11.聖なる都……⑥
夜が更けると、宿舎の周囲は静寂に包まれた。
しかし、マックスの心は騒ぎ、眠ることができなかった。彼は半身をベッドから起こし、窓の外に広がる暗い空を見上げる。
星々が瞬くその光景は、どこか冷たく、遠い。
「……眠れないの?」
振り返ると、寄り添って眠っていたナディアが、胸元をシーツで隠しながら半身を起こした。彼女の声は優しく、しかしどこか不安げだった。
「ああ。考えれば考えるほど、わからなくなる。俺達は一体、何の為にこの任務に挑むのか……その真意が見えない」
マックスは苦笑しながら応えた。その視線は再び星空に戻り、まるで答えを求めるようだった。
ナディアは肩にローブを羽織って彼の隣に立ち、同じように空を見上げた。
「一人で抱え込む必要はないわ。私達全員で考え、全員で乗り越えていく。それが、仲間というものじゃない?」
彼女の言葉に、マックスはわずかに目を細める。そして小さく頷いた。
「……ありがとう、ナディア。君がいてくれるおかげで、俺はこうして立っていられる」
その瞬間、遠くから微かな鐘の音が聞こえてきた。聖都の街の中心にある大聖堂から響いてくる夜警の鐘だ。
規則的に響くその音は、不安を抱える者達を包み込むように思え、マックスはベッドから起き上がった。
「少し歩いてくるよ」
「大丈夫? 一人で?」
ナディアは心配そうに眉を顰めたが、マックスは微笑みながら彼女の肩に手を置き、そして唇を重ねた。
「考えを整理したいだけだ……一回りしたら戻ってくる」
「うん……気を付けてね」
ナディアからキスをされると、彼は剣を手にして部屋を出て行った。宿舎の廊下はひんやりとしており、石造りの壁に掛けられた灯りが、淡い光を放っている。
彼が歩き始めると、どこからか誰かの話し声が聞こえてきた。それは小さな声で、注意深く耳を傾けなければ聞き取れない。
「……やはり、彼の地の事を連中に知らせるべきではなかったのだ」
「しかし、猊下の意向には逆らえない。勝手に我々が動けば、それこそ計画全体が破綻する可能性もある」
「……!?……」
マックスは足を止め、声のする方向を探った。
廊下の角を曲がると、二人の修道士が密談しているのが見えた。彼等はマックスに気付いてはいない様子だったが、その内容は明らかに不穏なものだった。
「全てが計画通りに進めばいいが……もし彼等が気づいたら?」
「その時は……仕方がない。我々は使命を遂行するのみだ」
マックスはそれ以上聞き取ることができなかった。
二人の修道士は、その場を去っていた。マックスは暫くその場に立ち尽くしていたが、やがて深く息を吐き、元の道を戻り始めた。
――やはり、何かが隠されている。真の目的は、一体何なのか……?
宿舎を出て街を漫ろ歩きながら、考えを纏める。
マックスに与えられた情報は、お粗末な程少ないが、それでも彼は一つずつ組み合わせていく。
その時、マックスを呼び止める声がした。
「ねえ、そこのお兄さん!」
美しい曲線を描いた脚部をスリットの深いスカートから出した妖艶な女性が微笑んでいる。深紅のドレスからははち切れそうな豊満な双丘が、一際存在感を放っている。
マックスは、その甘ったるい声に驚き一瞬立ち止まる。
「アタシ身体が火照っちゃって……ちょっと遊んでいかない?」
どうやら客待ちを生業とする女性のようだ。そしてこの辺りは娼館の立ち並ぶ花街だ。
聖なる都と言っても、これが人間族の背負った業だ。信仰でこれらの欲求を戒めたとしても、人が人として次代に繋ぐ種を残さない限り、国は滅びる。
とはいえ、これらを規制すれば、地下に潜り益々先鋭化、凶悪化する。衛生状態もさらに劣悪となり疫病の温床にもなる。『必要悪』という言葉が適切なのか、マックスには判らない。そもそも聖皇国はマックスには異国の地だ。
――こればかりは俺の手に余る……それに俺はナディアしか抱きたくない
宿舎で待つナディアの顔が脳裏に浮かんだ。彼女の真剣な眼差し、そして自分を信じてくれている微笑みが、マックスの胸に焼き付いている。
「すまないが遠慮する」
「なんだよ、つれないね」
「気分じゃないんだ。他を当たってくれ」
マックスは冷たく告げると、足早にその場を去った。背後から彼を罵倒する言葉が届くが、マックスは無視した。情を結ぶ相手はナディア一人で十分だ。他の相手と結ばれるつもりなど毛頭ない。
すると、奥の娼館が立ち並ぶ明るい灯りの前から、満足気な顔をしたコンラートとゲルハルトが肩を組んで出てきた。二人はマックスに気づくと、楽しそうに近寄ってきた。
「よぉ、マックス! お前も来たのか!?」
「お前もナディアだけじゃ物足りないってか?」
ゲルハルトが快活な笑みを浮かべ、コンラートが肩を叩く。
「いや、たまたま通りかかっただけだ。用はない」
にべもないマックスの返答に、二人は顔を見合わせ、そして憐みの表情を浮かべた。
「ったく、こういう楽しみを逃すなんて、つまらない奴だな」
「まぁ、ナディアだからな……怒らせたら命が幾つあっても足りないか」
二人の言葉をマックスは聞き流した。しかし、勇者パーティーのメンバーがこの場にいる理由は確認しておかなければならない。訊くだけ野暮かもしれないが……
「お前達こそ、こんな所で何をしてたんだ?」
「何を……って、決まってるだろ?」
ゲルハルトは当然のように応え、コンラートが得意げに胸を張る。
「情報収集だ」
「情報?」
マックスは眉を顰めた。
「おうよ。庁舎や聖堂とかお堅い場所では入手できない物。この国の実情を調べるのは花街が一番さ」
コンラートが至極当然とばかりに口を開く。彼の情報量の多さはこの辺りにあるのだろう。物理的や魔術の力だけが全てではないことをコンラートという存在は物語る。
「そこでだ……3年前、彼の地で大規模な魔力噴出があったらしい。それが原因で、周辺の魔素の状態が不安定になって、凶悪な魔物が蔓延っているって話だ」
「魔力噴出……」
マックスは、噛みしめるように呟いた。
「つまり、その影響は教皇も看過できない状態だという事なんだろうな?」
ゲルハルトが肩を竦める。
「俺達も指名依頼の一つだと思っていたが、どうやら深い事情があるみたいだ」
「よし、お前達も早く宿舎に戻れ。明日は冒険者組合に行くぞ」
マックスは短く言い、彼らに背を向け、宿舎に向けて歩き始めた。
この情報がどんな真実につながるのか、それを確かめるためにも、彼は次の一歩を踏み出す決意を固めた。




