決死の決壊
王の間は、王の自室とは違い、客人が王に謁見する場である。
本来ならば多くの近衛兵や大臣が、王の周りで目を光らせている。
「レンシア。よく私の元までやってきてくれたね」
しかし今は、セントラル様の声だけがいつもよりも広い王の間に響いていた。
「はっ。俺がそのレンシアじゃないことくらいわかって待ってたんだろ」
「それはどうかな」
私の体が、セントラル様の元へ近づく。
「そのむかつく表情も、すぐに崩してやるよ」
「……どうやら、本当にレンシアではないようだ」
魔王は、手のひらをセントラル様の方に向ける。
禍々しい霧とともに現れたのは、艶やかに光る白銀の剣だった。
「今すぐぶっ殺してやるから覚悟しろよクソ英雄王!!」
言いながら歩き出したかと思った刹那、途端に体は加速し、飛矢の如くセントラル様へと遅いかかった。
気付かぬ間に抜かれていたセントラル様の剣とぶつかり合い、耳を裂くような金属音が響く。
「ほう、もう体を使いこなしているのか」
「余裕こきやがって!」
魔王は体を空中でひねり、セントラル様に横薙ぎの蹴りを入れる。
後ずさって距離をとったセントラル様との間合いを魔王は一気に詰めて突きを放った。
「殺った!」
「遅い!」
視界からセントラル様が消えたかと思えば、体は上空へと蹴り上げられる。
「ぐぁっ!」
「なかなか上手く動くな」
セントラル様はすかさず手に火の玉を作り出し、魔王めがけて弾丸のように放つ。
「くっ!」
たまらず剣で防ごうとするが、無防備な体に何弾か命中してしまい、体は王の間の入り口付近まで吹き飛ばされてしまう。
「息巻いていたにしては、その程度で終わりか?」
セントラル様は不敵に微笑む。
なぜ、貴方は刺客を煽るようなことをおっしゃるのですか……?
「ふん。この体にもようやく慣れてきたころだ。さっきまでのは準備運動でしかねぇんだよ」
「そうか。なら君の本気を見せてくれ」
「ほざけ!」
魔王がセントラル様に手をかざすと、闇の霧がセントラル様を囲う。
「ほう、能力制限か」
「はっ!」
魔王は剣を大振りすると、切先をなぞるように鋭い風がセントラル様を襲う!
セントラル様はその場を飛び退くが、そこめがけて魔王は更に剣気を飛ばす。
「なかなかやるな!」
セントラル様は避けれないと判断するや、自らの剣で剣気を弾く!
「だらぁっ!」
いつのまにか生まれていた火の球が、セントラル様の体目掛けて放たれる!
「くっ!」
今度はセントラル様の体が撃墜された。
『ああっ!!セントラル様!!』
「逃すか!」
セントラル様との間の空間がどこかに飲み込まれたみたいに距離を縮め、一気に切り掛かる!
すんでの所でセントラル様は剣を受け止めた。
「形勢逆転だな!」
「くっ!……素晴らしい動きだ。聖女の体でありながら、闇属性の魔法を使えるとは、君は本当に戦いの天才のようだ」
セントラル様は魔王の力に押し込まれてしまう。
『セントラル様!!逃げて!』
私の声が、セントラル様に届くことはない。今の私にできることは何もない。無力感でいっぱいだった。
「減らず口もすぐ叩けなくしてやるよ……!」
ぐっ、とまた1つ、セントラル様の剣を押し込む。
魔王の放った魔法の影響なのか、セントラル様は本調子ではないみたいだった。
「おらぁっ!」
そして、魔王は力を振り絞ったかと思うと、セントラル様の剣を弾き飛ばした。
「なにっ!?」
無防備になったセントラル様めがけて、魔王は剣を振り上げる。
ああ、やめて!セントラル様が、死んでしまう!絶対に駄目だ!セントラル様は、まだ世界に必要なのに!英雄王は、世界に必要なのに!私は、こんな目の前にいて、何もできない!セントラル様を守ることもできない!駄目だ、絶対に!
「終わりだッ」
やめて、やめて………
剣が、セントラル様に振り下ろされるーーー
「駄目ェッ!!!」
私の手が、止まった。
なぜか閉じている目をゆっくり開くと、セントラル様に当たらないところで、剣が止まっていた。
私はこの王の間に来て初めて、セントラル様と目が合った。
「おお、なんということか……まさか、生きていたのか」
セントラル様は、私を見て目を丸くしていた。
「セントラル様。私が止めている間に、私を討って下さい。私の意識がある内に……」
自分の体であるはずなのに、そこまで自由に動かせる訳ではなさそうだった。
「そうか……そうだったのか……」
「せ、セントラル様?」
早くとどめをさしてくれないと、私はまた、自分の体に閉じ込められてしまう。
「レンシア……君は……」
セントラル様は、自らの剣の切先を私の方に向ける。
ああ、やっと、セントラル様をお守りすることができる。
ゆるりとした動きで、剣を私に近づけながらーーー
「君は私の最高傑作だ」
楽しそうな、それでいて先が見えないほどに真っ黒な、はじめて会った人に思えるような声でそう言った。
そしてまた、私は私の体の奥深くへと落ちていった。