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9.寒村の少女……⑦

 シェリルによる魔術暴走事故の話は瞬く間に村中に広まり、大きな衝撃を与えた。

 多くの村人達が消火の為に現場に駆けつけ、焼け野原と化した光景を目の当たりにした。


「あの子は本当に危険だ……」

「もしあれが村の中で起きていたら?」

「魔女だ……まさに魔女そのものだ!」

「だから俺は言ったんだ! あいつは魔女だって!」

「でも、シェリルちゃんは怪我しても治してくれるじゃない!」

「ジョアン! お前だって、彼女に大怪我を治してもらっただろう? 礼も言わずにさ!」

「そうよ! この恩知らずっ! あんた最っ低っ!」

「何だとっ? 俺はこの村の事を思って言ってんだ!」

「村の事? 自分のことでしょ!?」


 村人達の間で、恐れと不安の声が飛び交った。

 彼女の存在は、もはや村全体の脅威となりつつあった。

 ジョアンを筆頭にシェリルを『魔女』と呼ぶ者達と、シェリルに好意的なラルフェリアやアイドリアン達と言い争う声が耳に届き、シェリルは、いたたまれない気持ちになっていた。


「わたしの……所為(せい)なんだ……わたしがいるから……」


 教会の礼拝所に一人訪れ『ノイルフェール神』に祈りながら、シェリルの言葉が零れ落ちる。

 天空から守護し、押し寄せるあらゆる厄災を払い除ける『天空神テリー』は男神、天空から大地を見守り、地上(あまね)く命に慈愛を注ぐ『地母神ソフィー』は女神。

 この男女一対の神は、この地、このマーキュリー王国で信奉されている神だ。


「どうしてわたし……こんな変なイキモノ(・・・・・・)に生まれたんだろう……?」


 シェリルは『地母神ソフィー』の祭壇画に問い掛ける。

挿絵(By みてみん)

 長い髪は蒼く輝き、背中に大きな白い翼を持つ美しい女神。その視線は大地を慈しむように眺めている。


「わたし……ここに居ても……いいの?」


 シェリルはソフィーに問い掛ける。

 もちろん地母神(ソフィー)は何も応えない。シェリルの心は深く沈んでいった。


 養父であるジェームスは、祭壇の前で項垂れるシェリルに心が掻き毟られるような感情のうねりを覚えていた。

 この事態は、深刻な困惑を引き起こしている。

 我が子として育てたシェリルを信じたいという気持ちと、彼女の存在が村の平和を脅かすのではないかという懸念が(せめぎ)ぎ合い、彼の心を苦しめた。


 ある夜、ジェームスは祭壇の前に(ひざまず)き、自らノイルフェール神に懺悔(ざんげ)をする程だった。


「神よ、私にお導きを……シェリルはあなた様から授かった特別な子です。しかし、彼女の力は制御不能なほどに……非才なる私には何をすべきか判りません」


 彼の祈りは、深い苦悩に満ちていた。

 一方、エミリーはシェリルを励まそうと努めていた。事件の翌日、彼女はシェリルの部屋を訪れた。


「シェリル、大丈夫?」


 エミリーが部屋に入ると、シェリルはベッドの上で膝を抱えて座っていた。彼女の目は赤く腫れており、一晩中泣いていたことが窺えた。


「エミリーお姉ちゃん……わたし、怖いよ。この力が……わたし自身が……」


 シェリルの声は震えていた。エミリーは優しく彼女を抱きしめた。


「大丈夫よ、シェリル。貴女は決して悪い子じゃない。ただ、その力の使い方をもっと学ぶ必要があるだけよ」

「……お姉ちゃん!」


 シェリルがエミリーに抱きつき、声を上げて泣き出した。そんなシェリルの背中をエミリーは優しく撫でて落ち着かせた。


「あなたは他の子より、ちょっとだけ繊細なだけ。シェリルが他の誰よりも優しい女の子だって事は私が良く知っているわ」


 エミリーの言葉は、シェリルの心に少しばかりの安らぎをもたらした。しかし、村全体の雰囲気は、日に日に緊張が高まっていった。

 村の長老会議では、シェリルの処遇について激しい議論が交わされた。


「あの子を村から追放すべきだ!」

「いや、それは酷すぎる。彼女はまだ子供だ」

「しかし、このまま村に置いておくのは危険すぎる」

「ノイルフェール神の思し召しを何と心得る? 神の御意志に仇為すつもりか!?」

「されど、このままでは『アニマ』の邪神に狙われる!」


 意見は二分され、容易に結論は出なかった。

 シェリル自身も、自分の未来について深く悩んでいた。彼女は村を去るべきか、それとも残るべきか。自分の力をどのように扱うべきか。答えの見えない問いに、彼女の心は揺れ動いていた。

 シェリルの力は、使い方次第で世界を変える可能性を秘めていた。それは祝福にも、呪いにもなり得るものだった。



                     ◆◆◆◆




 この出来事は、現場を目撃した旅商人の口から、何人かの伝聞を経て、ついにアルフォード大聖堂にも伝わることとなった。

 そして、その噂の真偽を確かめるべく、一人の聖騎士(パラディン)がアルフォード大聖堂から特使としてウーラニアー村へと遣わされる事になった。


『ユーリア・ミュウ・ヴェシヒイシ』……風精族(エルフ)の女性騎士だ。彼女は聖騎士長(キャプテンパラディン)(めい)を受け、飛竜(ワイバーン)を駆り、王都バーニシアを出発した。



 アルフォード大聖堂からの聖騎士(パラディン)の派遣の報せは、小さなウーラニアー村全体に新たな緊張をもたらした。

 レイモンドは改めて事態の深刻さを悟り、自らの行動に疑問を持ち始めていた。


――この子を守るために、この村から連れ出す必要があるのでは……?


 レイモンドの心の中で、シェリルを守るという思いが募っていた。しかし、実際に村から連れ出すことの難しさも痛感していた。

 その晩、遅くに彼はユーリアラス教会を訪れた。


「ジェームス先生、話があるのです」

「レイ? こんな遅くにどうしたのだ?」


 二人は小声で話し合った。レイモンドはシェリルの将来について自身の懸念を打ち明けた。


「このままでは彼女の未来が危ういのです……」

「わかっている。だが、私達に何ができると言うのだ?」


 応えながらジェームスは溜息を吐いた。

 レイモンドは自らシェリルを連れ、村を出る事を思い浮かべたが、口にはできなかった。

 アルフォード大聖堂の使者は、おそらく……いや、間違いなく聖騎士(パラディン)だ。逃げたとしても容易に発見するだろう。それでは危険(リスク)が大きすぎる……レイモンドは悟っていた。


「アルフォード大聖堂からの特使が来る前に、何か手を打たねば……」

「うむ……だが稚拙な行動だけは避けねばならない」


 二人の会話は深夜まで続いた。結論は出なかったが、シェリルを守るという点では一致していた。



 翌日、レイモンドは森でシェリルを見つけた。彼女は一人で花を摘んでいた。


「シェリル、元気か?」

「レイ先生……はい……」


 彼女の笑顔に、レイモンドの心は締め付けられた。この少女を守りたい。でも、今の自分には、何の手立ても思い浮かばない。


「何か心配事がある時は、いつでも俺に言ってくれ」

「はい……ありがとうございます……」


 レイモンドは優しく彼女の頭を撫でた。しかし、その手は少し震えていた。

 村には次第に緊張が高まっていった。アルフォード大聖堂からの使者が来る。それも聖騎士(パラディン)

 それだけで、住民達を不安にさせていく。再び村の各所で、村人達の言い争う声が聞こえる中、レイモンドは自室で頭を抱えていた。


 シェリルを守りたい。

 でも、村の安寧も守らねばならない。


 二つの思いが彼の中で激しくぶつかり合っていた。


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