4.フェアリー・テニス……④
ホーリーウェル魔導学院は、広大な敷地を誇っている。
かつては『ブルーヴァレー城』という王都を守る要塞として使われていたその建物は、幾世紀もの歴史を刻み、今は魔術を学ぶ若者達の学び舎となっていた。
高く聳える塔には見張り台の名残があり、厚い石壁には無数の魔法陣が刻まれている。城壁に沿って咲く藤の花が、古い石造りに優雅さを添えていた。
この学院の西側には広大な運動場が広がっている。
かつて練兵場として使われていたこの場所は、今では魔術練習と体術練習のための空間へと姿を変えていた。
魔法の力で常に手入れが行き届いた緑の芝生は、足元でクッションの上を歩くかのように柔らかく弾み、まるで芝生自体が動物なのかと思えるように活力に満ちている。踏みしめるたびに、かすかな草の香りが立ち上った。
その運動場の一角に『フェアリー・テニス』のコートが設けられていた。
『フェアリー・テニス』……それは、貴族社会で十六歳以上の女子が嗜む魔法競技だ。
基本のルールは通常のテニスと一緒だが、プレイヤーは自身の魔術を増幅するラケットを使用し、打つ度に、プレイヤーの魔術属性に合わせ、色を変化させる魔法のボールを打ち合う。ボールの軌道は魔力によって変化し、時には空中で曲がり、時には加速する。それを予測し、対応することが勝利への鍵となる。
また、フェアリー・テニスの会場は学院の中でも特別な魔法施設であり、空中に張り巡らされた青い魔法結界がコート全体を覆っていた。
この結界は試合中の魔法やボールが観客席に飛び出すのを防ぐだけでなく、試合の激しい魔法衝撃を吸収する役割も果たしている。結界の表面には魔法陣が浮かび上がり、選手達の属性に応じて刻々と変化していた。
時折、結界に衝突したボールが火花のような光を散らし、観客席を色鮮やかに照らしだす。
何よりコート自体もまた、魔法によって独特の変化を見せる。通常のテニスコートのように平坦な地面ではあったが、選手の魔法に応じてさまざまな形状を取る。
風の魔法が発動すれば、突如として空気の流れが渦巻き、火の魔法が使われればコートの一部が赤く発光し、灼熱の波動が生まれる。さらに、氷の魔法が使用されると、地面が瞬時に滑らかな氷床へと変化し、選手の動きを大きく制約する。その変化は一瞬で、選手たちは常に足元の状態を意識しながらプレイしなければならなかった。
それはまさに魔術師向けのテニスであり、各プレイヤーは魔術を限られた回数だけ使用でき、身体能力だけでなく、戦略的思考と魔術の創造的使用が求められる。
この競技は季節に関係なく行われるが、特に毎年春に開催される『精霊活動』を祝う院内トーナメントでは、それぞれの貴族家の名誉も掛かっているためか、特に参加する生徒が多かった。各家の旗が観客席の後方に掲げられ、春風に翻っている。
シェリルは今、このテニスコートの観客席に、Sクラスの生徒達とその従者や侍女達と共に腰を下ろしていた。
テニスコートの周囲を観客席が取り囲み、まるで小さな競技場のような雰囲気を醸し出している。木製のベンチには魔法でクッションが施され、長時間座っていても疲れにくい工夫がされていた。
完璧に整えられた芝生のコートは、鮮やかな緑色をしており、白線で区切られた領域が精密に描かれていた。通常のテニスコートと同じ長方形の形をしているが、その周囲には青く輝く魔法の結界が張られ、内部では魔術のエネルギーが満ち溢れていた。
春の陽光を浴びたコートは、宝石のように輝いている。芝の一本一本が運動場整備員達によって整えられ、完璧な長さと弾力を持っていた。
プレイヤーが走るとほんの少しだけ沈み込み、絶妙なグリップ力を発揮する。コートを囲む白いラインは魔法の粉で描かれ、打球やプレイヤーが境界を超えると光る仕組みになっていた。その光は一瞬だが、審判の判定を助ける重要な役割を果たしている。
「凄い……」
初めて目にする競技にシェリルは桜色の瞳を大きく見開いている。
春風が吹き抜ける観客席は、コートを囲むよう楕円形に配置されており、学院の生徒達は思い思いの場所に陣取っていた。そして、青く輝く結界に包まれたコートの中では、このトーナメントに参加している上級生達の華麗な試合が繰り広げられている。
中でもシェリルの目を引いたのは、菫色の髪を靡かせる生徒会副会長の『リネア・アレクシア・ヴァレンシュタイン』と、銀髪の生徒会書記『フーディエ・ユル・ハイパーソン』だ。
リネアのラケットから放たれる青い光の軌跡、フーディエの繊細な動きに合わせて輝くユニフォームの魔法の文様。次々の対戦相手を退ける二人には、半透明の魔法陣が美しく浮かび上がり、観客席からは歓声が湧き上がる。
リネアが放つボールは紫の光を帯びながら、まるで生き物のように曲線を描く。対戦相手が返そうとするが、ボールは空中で突然軌道を変え、予測不可能な場所に着地した。
「きゃー! リネア様、こっち向いてください!」
「フーディエ先輩! 今日もお美しい……!」
観客席からは声援を送る女子生徒達の黄色い声が響き渡る。
その声援を背にして、リネアは優雅にスコートの裾を揺らしながら、試合相手と向き合っていた。彼女の動きは一つ一つが計算され尽くしており、無駄がない。菫色の髪が風に舞うたび、その美しさに観客席から溜息が漏れる。
隣のコートでは、フーディエが別の生徒と試合を行い、銀髪をなびかせながら氷の如き冷静な眼差しでコートを見据えている。彼女のプレイスタイルはリネアとは対照的で、感情を表に出さず、淡々とボールを返していく。しかしその一球一球には、鋭い計算が込められていた。
二つの試合が同時に進行する中、コートの様相はめまぐるしく変化した。結界の中では風が渦巻き、地面が凍結し、時には浮遊する岩がコートを遮る。
リネアとフーディエは、これらの変化に一瞬で対応し、軽やかにボールを打ち返す。
リネアのラケットが紫の光を放ち、鋭いサーブが相手コートへと突き刺さる。一方、フーディエのラケットは青白い冷気を纏い、ボールの軌道を微細に変えながら相手を翻弄していた。氷の魔法でコートの一部を凍らせ、相手の動きを制限する戦術も見せる。
「何て対応力なの……?」
シェリルは初めて目にするフェアリー・テニスの試合に目を丸くしていた。
その目は、魔法の放つ色とりどりの輝きを追っている。
「リネア先輩の『精素の彩』は紫、水の属性が混ざっている……フーディエ先輩の『精素の彩』は白く、氷の力が加わってる……対戦相手は……あれは炎属性……」
その時、シェリルの耳に「フン!」という声が飛び込んできた。




