9.違うけど同じ
ああ、地面に足がついてるって素晴らしい。足だけじゃなくて手も腹も膝もついてるけど。
絶対に落ちない安心感。
体がふわふわぞわぞわしない。手足も冷たくならないし、どんなに動いても怖くない。
「あった、あった!」
ガサゴソと地面に這いつくばって移動してた僕は、微かな盛り上がりを見つけて土を掘った。土の下から芋みたいな土雲茸がごろんと出てくる。よしよし、結構大きい。これはいい値段がつくぞ。
「よーし、これで五個目。これくらいにしておきましょうか」
これだけあれば十分。あんまり採り尽くしちゃうと次のシーズンに生えなくなったら困るし。
「なんかトリュフに似てますね」
大きな葉っぱで作った即席の箱に土雲茸を入れたヒヨリさんが、興味深そうに眺めた。ヒヨリさんの肩に乗った、普通の猫サイズのソラがすんすんと匂いを嗅いでいる。
「ヒヨリさんの世界にも似たようなきのこがあるんですね。面白いなぁ」
そういえばリーゴの実も似てるものがあるって言ってたな。ヒヨリさんの世界とこの世界って結構共通点があるみたい。
「似たようなものと言えば、時間の単位も一緒なんですよね。言葉の不思議もありますし、私の知っている単位に翻訳されているんでしょうか」
「そうかもですね」
違う世界だと言うのに、ヒヨリさんと僕の言葉は同じ。ヒヨリさんの世界も僕の世界の中でも、国ごとに言語が違うのに、すごい偶然だと最初は思ったけど。試しにお互いの言葉を文字として地面に書いてみたら、全く違っていたんだ。
つまり、聖女の能力の一つだろうけど、言葉が自動で翻訳されているってことだ。
だから時間や距離などの単位も、ヒヨリさんの世界の基準に直されているのかも。
「だけどリーゴの実や土雲茸は、ヒヨリさんの世界の言葉になってないんですね」
響きとかは似てるって言ってたけど。
「あ! 今リンゴとトリュフって聞こえました」
「え!?」
ということは。
「似ている物が、私の世界にある物とほぼ同じものだって認識できたら、私の世界のものの名称で翻訳されるようになる、と」
「ですね。すごいな」
「なんかクイズに正解した気分です」
目をキラキラさせてヒヨリさんが片手を上げる。
「はい、ルイさん」
「いぇーい」
ぱちん。差し出されたヒヨリさんの片手に僕の片手を合わせる。ハイタッチ。これも互いの世界の共通だ。
もちろん違うこともいっぱいだ。例えば魔法やモンスターはヒヨリさんの世界にない。だけど電化製品とか飛行機っていう乗り物は僕の世界にない。どんなものなのか聞いても、信じられないようなものだった。
違うこと。同じこと。ちょっとずつ分かっていくのが楽しい。
「ルイさん、土と葉っぱだらけですよ」
くすっと笑って髪の毛についた葉っぱを取ってくれる。なんか恥ずかしいような嬉しいようなで、心がくすぐったくて頬が熱くなる。
この人ともっと一緒にいたいな、なんて思ってしまう。
たった一日と半分しか一緒にいないのに。
「じゃあヴェスパーまでおんぶするんで、ヒヨリさんは箱を持っててください。あ、でもはなしですよ。でもとか言うのなら、僕一人でヴェスパーに走って靴を買ってきます」
「それパシリじゃないですか」
「おんぶとパシリどっちがいいですか」
町の外にはモンスターがいるから、本当は一人にしたくないけど。
「ううぅ。片足でけんけんしながら一緒に歩くというのは」
むむむ。強情だな。よーしこうなったら。
「じゃあ抱っこします」
「おんぶで!」
よし勝った。別に勝負してないけど。
なんとなくヒヨリさんはがっくり、僕はガッツポーズを決めていたら。
にゃおお。
またしても大きくなったソラが背中を向けた。こ、このポーズは知ってる。
「町が近いから空を飛ぶのはなしだよ」
もう飛ぶのは嫌だ。若干ひきつった笑顔でソラに注げると、ソラがふりふりと首を横に振る。違うのか。じゃあなんで背中を?
「背中に乗せて歩いてくれるの?」
ヒヨリさんの言葉にこくこくとうなずく。
え、ちょっと待って。
「最初から背中に乗せて歩けたってこと‥‥‥?」
衝撃の事実。怖いの我慢しなくて良かったんじゃないか。だけど、よく考えたら、いやよく考えなくても分かる事だよね。空を飛ぶより背中に乗せて歩く方が普通じゃん。
「でもほら、早く着けましたし」
「ですね‥‥‥」
うん。若い女性に野宿は辛いし、一応逃亡中だし、そりゃ早く着けた方が良かったよね。だからあれで良かったんだよ。くすん。
ヒヨリさんを背中に乗せたソラが四本足で立って歩き始めた。立って分かったけど、空を飛んでいた時や気絶していた僕をお腹に乗せていた時よりは小さい。虎くらいの大きさかな。
「大きさが自由自在ってすごいですね。それとも普通なんですか?」
「まさか。大きさが変わるモンスターも、そういうスキルを持つ人も聞いたことがないです。大きさを変える魔法もないかなぁ。その代わり変身魔法はあって、ねずみとかトロールに変身したら大きさも変わりますね」
「へえぇ。私の世界では不可能な話です。特殊メイクで違う人の顔や動物には変えられるけど、本人の大きさを変えられるわけじゃないので。あ、道具を折りたたんでコンパクトにするとかはありますね。他にもおもちゃですが、車から変形してロボットになるやつとか?」
「車? ロボット?」
「車っていうのは馬いらずの馬車っていう感じの乗り物です。ロボットは人間みたいな機械ですね」
知らない世界のことを聞くのって楽しい。ずーっと話していられる。
「んん?」
異変を感じて僕は足を止めた。後ろを振り向く。ソラも同時にとまって耳を向け、ひげを上下に動かした。
「どうしました?」
「‥‥‥いえ、なんでもないです」
なんでもあるけど、僕は首を横に振った。
微かに聞こえる。複数の不快な鳴き声と、木々をへし折り、草や土を踏み荒らす荒々しい足音が。これは普通の動物じゃない。モンスターだ。
モンスターは動物も食べるけど、特に人を好む。こんな風に集団で追いかけるほど固執しているということは、獲物は人だ。
僕は迷った。
助けたい。けど、助ける力がない。
僕はモンスターの一匹も倒せない。今は武器さえない。
一人で複数のモンスターを相手にするなんてA級以上の冒険者でもなければ無理だ。それだって格下のモンスターの場合だけ。だから冒険者は皆、パーティーを組む。
僕みたいな、無能のF級冒険者がいったところで犬死だ。
でも。逃げるのは得意だ。上手くすれば囮くらいにはなれるかも。
幸いヴェスパーが近いんだ。僕がモンスターの気を引いているうちに、町に逃げてもらえば助けられる。僕だって一人なら十分逃げ切れる。
「すみません、ちょっと生理現象で。ソラ。ヒヨリさんを連れて先にヴェスパーに行ってて」
へらっと笑って、ソラの首を撫でた。透き通るようなブルーアイが僕を見る。うん、ソラは気づいてるよね。頼むよ。
「先に行かなくても、待ってますよ」
「いえ、その、大きい方なので」
ヒヨリさんがいれば回復してくれる。ソラだって聖獣なんだ。そこらのモンスターより強いと思う。
だけどヒヨリさんは異世界の人で、戦いとは無縁の世界の人だった。巻きこんじゃいけない。
それにソラは聖女か勇者と共にいる伝説の聖獣だ。人に見られるのはまずい。ヒヨリさんが聖女だって気づかれてしまう。その人が村や町に戻って聖女と聖獣のことを話したら、国王にヒヨリさんの生存がバレる。本格的な追手がかかったら、僕じゃひとたまりもない。
「すぐ追いつきますから」
大丈夫。さっと行って、さっと逃がして、さっと逃げたらいいんだ。
不自然じゃないように、体が隠れる茂みまで普通に歩いて‥‥‥。
音の方向に走った。




