12.激闘の果てに……③
ステファニーのラケットが、鋭い軌道を描いた。
赤い魔術円が三重に輝き、魔力を帯びた打球がシェリルのコートへ突き刺さる。蛍光イエローに染められた魔術球が複雑な回転を描き、着地と同時に予想外の方向へ跳ねた。
「きゃっ……!」
シェリルは懸命に追いかけたが、ラケットは空を切る。ボールはすでにコートの外へ転がっていた。
「ゲーム、ハンコック。1-0」
審判の声が響き渡る。
観客席からは、驚きと賞賛の声が入り混じった。まさかここまで一方的な展開になるとは、誰も予想していなかっただろう。
学院内で『聖女』と呼ばれているシェリルが、こうも簡単に押し込まれている。会場を埋め尽くす女子生徒たちのざわめきが、波のように広がっていった。
ステファニーは涼しい顔でコートの反対側へ戻りながら、優雅に長い髪を払った。額に汗一つない。呼吸すら乱れていない。まるで軽い準備運動をしているかのような余裕だった。クリムゾンレッドのラインが入ったウェアが、その優雅な動きに合わせて揺れる。
一方、シェリルは必死だった。金春色の魔術円を展開し、精霊衣『ルーミア』の力を借りて全身を強化している。
三重の光の環が腕に浮かび、魔力が全身を駆け巡っている。それでもステファニーの打球についていくのがやっとだった。ラケットを握る手には痛みが残り、肩が重く感じられる。
次のゲームも、ステファニーのサーブから始まった。
「では、参りますわ」
軽やかな声とともに、ステファニーがトスを上げる。そして振り下ろされたラケットから放たれたサーブは、まるで赤い流れ星のような軌跡を描いてシェリルのコートへ落ちた。
魔力が込められた打球が、空気を震わせながら迫ってくる。
シェリルは何とか返球したが、すでにステファニーはネット際に詰めている。その動きは素早く、まるで風のようだった。完璧なタイミングでのボレー。ボールはシェリルの足元に沈み、拾い上げることすらできなかった。
「15-0」
すでに一方的な状態になっていた。
ステファニーの魔力を込めた打球は、速度も威力も圧倒的で、シェリルはただ振り回されるばかりだった。
武門の娘として鍛え上げられた身体能力と、貴族の魔力。その両方を兼ね備えたステファニーは、まるで別次元の選手のように見えた。コートを支配し、完璧な配球でシェリルを翻弄していく。
「30-0」
「40-0」
「ゲーム、ハンコック。2-0」
スコアは着実にステファニーへと傾いていく。
シェリルは歯を食いしばり、必死に食らいつこうとしたが、その努力すら空回りしているように見えた。魔術を使い、身体を強化しても、ステファニーの打球は重く、速く、そして容赦がなかった。
観客席の女子生徒たちの反応も、ステファニーの圧倒的な実力に魅了されつつある。
「すごい……あれがスカーロイ辺境伯家の実力なのね」
「あの聖女様が、まるで歯が立たないわ」
「ステファニー様、本当にお強いのね……」
ざわめきが広がる中、試合は進んで行く。
シェリルは何度も立ち上がり、何度も打球を追いかけた。だが、その度にステファニーの完璧な配球に翻弄され、ポイントを奪われていく。
その現実が、シェリルの心を少しずつ削っていった。掌の痛みは増し、呼吸は次第に荒くなっていく。
「3-0」
「4-0」
「5-0」
圧倒的な点差が開いていく。
ステファニーは容赦なかった。一切の手加減もなく、実力を存分に発揮していた。その姿は美しくもあり、そして圧倒的だった。観客席からは、ますます感嘆の溜息が漏れる。
ようやくシェリルが一矢報いて1ゲームを取ったのは、第六ゲームだった。それも、ステファニーのミスが重なった結果であり、実力で勝ち取ったものとは言い難かった。それでも、シェリルは必死に食らいついていた。
「ゲーム、ユーリアラス。5-1」
わずかな光明かと思われたが、第七ゲームでステファニーは再び本領を発揮した。あらゆる技術を駆使して、鋭いクロスショット、読めないドロップショット、そして魔力を込めた強烈なスマッシュは変幻自在に動き回り、シェリルを追い詰めていく。
その技術の高さに、審判席の教師たちも目を見張っていた。
やがて次のラリーで、決定的な差が突きつけられた。
ステファニーの放った一球は、赤い魔力を帯びながらシェリルの眼前で鋭角に沈む。その予想外の軌道に、シェリルの反応が半拍遅れた。
「しまった!」
反応が半拍遅れたシェリルは、無理に追いすがろうとして足を滑らせた。
「……っ!」
ラケットが空を切り、ボールは無情にも背後を抜ける。
勢いのまま体勢を崩したシェリルは、立て直すことができず物理法則のままに倒れ込んだ。
「15-0」
青く光るコートに、細い指が食い込む。
肩で息をしながら俯くその姿は、誰の目にも劣勢なのは明確で、観客席が一様に息を呑んだ。会場全体が、シェリルの苦境を見守っている。中にはハンカチを握りしめる生徒もいた。
その様子を見下ろし、ステファニーはラケットを肩に担いだまま、余裕の笑みを浮かべた。
「……ふふ。どうなさいましたの、聖女様?」
勝者の余裕が、その声に滲んでいる。
あからさまな挑発に、ざわりと空気が揺れる。観客席から、小さなどよめきが起こった。
――違うのでしょう?
だが、ステファニーの胸中は、表情とは裏腹だった。
――貴女の実力は、この程度のものではない筈……そうではなくて?
今まで交わした数球で解った。反応の速さ、踏み込みの鋭さ、ほんの一瞬だけ垣間見た『動き』……それは、まだ眠っている何かの片鱗だった。
打ち合いを繰り返して、ステファニーは確信していた。
この少女は、まだ掴んでいないだけだ。本当の力を、まだ引き出せていないだけなのだ。
ステファニーは、わざと顎を上げ、冷たい視線を落とした。




