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5.寒村の少女……③

 髪を引っ張って地面に倒れたシェリルを子供達が囲んで蹴り付けている。その様子をエミリーは目の当たりにしていた。

 シェリルは怯えたように表情を歪め、頭を両腕で抑えて身を守るが、子供達は容赦なく彼女を蹴り付けた。

 子供ならでは純真さと残忍さで。


「こらっ! 何をしているの!?」

「何って? 決まってんだろ、魔女狩りだ!」

「やめなさいっ!!」


 大きい子達がよってたかって、幼い女の子に危害を加えるのを見過ごすことはできない。聖職者として、一人の大人として、そのような卑劣な真似をする行為を幾ら子供でも許す訳にはいかない。

 エミリーが血相を変えてその場に割り込もうと駆け寄った時、異変が起こった。


「……たすけ……て……!!」


 小さく呟いたシェリルの身体が白く輝くと、地面に魔術円(マジックサークル)が浮かび上がり、直後、突風が吹いて、彼女を囲んでいた子供達が一斉に5mほど吹き飛ばされた。


 吹き飛ばされ怪我をした子供の泣き声で、大人達が出てくると辺りは騒然となった。確かにジョアンが全ての原因だ。

 そしてシェリルが繰り出した魔術は、第一等級の風系統の魔術で、無意識的で出されたものだ。

 しかし、この出来事は、彼女の力の凄まじさを改めて示すと同時に、村人達の恐れをさらに増大させることとなった。


「そうか……私の留守中にそんな事が……」

「はい……さすがに村長も怒って、ジョアンと子供達に厳罰を下してましたが……」


 エミリーは、シェリルの孤独と村の不安が、今後どこに向かうのか懸念せずにはいられなかった。


「もはや私には、あの子に教える知識や魔術は何もない。それは判っている……判ったところでどうなるというのか……」


 ジェームスの言葉には、無力感と同時に、シェリルの力が今後どのように使われるのかという不安が滲んでいた。シェリルの能力は、使い方次第で世界を変える力を持っていた。それは祝福にも、呪いにもなり得るものだった。


 そんなウーラニアー村に、ある日、王都バーニシアから一人の青年がジェームスを訪ねてきた。


 青年の名はレイモンド・ドレッドノート。


 黄金級(ゴールドクラス)の冒険者で、上級魔術師(アークマジシャン)の称号を持つ男であり、この『ウーラニアー村』には司祭(プリースト)ジェームスに合うためにやって来た。


「大変ご無沙汰しております。ユーリアラス先生!」

「『先生』とは烏滸(おこ)がましい限り。貴殿は今や立派な上級魔術師(アークマジシャン)ではありませんか!?」


 レイモンドと握手を交わしながら、ジェームスは苦笑した。王都で立身出世している かつての教え子に『先生』と呼ばれる事に気恥しさすら感じてしまう。


「いえ、私に魔術の基礎を叩き込んで頂いたのは先生ですから、私にとっては何時まで経っても先生です」


 レイモンドはにこやかな笑顔を浮かべてジェームスに応える。しかし、彼の目には、好奇心と同時に妖しげな光が宿っていた。


 彼は感じ取っていた。村に足を踏み入れた瞬間、異様な魔力の気配を。

 それは、彼がこれまで経験したことのないほど強大で純粋なものだった。


「そうそう、ユーリアラス孤児院の子供達にお土産持って来たんです。王都で買った玩具なんですけど、そんな物渡したら先生に叱られちゃうかな……?」


 レイモンドが木製の玩具やボードゲーム等を取り出すと、子供達が一斉に歓声を上げ群がっていく。その様子を見て目を細める彼だったが、一人だけ子供達の輪から離れ遠巻きに見ている少女の姿に気が付いた。


――先程から感じる魔力……この子が?


 彼は、その源が幼い少女であることを悟った。


――これは……逸材かもしれない


 レイモンドは咄嗟にそう思った。

 確かに彼には別の目的もあった。

 彼はアルフォード大聖堂からの依頼を受け、辺境地に住まう魔術師(マジシャン)の適性を持っている子供を探しては、大聖堂に報告し、保護するという活動をここ何年も行っている。


 しかし彼がこのウーラニアー村を訪れたのは、恩師がいたからであり、挨拶と孤児院の子供達に差し入れをするという理由に過ぎず、それ以外には理由は何もなかった。

 この時の彼の行動が、後の歴史に多大な影響を与える事になるのだが。この時のレイモンドには知る由もなかった。


 治癒(ヒール)の魔術だけとはいえ、それでもこの世界では数少ない聖属性の魔術を使えたレイモンドは、この寒村では医者としてみなされ、村人の誰もが彼の存在に感謝するようになった。


「レイモンド様、本当にありがとうございます」

「いえいえ、具合が良くなって何よりです。どうか、お大事に」


 長年の膝の痛みに苦しんでいた老婆が、レイモンドの『治癒(ヒール)』の魔術を受けて快癒すると涙ながらに礼を述べる。レイモンドは微笑んで答えた。

 こうして村医者として迎えられたレイモンドだったが、教会の片隅で他の子供達と遊ぶ事もなく、一人で魔術書を広げている少女(シェリル)に彼は声を掛けた。


「魔術に興味があるのかい?」

「………………」


 レイモンドが問い掛けると、シェリルは彼を一瞥しただけで何も答えようとしない。とても人見知りする性格のようだ。

 レイモンドは困ったように笑うと、彼女の眼の前に立って、無詠唱で水球(ウォーターボール)を生成してみせた。


「僕は魔術師(マジシャン)なんだ。知りたいことがあるなら教えてあげるよ」

「……!?……」


 それがシェリルにとって初めての魔術の師との出会いだった。シェリルの瞳が初めて輝きを見せ、彼女の口から小さな声が漏れた。


「教えて……ください」


 レイモンドはシェリルの才能に気づいていた。彼女の魔力の質と量は、彼が今まで出会ったどの子供よりも優れていた。レイモンドは、シェリルが適切な指導を受ければ、我欲に満ちる世界を、良い方向に変える力を持つ可能性があると確信した。


「シェリル、君には素晴らしい才能がある。それを正しく使えるよう、私が指導しよう」


 こうして、シェリルの人生は大きく変わることとなった。レイモンドの指導の下、彼女の魔術の才能は急速に開花していった。同時に、レイモンドはシェリルに人との関わり方も教えていった。


「魔術は強大な力だ。でも、それを使う人の心がもっと大切なんだ」


 レイモンドの言葉に、シェリルは少しずつ心を開いていった。他の子供たちとも、おずおずとではあるが会話を交わすようになり、村人たちの彼女に対する見方も徐々に変わっていった。


 しかし、シェリルの運命は、まだ大きな転換点を迎えようとしていた。彼女の存在が、やがて王国全体を巻き込む大きな出来事の引き金となることを誰も予想していなかった。

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