15.大聖堂の決断……②
「結論から申しあげます。『魔女』と呼ばれる存在は確かに存在しておりました。ドレッドノート卿の報告書の内容に偽りや誤認はないものと思料します」
「それは確かなのね、ユーリア?」
聖騎士長のミシェル・カレイジャスが金色の髪を揺らして訊ねるとユーリアはゆっくりと、そしてきっぱりと「はい」と答えた。
「半径500mの爆発痕……『アイテール(魔素)』の異常対流現象……強力な魔術が行使された……と?」
レイモンドが提出した報告書のページを捲りながら、重ねて問い掛けるミシェルの碧石色の瞳を真っ直ぐ見つめ、ユーリアは再び「はい」と答えた。
「彼の村に住む少女……『魔女』と呼ばれているのは、『シェリル・ユーリアラス』という12歳の少女です。その者は、孤児として12年前の『光明祭』の夜にユーリアラス教会に捨て置かれたとの由」
「捨て置いた者の正体は……掴めているの?」
ユーリアは首を左右に振った。司祭ジェームス・ユーリアラスも足跡は確認できなかったと答えながら。
「まるで、天から降って来てみたいな言い方ね……本当なのかしら……?」
ミシェルは眉根を寄せ、ここで初めて視線を隣で沈黙を貫いている男に向けた。彼は何も語ろうとせず、ただ金春色の瞳を光らせている。彼女達の主人が何も話さないため、室内は重苦しい空気と緊張が立ち込めた。
「フン、埒もない話よの……」
高く澄んだ硬質な声が響いた。風精神族のアイリスが、端正な顔を顰め、苦々し気な表情を浮かべている。
「故に、その者は『特異点』である。其方はそう申すのか?」
「状況的な確証を集め推論した結果でありますれば……」
「矮小なる身でよくぞ申したものよ。随分と偉くなったものよのう?……ユーリア」
返答を遮ってアイリスはユーリアを睨みつけた。
風精神族のアイリスとの付き合いは、風精族ということもあり、とても長い。そしてアイリスは口調こそ尊大だが、自ら認めた配下の者を悪しざまに罵る事は一度も無かった。そんな彼女が、明らかに不快感を示して罵っている。
「滅相もございません。我は……」
「黙れ、慮外者! 増長した挙句、妾を愚弄するに及んだか!?」
アイリーンの雷喝にとうとうユーリアは震え上がった。
片膝を突いて跪き、深く頭を垂れ……そしてようやく気付いた。
風の大精霊のユーフェミアの言葉を。
『ユーリア。風精族である其方が生を受ける遥か昔から、あの二人は、彼女を探し続けておった』
それはまさに二人にとって『最重要』な話であった事を改めて気付かされる。
そしてそれがアイリスにとっては『地雷』であり『逆鱗』であることも。
椅子を蹴り飛ばさんばかりに勢いよく立ち上がったアイリスの怒りの声が部屋中に響き渡る中、ユーリアは頭を下げたまま震えていた。
このような恐怖を味わったのはいつ以来だろうか? そう思えるほど、アイリスの怒りは凄まじかった。
その時、静かな声が空気を切り裂いた。
「アイリス、そこまでだ。控えよ……」
硬質な響きを持つバリトンボイスがアイリスの長い耳に届き、彼女の耳先が僅かに震えた。
それまで沈黙を保っていた賢者シルヴィが金春色の瞳を静かにアイリスに向けていた。
「さりながら主上様!」
「二度は言わぬ」
「はっ!」
立ち上がり、激しく激高していたアイリスは、シルヴィの視線を真正面から受け、不承不承腰を下ろした。憤懣やる方ないのは明らかではあったが、それでも命令に従い口を閉ざした。
「ユーリア、面を上げよ」
賢者が穏やかに声を掛けた。
その声には、見た目の年齢を超えた威厳が感じられる。促され恐る恐る顔を上げたユーリアの前には、端正な顔立ちをした青年がいる。
肌の色は雪の精霊のように白く、空を模したかのような蒼銀の髪と金春色の瞳が特徴的な青年。
それが『シルヴェスター・アール・シェフィールド』……賢者シルヴィだった。
『アニマ』の信徒であるフィルツブルク聖皇国の軍勢に村を焼かれ、身一つで荒れ野を彷徨っていた自分を保護し、聖騎士として育て上げたのは、他ならぬシルヴィであり、アイリスだ。
あれからどれだけの時間が経ったことだろう。
風精族であるユーリアは幼い子供から、美しい妙齢の女性になっていたが、シルヴィもまた当時と全く同じ顔立ちをしたままだ。
「信を置く其方の言だ。無碍に退けるつもりはない……しかし、余も俄かには首肯しかねる。申している意味、其方も理解しているのであろう?」
大きな執務机に両肘を付き、シルヴィは静かに語り掛けた。
「はい主上様……されば、我とドレッドノート卿は彼の地で、極めて畏き御方の言葉を賜りました」
「ほう……」
シルヴィの金春色の瞳が光った。
「『風の大精霊』のユーフェミア様でございます。大きく力を損ない、お言葉を賜ったのは僅かな時間ではございましたが……」
「何!? ユフィーだと?」
声を荒げたアイリスが再び立ち上がった。その手には細剣が握られており、白刃が鞘から抜き放たれていた。
「おのれ! 言うに事欠いて我が師までも、妄言に持ち出すか!?」
「アイリス」
シルヴィは手を挙げ、いきり立ったアイリスを制すると、我に返った彼女は、主人に咎められた飼い犬のように項垂れ剣を収めた。
「も、申し訳ございません……」
「続けよ……」
ユーリアは深く息を吐き、続けた。
「ユーフェミア様は、あの娘を『天空の聖女』と呼びました。さりながら、魔力を制御できておらぬ状態でありました。ドレッドノート卿もそれは確認しております」
「ユフィーがそう申したと……?」
「はい主上様。魔力消失による肉体の回帰……そして、すべての記憶を失っている……とも……」
「ふむ……」
シルヴィは腕組みをして瞑目した。




