自分の中の自分と会話してる人って外から見ると……?
ーー神は等しく、人々を救済してくれるのです。
私の精神を育ててくれた師の言葉を思い出していた、と思う。
かつて、人間の祖先と魔物の祖先が争ったとき、神は争いの場を設けるために世界を作ったらしい。
その争いが今もまだ続いている、というのが師の考えだった。
魔物を征服せんとするのも、それによって人と魔物の争いを終わらせようとするのも、寧ろ神の教えに従っての行動であると。
つまり、魔物を克服し、人間が争いを制圧した暁には、神が人間を救済してくださると。
その救済に辿り着くまでは、人々は苦難の刻を耐え忍ばなくてはならないと。
聖女は、人々の苦難に寄り添い、神の教えを信仰する代理人として魔物を制圧するまで耐え忍ぶ手助けをしなくてはならないと。
私は教わった。
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体が揺れている、気がする。
私は目を覚ました、気がする。
今自分がどんな状況にあるのか、はっきりとした言葉で理解することはできなかった。
全身に覚える、確かな違和感。
それを口にするには、違和感が大きすぎる。そんな気がする。
いや、全身に違和感を覚えるというのは、逆のことを言ってしまってあるのかもしれない。
私が今、疑問に思ってしまっているのは、多分、全身に何も感じないことなのだ。
はっきりと言葉にしてしまうには、あまりにも荒唐無稽だった。
意識はあるのに、体が動かない。手足が縛られているという訳でもなさそうだ。
そう。それはまるで、自分の体が誰かに乗っ取られているかのような。
『ど、どういうことなの……!?』
その言葉はついぞ現実の世界の空気を振動させることはなかった。
「んなっ!?だ、誰だ!?」
代わりに、私の声が違う言葉を発した。
『え、え!?何が起きてるの!?私の体動かないのに、なんで喋ってるの……?』
「ああ!?頭の中でぎゃーぎゃー言ってるお前は、まさか……!この体の持ち主なのか!?」
『この体の持ち主って……』
この人?が何を言っているのかわからない。
というか、私は今、誰と会話しているんだろう?
「ったく、面倒なことになったな……」
『ちょっと待ってください!あなたは誰で、私は今どうなってるんですか!?』
「説明してやる義理なんかないが、このまま騒がれてもうるせぇしなぁ」
喋ってる声は、私の声と同じに聞こえる。
しかし、口調は粗暴で、面倒そうな声色だった。
「お前、聖女レンシア・グーテーっていうらしいじゃねぇか」
『な、なぜ私の名を……?』
「お前の持ち物漁らせてもらったぜ」
そう言って、彼女?は笑った。
「聖女ってのは俺にとっては大変都合がいい体だからな。もらうことにした」
『……??もらう、ことにした??」
「おう!そのままの意味だ。もらったよ。お前を殺してな。だから、お前が喋った時俺の頭が狂っちまったかと思ったぜ」
そう言って、声の主は頭の中に嫌に響く声で笑った。
いや、笑えないでしょ……?というか、まだ理解できていないことが沢山ある。
体をもらった?私を殺して?じゃあ、今この私の意識はなんなんだ?
疑問はいくらも尽きないが、仮に今言われたことを全て受け入れたとすれば、説明がつくことが多すぎる。
妥当性があるだけの事情説明を鵜呑みにするのは全くもって愚策と言えるが……
『本当に、私の体は、あなたに奪われたと言うのですか……?』
「あ?だからそう言ってんだろ?ったく、聖女のくせして勘の鈍いヤツだなー」
今は、この言葉を信じる以外に道はなさそうだった。
そして、彼女?から情報を聞き出す以外にできることはなかった。
『じゃ、じゃあ、貴女は何者で、どうして私の体を奪ったのですか……?』
「俺が何者で、何のために、かぁ?」
何を馬鹿な、と言う言葉までが聞こえてきそうな声だった。
「人間に名乗るような名前なんて俺にはないが……人間が俺を呼ぶときの名は、魔王だったなぁ」
『魔王?そんな馬鹿な話が、あるはずがないでしょう!魔王は、英雄王セントラル様が討ち滅ぼした魔物の王の俗称ではないですか!』
「ふん、英雄王ねぇ……まぁ、信じる必要なんてないぜ。それと、セントラル様とやらを尊敬するのはいいが、そんな気持ち今のうちに捨てといた方がいいぜ。俺の目的はその英雄王様を殺すことだからな」
言葉を聞いて、言葉を失ってしまった。
まさに絶句。何を言ってるんだと、心の底で思わず嘲笑してしまいそうなほど、現実味のない話。
ただ、思考が巡ったときには、事の重大性に気づいた。
『セントラル様を討とうというのですか……!?貴方は、貴方はなんということを言うのです!そんなこと、国家反逆罪どこらではすみませんよ!!』
「だぁ〜!!うっせぇよ!あんまり騒ぐな!お前にできることなんかねぇんだからよ!黙ってろ!それかなんかおもしれぇ話でもしてろよ!」
『そんなことできるわけないでしょう!?セントラル様の身に危険を及ばそうとしている人がいれば、注意するのが当然……』
「だから人じゃねぇんだよ俺は。魔王。マ・オ・ウ。このあだ名に誇りなんてねぇけどよ、人間で言う魔物達の王ってのは、俺のことをよく言い表してるんだよな」
『な、なにを……!』
言葉を言いかけて、しかしこの者に何を言っても無駄であると、今の自分に出来ることはないと、悟ってしまった。
「なんてだらだら喋ってるうちに、王都に着いたみたいだぜ」
私の体を揺らしていた原因は、馬車に乗っていたことみたいだった。
馬車は、正門から堂々と、王都へ入場して行く。
恐らく、私が王都を出る時に乗っていた馬車に今乗っていたのだろう。
誰も止めることなく、王都の中を馬車が闊歩して行く。
乗せている者が、セントラル様を討たんとしていると、誰も気づくことなどできずに。