5.聖女の入学……②
「あんな雑音気にしない。貴女はこれから大聖堂の人間として扱われるのだから」
シェリルに随伴するユーリアが、青白銀の鎧を煌めかせて彼女の肩を抱くと、周囲の空気がさらにざわめくのを感じた。
ヒソヒソと話し合う貴族の子女達の視線が、自分に向けられていることをシェリルは敏感に感じ取っていた。その中でも際立っていたのは、深紅のドレスを身に纏った少女だった。
一人の侍女を伴い佇む姿は、まさに貴族令嬢であり、手にした扇子を口元に翳して、付き従う侍女に話し掛けた。
「フロラ……あの娘は?」
「先日の報告にあった『特別生』かと……」
「ふうん、そうなのね」
堂々とした足取りで歩く聖騎士の青銀に煌めく鎧が、衆目を集めるだけに、地味な服装でその後に続くシェリルは、聖騎士に付き従う小間使いの従者のように見える。
少女は扇子を下ろして、シェリルを見つめた。
少女の名は『ステファニー・アリエス・ハンコック』……『スカーロイ辺境伯令嬢』だ。
マーキュリー王国の西方の地に広がるスカーロイ辺境伯領は、国境を接するジール王国に備える戦略上の要衝だ。それ故にその地の領主には、貴族の中でも最も王室に対する忠誠度が高く、かつ、統治能力の高い者が任命されている。
ステファニーの実家であるハンコック家は、学院長クランプのハイパーソン家とは異なり、魔術より武術に才があり、王国で名を馳せた魔術剣士の家柄である。質実剛健・質素倹約が家訓であり、貴族としての派手さは無い。
しかしそれが却って王室の信頼を勝ち得ており、スカーロイ辺境伯に任じられて以来、1000年もの間、代々の当主は忠実に国境を守り続けている。
そんなハンコック家を中央の貴族達が『粗野』『野蛮』『田舎者』と見下しているのを、ステファニーは否が応でも感じていた。東に隣接するエルスワース辺境伯と共に王国の双璧を為す立場にありながら、不当に蔑まれていると彼女は思っていた。
――見ていなさい! 今にぐうの音も出ない程、見返してあげるんだから!
ステファニーはステファニーで、自身の戦いを繰り広げている。
彼女は辺境伯令嬢でありながら、独自に商会を立ち上げていた。今は規模が小さく大商会からは見向きもされないが、他には無い品を集め、民衆からは注目を、富裕層や貴族達からは富を毟り取る。
それが彼女の戦いだ。
家柄や先祖の栄光に縋って生きている者への彼女なりの挑戦であり、勝算もある。
価値ある物には金額に糸目をつけない富裕層や貴族ならば、己が虚栄心から簡単に喰い付いてくるだろう。
この世は全て経済で回っている。
しかし、大商人のように生き馬の目を抜くようなやり方では、最終的に淘汰される。ステファニーはそんな道を選びたくなかった。貴族令嬢らしく優雅に華麗に振舞い、上質な商材を高い付加価値を付けて売る。それが国を富ませる事に繋がると信じ疑っていない。
そして、これが自分の天職なような気がしていた。
そんな彼女の前に突如姿を見せたのが、この少女だった。
『特別生』その単語を耳にしただけで虫唾が走る。
平民の分際で、財に物を言わせ、自らの立場を弁えることなく入学してきた特別な生徒。
『特別生』はそう言った富裕平民の政治的、経済的ゴリ押しでやって来る事が多い事をステファニーは知っている。
貴族に匹敵する財を持ちながら『貴族の矜持』を持たない彼等は、己が利益の為に事あるごとに政治に関与しようとする。
王都の貴族以上に鼻持ちならない裕福な平民……未だ弱小な商会で、買い手としても、売り手としても、貴族としても、彼ら相手に辛酸を嘗めさせられているステファニーには、余計に我慢ならない。
――これ見よがしにあんな清貧ぶったな格好をして……
何が『特別生』よ! 冗談じゃないわ!
その時、シェリルとステファニーの視線が交わり、ステファニーの目つきが一層険しいものになった。
ステファニーの険しい視線に気づいたシェリルは、驚きそして怯んだ。
「気を取られては駄目よ。貴女にはこの学院に入る資格は十分にあるのだから」
ユーリアが鋭くステファニーを一瞥すると、目が合った彼女は慌てて視線を逸らした。
「さぁ、胸を張りなさい。背筋を伸ばして! 用意した控室で着替えるわよ」
「……えっ?」
振り向いて笑顔を向けるユーリアに、シェリルは戸惑った。
「えっと……服はこのままじゃ……?」
「何言ってるの?」
ユーリアがシェリルの鼻先にズイッと人差し指を突き付ける。
「確かにノイルフェールの教えは清貧よ。でも、入学式を経て、正式にこの学院の生徒となった時、貴女は周りからは、アルフォード大聖堂の使徒として見られるわね」
「そんな……わたしは……」
「立場とはそんなものよ。貴女もそれを受け容れなさい」
シェリルは小さく頷き再び歩き出し、ユーリアと共に扉の奥へと姿を消した。
一方、聖騎士に睨まれたステファニーは、沸き立つ苛立ちを隠せずにいた。
「クッ……無様だわ……この私が気圧されるだなんて……」
「お嬢様、この公式の場で、あまり露骨な態度は好ましくありません……お控えを……」
彼女の侍女であるフロラが静かに主を窘めた。
「わかっているわよ……でも、あんな娘が『特別生』だなんて、癪だと思わない?」
「このフロラ、お嬢様のお気持ちは十分理解しております。されど聖騎士様に睨まれては後々面倒な事になりますので」
「そうね……気をつけるわ、フロラ……これからも私を支えて頂戴」
「もちろんでございます、お嬢様」
恭しく傅くフロラに、ステファニーの表情が漸く和らいだ。その直後、透き通るような高い声が彼女の耳に届いた。
「これはスカーロイ辺境伯令嬢! ごきげんよう!」
振り返れば、菫紫色のドレスに身を包んだ少女が一人の侍女を伴って歩み寄ってきた。
「まぁ『マルムストローム公爵令嬢』、ごきげんよう!」
ステファニーもまた、少女に気づき、両手でドレスの裾を軽く持ち上げ、恭しく膝折礼をしてみせた。
膝折礼は貴族の女性が行う挨拶で、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま挨拶をする。貴族令嬢ならば最初に覚えるべき儀礼の一つである。
伝統的には、使用人が主人に相対した時など、社会的ランクが下の者からランクが上である相手に対して行うものであったが、今の王国では貴族令嬢の社交的挨拶の際に一般的に行われている。
「これから9年間、スカーロイ辺境伯令嬢とは級友ですわね? どうぞよろしくお願い申しあげます」
少女もまたステファニー同様、膝折礼を行って穏やかに微笑んだ。
クラリス・リディア・ジャウエット……王室の双璧と呼ばれる『マルムストローム公爵家』の長女であり、清楚可憐を具体化したような金髪の縦巻きロールした髪が印象的な美少女だ。
「わざわざのお言葉ありがとうございます。私からもどうぞよしなに……」
ファーの付いた扇子を広げて口元を隠しながら、二人はお互いにホホホッと笑ってみせた。




