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ノイルフェールの伝説~天空の聖女(セインテス)~  作者: 朝霧 巡
第3章 『勇者』と呼ばれた男

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11.聖なる都……⑥

 夜が更けると、宿舎の周囲は静寂に包まれた。

 しかし、マックスの心は騒ぎ、眠ることができなかった。彼は半身をベッドから起こし、窓の外に広がる暗い空を見上げる。

 星々が瞬くその光景は、どこか冷たく、遠い。


「……眠れないの?」


 振り返ると、寄り添って眠っていたナディアが、胸元をシーツで隠しながら半身を起こした。彼女の声は優しく、しかしどこか不安げだった。


「ああ。考えれば考えるほど、わからなくなる。俺達は一体、何の為にこの任務に挑むのか……その真意が見えない」


 マックスは苦笑しながら応えた。その視線は再び星空に戻り、まるで答えを求めるようだった。

 ナディアは肩にローブを羽織って彼の隣に立ち、同じように空を見上げた。


「一人で抱え込む必要はないわ。私達全員で考え、全員で乗り越えていく。それが、仲間というものじゃない?」


 彼女の言葉に、マックスはわずかに目を細める。そして小さく頷いた。


「……ありがとう、ナディア。君がいてくれるおかげで、俺はこうして立っていられる」


 その瞬間、遠くから微かな鐘の音が聞こえてきた。聖都(クローム)の街の中心にある大聖堂から響いてくる夜警の鐘だ。

 規則的に響くその音は、不安を抱える者達を包み込むように思え、マックスはベッドから起き上がった。


「少し歩いてくるよ」

「大丈夫? 一人で?」


 ナディアは心配そうに眉を顰(ひそ)めたが、マックスは微笑みながら彼女の肩に手を置き、そして唇を重ねた。


「考えを整理したいだけだ……一回りしたら戻ってくる」

「うん……気を付けてね」


 ナディアからキスをされると、彼は剣を手にして部屋を出て行った。宿舎の廊下はひんやりとしており、石造りの壁に掛けられた灯りが、淡い光を放っている。

 彼が歩き始めると、どこからか誰かの話し声が聞こえてきた。それは小さな声で、注意深く耳を傾けなければ聞き取れない。


「……やはり、彼の地の事を連中に知らせるべきではなかったのだ」

「しかし、猊下(げいか)の意向には逆らえない。勝手に我々が動けば、それこそ計画全体が破綻する可能性もある」

「……!?……」


 マックスは足を止め、声のする方向を探った。

 廊下の角を曲がると、二人の修道士が密談しているのが見えた。彼等はマックスに気付いてはいない様子だったが、その内容は明らかに不穏なものだった。


「全てが計画通りに進めばいいが……もし彼等が気づいたら?」

「その時は……仕方がない。我々は使命を遂行するのみだ」


 マックスはそれ以上聞き取ることができなかった。

 二人の修道士は、その場を去っていた。マックスは暫くその場に立ち尽くしていたが、やがて深く息を吐き、元の道を戻り始めた。


――やはり、何かが隠されている。真の目的は、一体何なのか……?


 宿舎を出て街を漫(そぞ)ろ歩きながら、考えを纏める。

 マックスに与えられた情報は、お粗末な程少ないが、それでも彼は一つずつ組み合わせていく。

 その時、マックスを呼び止める声がした。


「ねえ、そこのお兄さん!」


 美しい曲線を描いた脚部をスリットの深いスカートから出した妖艶な女性が微笑んでいる。深紅のドレスからははち切れそうな豊満な双丘が、一際存在感を放っている。

 マックスは、その甘ったるい声に驚き一瞬立ち止まる。


「アタシ身体が火照っちゃって……ちょっと遊んでいかない?」


 どうやら客待ちを生業(なりわい)とする女性のようだ。そしてこの辺りは娼館の立ち並ぶ花街だ。

 聖なる都と言っても、これが人間族(ヒューム)の背負った業だ。信仰でこれらの欲求を戒めたとしても、人が人として次代に繋ぐ種を残さない限り、国は滅びる。

 とはいえ、これらを規制すれば、地下に潜り益々先鋭化、凶悪化する。衛生状態もさらに劣悪となり疫病の温床にもなる。『必要悪』という言葉が適切なのか、マックスには判らない。そもそも聖皇国(ここ)はマックスには異国の地だ。


――こればかりは俺の手に余る……それに俺はナディアしか抱きたくない


 宿舎で待つナディアの顔が脳裏に浮かんだ。彼女の真剣な眼差し、そして自分を信じてくれている微笑みが、マックスの胸に焼き付いている。


「すまないが遠慮する」

「なんだよ、つれないね」

「気分じゃないんだ。他を当たってくれ」


 マックスは冷たく告げると、足早にその場を去った。背後から彼を罵倒する言葉が届くが、マックスは無視した。情を結ぶ相手はナディア一人で十分だ。他の相手と結ばれるつもりなど毛頭ない。


 すると、奥の娼館が立ち並ぶ明るい灯りの前から、満足気な顔をしたコンラートとゲルハルトが肩を組んで出てきた。二人はマックスに気づくと、楽しそうに近寄ってきた。


「よぉ、マックス! お前も来たのか!?」

「お前もナディアだけじゃ物足りないってか?」


 ゲルハルトが快活な笑みを浮かべ、コンラートが肩を叩く。


「いや、たまたま通りかかっただけだ。用はない」


 にべもないマックスの返答に、二人は顔を見合わせ、そして憐みの表情を浮かべた。


「ったく、こういう楽しみを逃すなんて、つまらない奴だな」

「まぁ、ナディアだからな……怒らせたら命が幾つあっても足りないか」


 二人の言葉をマックスは聞き流した。しかし、勇者パーティーのメンバーがこの場にいる理由は確認しておかなければならない。訊くだけ野暮(やぼ)かもしれないが……


「お前達こそ、こんな所で何をしてたんだ?」

「何を……って、決まってるだろ?」


 ゲルハルトは当然のように応え、コンラートが得意げに胸を張る。


「情報収集だ」

「情報?」


 マックスは眉を顰(ひそ)めた。


「おうよ。庁舎や聖堂とかお堅い場所(・・・・・)では入手できない物。この国の実情を調べるのは花街が一番さ」


 コンラートが至極当然とばかりに口を開く。彼の情報量の多さはこの辺りにあるのだろう。物理的や魔術の力だけが全てではないことをコンラートという存在は物語る。


「そこでだ……3年前、彼の地(・・・)で大規模な魔力噴出があったらしい。それが原因で、周辺の魔素の状態が不安定になって、凶悪な魔物が蔓延(はびこ)っているって話だ」

「魔力噴出……」


 マックスは、噛みしめるように呟いた。


「つまり、その影響は教皇も看過できない状態だという事なんだろうな?」


 ゲルハルトが肩を竦(すく)める。


「俺達も指名依頼(クエスト)の一つだと思っていたが、どうやら深い事情があるみたいだ」

「よし、お前達も早く宿舎に戻れ。明日は冒険者組合(ギルド)に行くぞ」


 マックスは短く言い、彼らに背を向け、宿舎に向けて歩き始めた。

 この情報がどんな真実につながるのか、それを確かめるためにも、彼は次の一歩を踏み出す決意を固めた。

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