16.大聖堂の決断……③
瞑目するシルヴィの傍らでアイリスは、何か言いたげな素振りをしているが、これまでに再三窘められているため、これ以上言葉を発する事はなく押し黙っている。
やがて……
長い沈黙の後にシルヴィは口を開いた。
「ユーリア、其方の報告はとても重要なものだ。しかし、軽々しく判断はできない」
「しかし、主上様」
ユーリアが食い下がる。
「事は一刻を争います。再び魔力暴発する前に手を打たねば……」
「皆まで申すな……」
シルヴィが静かに言った。
「だからこそ、慎重に対応しなければならない。力というものは、使い方次第で祝福にも呪いにもなる……」
「されば、意見具申を仕ります」
「申してみよ」
彼は金春色の瞳を、挙手し発言を求めた聖騎士長であるミシェルに向けた。
「ホーリーウェル魔導学院に『特別生』として入学させてはいかがでしょうか?」
シルヴィは顎に手を当て、考え込んだ。
「なるほど。環境を整え、様子を見るということか?」
「御意にございます」
シルヴィは、ミシェルが提案した案に頷いた。
「賢明な判断だ。聖騎士ユーリア・ミュウ・ヴェシヒイシ」
「はっ!」
「ウーラニアー村に戻り、シェリル・ユーリアラスを保護、然る後ホーリーウェル魔導学院へ案内せよ」
シルヴィの声は静かだが、その言葉には重みがあった。
ユーリアは安堵と同時に緊張の色を浮かべた。大切な命を守るため、責任の重さを感じる。
「はい、主上様。最善を尽くします」
アイリスは不安そうな表情を浮かべている。シルヴィはアイリスを一瞥すると穏やかに声を掛けた。
「そんな顔をするな、アイリス。今は、まず少女の保護および教育が先決だ。真相究明は我等で……焦ること勿れ」
「御意……」
アイリスは不満そうに唇を噛むが、シルヴィの言葉に従うしかない。
一方、ミシェルは真剣な眼差しでシルヴィに話しかけた。
「では、早速少女の保護と魔力の抑制に取り掛かりましょう。私も全力で協力させていただきます。まずは『アストリア卿』を招集しましょう」
『アストリア卿』……すなわち王室中央情報局長官兼アルフォード大聖堂主席参事の『アストリア伯爵フェイ・ヴォルゴード・ハイパーソン』の事を指している。フェイは、かなりの高齢ではあるが、長く王城と大聖堂の連絡役を務めている。
そしてフェイが当主の『ハイパーソン家』は、王朝開闢以来、歴代の国王に仕え、宮廷筆頭魔術師として数多くの魔術師を従える立場にある。
フェイは高齢であり、宮廷筆頭魔術師の任こそ辞しているが、王室中央情報局という諜報活動専門の組織の長として、全ての国に対しての情報収集を行っている。
「うむ……フェイならびに嫡子のクランプにも出頭するように伝えよ。彼の者はホーリーウェル魔導学院の学長だ。話は通しておかねばなるまい」
シルヴィは頷いて、ユーリアとミシェルに矢継ぎ早に指示を出した。
「されば行け。余は、其方達の報告を待っている」
「「御意!」」
この事態への対処は容易ではない。それでも動かなければ、世界の均衡が崩れてしまう。緊迫した空気の中、二人は深々と頭を下げると、直ちに行動を開始した。
会議が終わり、部屋から出たユーリアは、大きく息を吐いた。
「団長……ホーリーウェル魔導学院の件、取り成し頂き、ありがとうございました」
「一時はどうなるかと思ったわよ……虎の尾を力いっぱい踏んづけるんだもの……本当に命知らずね?」
「緊張して……あの時はお手討ちになるのを覚悟しました」
アルフォード大聖堂の長い廊下を歩きながら、ユーリアが自身の首筋に手刀を軽く当てると、ミシェルはクスッと笑った。
「主様に感謝なさい。しかし、これで何度目なの? 懲りないわね貴女も」
「だってアイリス様ですよ。我等風精族にとって、風精神族は崇拝すべき尊き者です。緊張しない者は風精族ではありませんよ」
「いやいや、同じ風精族でも、マリオンは上手くやっているわよ。貴女は、アイリス様を怒らせる固有技能でも持っているのかしら?」
「何ですか、その得体の知れない技能は?」
ユーリアが釈然としない表情を浮かべると、ミシェルはポンと彼女の肩を叩いた。
「まぁ、それだけ貴女はアイリス様に気に入られているってことでしょうね。本当にどうでも良い存在なら、言葉さえ耳に届かないもの。アイリス様は……」
「そんなものですかねぇ?」
回廊に設えられた窓の外には、王都の街並みが広がっている。彼女の心には、これから始まる新たな任務への緊張と、シェリルの未来への希望が入り混じっていた。
◆◆◆◆
部屋に残されたアイリスの表情は複雑だった。
「本当に良かったの?」
アイリスが静かに尋ねた。普段の姫君のような尊大な口調は微塵もなく、縋るような眼差しをシルヴィに向け、シルヴィは窓の外を見つめたまま口を開いた。
「良かったのかどうか……俺にも判らない」
直後、賢者の顔が一気に歪み、声が震えた。
「俺達はどれだけの時間を費やして『科乃』を探し続けていた? 何のためこの世界を守り続けた?」
「父様……」
シルヴィは胸元に忍ばせていた銀色のペンダントを取り出し、手に取って視線を向けた。
「ユーリアはお前の眷属だ。ユフィーの話は決して嘘偽りではないよ」
「じゃあどうしてアタシ達の前に来てくれないの? 母様も、先生も? 二人とも酷いよ!」
アイリスの氷青色の瞳が涙で滲んでいく。そこに超然とした佇まいを見せる風精神族の姿は何処にも無く、幼い子供のようであった。
シルヴィは優しくアイリスの長い白金色の髪を撫でた。
「だから俺達で見極めなければ……他ならぬ俺達で……」
「じゃあ、先生に会いに行くの?」
シルヴィは首を左右に振った。
「まだだ。今はその時期じゃない」
ユーリアの報告では、ユーフェミアはすぐに消えてしまったと言う。きっと会話すらできないだろう。
「今はユーリアに託そう。俺達は5千年待ったのだ。数年加わった所で……」
シルヴィの決然とした言葉に、アイリスは静かに頷いた。




