雲の切腹
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
みんなはどうして雲が白く見えるか、理由は知っているかな?
――うん、そうだ。光が乱反射するからだね。
雲は水の粒の集まりだ、ということは以前に話したから、知っているだろう。
水の粒がいっぱいあると、光を同じ方向に反射させることができない。様々な方向へ反射させてしまい、これが乱反射と呼ばれる。
あちこちに散った光は、ものの持つ色を消してしまい、白く見せる作用があるんだ。それが、雲が白く見える理由。
灰色とか、濃い色の雲もあるじゃないか、と思うかもしれないが、あれは雲の層が厚くて、上からの光が満足に下へ届かないためだねえ。もし飛行機とかで上空から見たなら、それらの雲も白く見えているはずさ。
と、教鞭をとる身としては、この点をまず伝えておかないと授業のかたちにならないからね。
これからする脱線話は、雲が必ずしも、そのために白いとは限らないんじゃないか、と先生が感じてしまった話。
今からほんのちょびっと、昔のことなんだ。
その年は、晴れが多い日だった。
当時の先生の趣味のひとつは、大空観察でね。自宅の一階と二階の間に張り出した屋根の上で寝ころんで、空を眺めるのが好きだった。
海を長い時間眺めて、思いをはせる人の話を聞いたことがあったが、自分もそれと似たような感じかもしれない。
広く、大きなものに身をゆだねている感覚。よけいなものへ神経を使わず、自然のなすがままへ任せる。
あくせくとした日常から解放されるギャップが、こうしたのめりこみをさせているのかもしれない。
ただ、その日の雲は少しおかしかった。
寝ころぶ先生の頭上のみをカバーするように、ぽつんと浮かんだひとつの雲。
よくあるたとえ通り、綿あめをそのままちぎって、浮かばせたような形のそれが、じわじわと赤みを帯びていくんだ。
中央からにじむ、という感じじゃなかったな。
雲の中ほどを、左から右へ一文字へ走る赤い筋。それはちょうど、飛行機雲が空を走っていくかのようだった。
黒がちな雲は見たことあれど、ああも赤くなる雲は初めてだったよ。雲の腹を裂くようにして渡った赤線だけど、原因がわからない。
珍しい現象には違いなく、つい家にいた母親を呼んで、一緒に空を見上げたときにはもう線は消えてなくなっていたのさ。
おかげで、当初は見間違いかと思われたよ。
けれど、その日から散発的に、あの赤い線を空で見かけるようになる。
妙なことに、青空を線が横切って汚すようなことはない。必ず、雲を介してその姿を見せる。
となれば、雲自体にその原因があると見当がつくのだけど、理屈がどうも分からない。
夕陽を受けて、赤くなるような可能性がない時間帯で現れることがまちまちだし、全体的に赤らむのではなく、半ばに一本の線が入るだけなのだから。
図書室で先生なりに調べものをしてみたが、びびっとくるものは見つけられない。
本があてにならないなら、先生以外にあの雲を見た人を探してみて話を聞けないものか。
先生はおりをみて、まわりの大人たちへ、例の雲の話を振ってみたんだ。
情報を得られたのは、先生のおじさんからだった。
仕事の関係で、たまたま先生の家に来て一泊することになってね。そのときに尋ねてみたら「また、珍しいこともあるものだ」と首をかしげることなく、感心してくれたんだよ。
おじさんいわく、そいつは「雲の割腹」だと教えてくれた。
割腹とは腹を切ること。武士の最期として、よく知られるものだが、それと同じようなことが雲に起きているらしかった。
目にするのが、決まって先生の頭上であり、綿菓子をちぎったような形の雲である、というのもおじさんの推測を裏付けるものとなったみたいだ。
「お前はよ、どうやら雲たちの割腹を果たすにふさわしい場所と見られちまったようだな。時代劇のお白洲? とはちょっと違うかもしれないがな。
まあたとえはともかく、雲たちの割腹には、人と同じように作法がある。
お前が見たのはポピュラーな一文字斬り……といいたいところだが、何度も見たとなると妙だな。回数は覚えているか?」
私が8回と答えると、おじさんはひとつうなってから。
「そいつは十度斬りの可能性があるな。雲の切腹の中でも、格別に気合が入ったやつだ。過去にいろいろやらかした『大物』な雲かもしれねえ。
だが、そうなると注意が必要だ。もし十回目を目にすることがあったら、いつだって構わねえ。すぐにどこかの屋根下にでも避難しな。雲の内臓を浴びたくなければな」
生き物で考えたら、おぞましい表現だ。
しかし、それが水の粒の集まりたる雲となれば別。内臓、というと水たち。つまりは雨を受けるということか。
そいつがどれだけまずいことか、このときの先生には想像できなかったよ。
おじさんから話を聞いてから数日後、先生は9回目の雲の切腹を目にする。
今まで見てきたのと同じ、雲の中央に真一文字の赤い横線が入った。確かにいわれてみれば、腹を切る時のような色合いに見えなくもない。
しかし、なぜ先生が選ばれているのかは、さっぱりわからなかったよ。おじさんも「くじで当たるがごときことに、理屈なんかねーよ。まさに天命とでも思っとけ」とのこと。
そして、更に一週間後に先生は十度斬りの場に立ち会う。
学校帰りでみんなと別れてからしばらく経ち、ひょいと空を見やったときだったよ。
ほんの数十秒程度、目を離していただけなのに、空にはあの綿菓子のような形の雲が浮かんでいた。先生の真上だけにだ。
しかも、雲の腹に当たるだろう部分は、すでに半ばほどまで線が入ってしまっている。
どこか、屋根下はないか?
ちょうど先生は、家までの近道であるあぜ道を歩いている途中だ。民家らしきものはいずれも遠く、クワなどをしまっておく小屋が数十メートル先に見えるだけだ。
おじさんの言う通り、先生は急いでそこへ向かった。
軒下には一匹の猫がうずくまっていたが、勢いよく向かってくる先生の気配を感じてか、ひょいと軒から外へ出てしまった。
小屋の戸には鍵がかかり、中には入れない。せいぜいこのトタン屋根でもって、おじさんのいう「雲の内臓」とやらを防げればいいけれど……。
そう心配し始めて、ほどなく。
ざっと音を立てて、屋根も地面もいっぺんに濡れた。雨が降ってきたんだ。
けれどもゲリラ豪雨だとか、天気雨だとかいうレベルじゃない。
空は晴れ渡ったまま、水が落ちてきたのはほんの一秒程度の間だったんだ。
バケツの水をいっぺんにぶちまけたかのような、絨毯爆撃。それがここから見える田んぼ全体を一度に襲ったんだ。およそ、人の手でできるものじゃないだろう。
そして、おじさんのいう「雲の内臓」の怖さとやらも、先生はいっぺんに理解したよ。
軒下から逃げ出した猫が、あの水の爆撃をもろに受けたんだ。目の前でさ。
猫は水嫌い……なんて範疇には収まらない。
猫は水に押しつぶされるような形で、消えた。
血の一滴、肉片ひとつ残さない。そこにあるのは水たまりだけだったんだ。
あれから、しばしば空を見ているけれど、雲の切腹はまだ目にしてはいない。
それだけ空は平和なのだと信じたいが、もしまた裁きを受ける雲がいそうなら、気を付けないといけないだろうな。
雲の白みというのは、この予兆を知らせるためかもしれない、などと先生は考えてしまうんだよ。