13.野心……②
端正な顔立ちをしているラファエルは、優雅な微笑みを絶やす事はない。逆に言えば、決して表情に出すことはない。
だがその眼は、まるで壊れた魔導人形を見るような冷淡さを湛えていた。
――全く……たかが『学院長』という肩書だけで、
あそこまで増長するとは笑止な
しかもこの為体だ
やはり、使い捨てるには最適だったのだろう……
ハーキュリーズはまだ気づかない。
自分が、もう舞台の主役ではないということに。
いくらかつての名声があろうと、もはやこの男には戦略眼も威厳も残っていない。そして、これほど浅い謀が王党派に通じると信じた時点で詰んでいた。
「子爵閣下」
ラファエルは、敢えて剥奪された称号を付けて静かに口を開いた。
「これはあくまで『失敗』です。『敗北』ではありません。この一件で王党派は手綱を固めざるを得なくなった。つまり、奴等はもう動けぬ。後は我等が突く番です」
その言葉に、男達は一斉にラファエルに視線を向けた。
「具体的には……?」
問いかけるガルマンドに、ラファエルは薄く微笑んだ。
「ご心配なく。我が父カーチス公は、既に次の一手を講じております。
そのために、まずは『マルムストローム公爵ジャウエット家』を我々に与させることが必要です」
「何……と……申された?」
ハーキュリーズが目を剥いた。
『マルムストローム公爵ジャウエット家』と言えば、ラファエルの属する『マックスウェル公爵ブルックヤード家』と並び称される、王国における二大公爵家――すなわち『王国の双璧』である。
だが、その言葉の奥に潜むのは、互いを認め合う盟友関係などではない。むしろそれは、数世紀にわたり拮抗し続けてきた、表向きの礼節と裏側の警戒が絶えず交差する緊張がもたらす均衡だった。
マーキュリー王国の歴史は、約1,800年前にまで遡る。
この国を創ったのは、『ノイルフェール神』……すなわち『天空神テリー』と『地母神ソフィー』という二柱の守護神……の導きに応えた、古の魔導士達だった。
彼等は世界を覆わんとする『邪神アニマ』の闇に立ち向かい、民を救い、理をもって国を築いた。
そして、その原初の魔導士達が共有していた信条こそが、『魔導士の矜持』である。
魔術は万人に与えられた力ではない。
全人口のうち、第1等級以上の魔術を正しく扱える者は、常に2%を下回っている。
だからこそ『魔導士』とは『選ばれし者』の事であり、王や貴族といった支配者階級は、力と責任を併せ持つ存在として、民衆の尊敬と信頼を得ていた。
王統とその守護たる貴族達は、常に神の理を忘れず、魔を退け、国を正しく導く存在である筈だった。
……かつては、そうであった。
だが、年月は理念を磨くよりも、摩耗させる。
気高き矜持はやがて忘れ去られ、理念は儀式の中に埋もれていった。
大衆は権力を求め、官僚は体制維持を口実に改革を恐れる者達を温存し、貴族達は既得権益にしがみついた。
そして王政そのものが、王統を維持することを最優先する惰性の機関と化したのだ。
その中で、『ブルックヤード家』と『ジャウエット家』は、いずれも王位継承権を有する家門として、王室典範に明記された血統を継いでいる。
王家に万が一の事態が生じた場合、両家のいずれかが王位を継ぐ。
それが歴代の王の許で脈々と受け継がれてきた国家の枠組みである。
だが、表向きの平等は、裏返せば骨肉の争いと同義だ。
『マックスウェル公爵ブルックヤード家』は、自らを『選ばれた貴族階級の精鋭』と定義し、民衆を教育し導くことで、国家の合理的発展を目指す『貴族派』の中心勢力である。
魔術こそがこの国の根幹であり、それを操れる者が指導するのは当然という、理と秩序を尊ぶ思想を貫いてきた。
一方の『マルムストローム公爵ジャウエット家』は、形式と伝統、そして王統への忠誠を最上とする『王党派』の盟主だ。
王の血を引く者こそが正統の支配者であり、神と契約を交わした王家に仕えることが臣下たる者の本懐であるという、信仰と血統による支配の維持を第一とする。
両家は共に国の礎を担いながらも、信ずる未来は真逆である。
だからこそ、互いを牽制し続ける。
その対立は、剣や軍ではなく、政略と外交、婚姻と情報によって繰り返されてきた。
微笑みの裏に刃を、忠誠の言葉に猜疑を、握手の中に毒を……それが王国の双璧として生きるということだった。
それ故、歴代のブルックヤード家の当主は、王の玉座を目前にしながら、それを求めるそぶりすら見せなかった。
だが、次代の当主……ラファエル・マックスウェルは違った。
彼は知っている。この国の王政が既に形骸化していることを。
そして、血と伝統によって王が選ばれるのではなく、知と力と、民の望みによって次代の支配者が現れるべき時代に来ていることを。
その時こそ、双璧の均衡は破られなければならないのだ。
王家に忠誠を誓うもう一つの柱……ジャウエット家……を、内側から崩すことによって。
「何、簡単な事ですよ。ジャウエット家当主、サイラス公のご息女クラリス嬢と、この我が婚約をする……それだけです」
冷ややかな笑みを浮かべ、ラファエルが応えると、室内の空気が一変した。
「バカな!?」
「ジャウエット家は、我等にとって不倶戴天の敵ではないか!」
「我等がかくの如き有様に成り果てたのも、あの者……サイラスめの所業故だ!」
男達はとうとう椅子を蹴って立ち上がった。
貴族としての矜持を著しく傷つけた二人の男。クランプ・アーレ・ハイパーソンとサイラス・ロバート・ジャウエット。
クランプが、彼等の所業の一つ一つ調べ上げ、サイラスが、国王と居並ぶ諸侯の前で彼等を弾劾したのだ。
サイラスやクランプにしてみれば逆恨みも良い所だが、彼等は決して自らの行為を不当とは思っていない。
「だからこそ、意味があるのです」
ラファエルの声が再び空気を支配した。
どこか氷のように透き通り、されど誰の心にも刺さる鋭さを帯びていた。
「かのジャウエット家は今、王党派の要です。しかし、クラリス嬢は未だ婚姻の約定を持たぬ。その美貌と名声……そして、何より将来の爵位を見据えた資質は申し分ない」
老いた男達の怒号を受け流すように、ラファエルは椅子の肘掛けに指を添え、宥めるように言葉を続けた。




