の格としては、下働きの女の子達が夢を見て憧れるくらいの立ち位置なのだ。
場合によっては使用人頭と張り合う屋敷もあるくらいで、かなりの教養が必要とされている。
「私は、あれですよ、家事とかはやれますけど、小間使いって感じじゃないでしょう」
「でも、そうしないと、小旅行中に私の身の回りの世話をしてくれる人が、いなくなっちゃうじゃない」
「この事を、奥様は知ってるんですか」
「知っているわよ、レイラくらいの使用人だったら、これから雇えるってお母様はおっしゃってたわ」
「そうですか……」
どうやら、心に余裕のできた義母さんは、新しく使用人を募集する事を決めたらしい。
そういえば、お父さんの商会の売り上げも、ここのところ右肩登りでよくなっていると、商会の上の方の人がこっそり教えてくれた。
なんでも、お父さんがこつこつ計画していた品物とかが、ここやっと花開いて、かなりの売り上げの定番商品になりつつあるからだとか。
お父さんは、技術の進歩とかを長い目で見て、そういう今は無理でも少し時間がたてば可能なもの、と言うものを開発するのに長けていた人でもあった。
その人がいなくなってもなお、計画は続き、義母さんの心の余裕になるくらいの財になったんだろう。
「家の事が大丈夫なんでしたら、フィリエルさんについて行きますね。私がほかの地域を見に行けるのも、これが最初で最後かもしれませんから」
「レイラじゃそうよね」
フィリエルさんに悪意はない。ただ、単純に私と彼女の間には、貴族の血を引くかどうかの境界線が横たわっているだけなのだ。
そして、この家の財産は皆義母さんが握っているから、私が自由にできるものなど自分の体くらいしかなくて、という事も、よくわかっているからでもある。と思ったら。
「それは私も一緒ね、結婚したら、自由気ままにどこかに旅行に行くなんて事は、忙しくってできないんだから」
とフィリエルさんが笑いながら言ったので、確かにいいところの坊ちゃんに嫁ぐフィリエルさんもまた、自由な旅行など夢のまた夢になる前に、ちょっと遠くに行きたいんだろうな、と思ったわけだった。
「旅行の出発の日は何日後ですか?」
「三日後よ」
「そんな、急ですね!」
「仕方がないじゃない。ドリスの治めている領地で、白百合姫のお祭りをするから、来ないかってお誘いが来たんだもの」
「白百合姫のお祭りでは、仕方がありませんね」
聞いた出発日が急すぎて驚いたけれども、その理由がわかりやすかったので納得した。
白百合姫は、美貌の女神様の事である。処女の女性を守る神様であり、白く美しく気高く、優しい、皆に大人気の女神様だ。
その女神様が降臨したと言う伝説が残っているのが、フィリエルさんの夫になる、王子様のお友達の家の領地の一部なのだ。
このお祭りに、恋人を誘うと、一生悲劇的な結末にならない、と言う伝説もあるお祭りなので、とても多くの人が領地に押しかけそうだった。
「それだったら、旅行に必要なものを、これから選び抜かなくてはいけないですね」
「そうね、私も不慣れだから、一生懸命に考えなくちゃ」
私はそう言って、フィリエルさんと笑い合った。
そんな時だ。
「ああもう! 皆して!」
イライラした声をあげて現れたのは、マリエラさんだった。今日の彼女の予定としては、いいところの次男さんと、観劇をした後に、食事会で、と言う流れだったはず。
観劇にふさわしいドレスと、食事会にふさわしいドレスは違うから、いったん実家に戻って着替えるというのは自然な流れだ。
着替えのために、マリエラさんも家に戻ってきたのだろうけれども、なんだかとてもイライラしている。
どうしたんだろう。
「オースティン様がいくら格好いいからって! 婚約者の私をないがしろにしていいわけじゃない! オースティン様もそうよ! 断れないからって、たくさんの女性に囲まれて、いいわけないじゃない!!」
マリエラさんの婚約者のオースティンさんは、びっくりするイケメン騎士でもあるので、群がる女性が多くて、マリエラさんは気が気じゃないんだろう。
そして騎士道だか何かの考え方の違いで、マリエラさんの意見と対立しているのかもしれない。
「私を、愛しているんだって言ってくれたのに、こんな扱いはあんまりだわ」
そう、涙をこらえている姉に、フィリエルさんが立ち上がって慰める。
「お姉様は素晴らしい女性なんですよ。だからきっと何もかもがうまくいきますよ。それにオースティン様は、お姉様をないがしろにしたら、この後ろくでもない道しかないのですから、すぐに自分の間違いに気づきますって」
「フィリエルぅぅ」
抱き合う姉妹。私はそれを見た後に、彼女達にこう聞いた。
「お茶の時間にしますか?」
「ええ」




