4.目覚め
良くない複数の気配が近くに来てる。
僕はヒヨリさんの手を引いて立ち上がった。
「みーつけた」
しまった。僕の馬鹿。気づくのが遅れた。
僕は昔から危機に敏感だ。二度もスタンピードで生き残ったのも、食料調達で獲物を見つけるのも。なんとなく気配を察知できるおかげ。
それなのにヒヨリさんとの会話に夢中になって周囲への警戒がおろそかになっていた。
「なんだ。ゴミ。こんなところにいたのかよ」
「おーおー。雑魚のくせにもう女とよろしくやってんの?」
「くすくす。貧相な女ね。お似合いじゃない」
木々の間から姿を現したよくない気配の主は、見慣れた面々。元パーティーメンバーだった。
「なんで……」
僕の問いに、リーダーのドウェインがヒヨリさんを指さした。
「そこの女。偽聖女だろ? そいつ殺したら俺の等級をS級、こいつらはA級にしてくれんだよ」
冒険者の等級はE級から始まり、試験に合格すると上がる。
上になるほど手厚い待遇と特権を与えられ、S級ともなれば特権も、依頼や報酬も破格だ。当然だけどS級以上になるのは容易じゃない。だからこそS級以上の冒険者は一握りしかいない。
「美味しい話だろ。女一人殺すだけでいいんだからよ」
確かに美味しい話だ。
ドウェインを含め、僕以外のメンバーの四人は全員B級。ドウェインは限りなくA級に近いB級だったが、S級になれるほどじゃない。
でもだからって、まさかそんな暗殺まがいな依頼を受けたなんて。嘘だろ。
「美味しい話には裏があります」
「もちろんあるぜ。真っ黒なもんが、国の裏側にな」
やっぱり。
僕は唇を噛んだ。
S級以上の冒険者はほんの一握りしか存在しない。厳しい条件と試験を乗り越えられる実力はもちろんのこと、国の許可がいる。S級にしてやるなんてほいほいと口約束で出来るものじゃない。
「聖女召喚は完璧じゃなきゃなんねぇんだとよ。うちの国は十七年前に召喚失敗してんだろ? 偽聖女を召喚しちまったなんて世間に知られちゃまずいんだよ。だから消せってさ」
「そんな身勝手な」
十七年前、各地でスタンピードが起こった。僕が両親に拾われた時のスタンピードもその一つだ。
規模も数も通年の二倍で、軍と冒険者だけでは対処できなくなった。国はスタンピード収束ために異世界召喚を行ったけれど。召喚は失敗。
一部の貴族と国民の非難を受けながら、多額のお金を払って、他国の勇者と聖女に頼った経緯がある。
だから今度の聖女召喚は絶対に成功させると国王が演説していた。
「ランクのために人殺しになるつもりですか!」
「まさか! その女を殺すのはモンスターだ。殺して森に転がしておけば、食ってくれるさ」
ドウェインがにやりと笑った。
「元パーティーメンバーのよしみだ。大人しくそいつを渡せばお前は見逃してやる」
「ルイさん」
ヒヨリさんが僕の手を引っ張った。
「私は大丈夫ですから。気にしないで逃げて下さい」
どこが大丈夫なんだろう。今にも泣きそうなのに。こんなに震えているのに。
「ひゅう。お涙頂戴だね」
「ぎゃははは。ゴミはゴミ同士で気が合うんじゃね?」
僕は震えているヒヨリさんのぎゅっと手を握った。
「ヒヨリさん、ごめん」
曲がりなりにも三年も一緒にやっていたから、みんなの実力は知っている。僕なんて歯が立たない。無謀だと思う。
しかもあいつらの後ろには国がついている。歯向かえば国に追われる。だから言われた通りヒヨリさんを渡すのが正解だ。
「いいんです。リーゴの実、ありがとうございました」
「ぶははは!」
「そうそう。それでいいんだよ」
下を向く僕に、ヒヨリさんの透明な声とドウェインたちの嘲笑が降る。
ここで戦うのは無意味で無謀だ。
でも。
「お断りします! ヒヨリさんは渡しません!」
「えっ」
「走って!」
僕は戸惑うヒヨリさんの手を掴み走った。
ヒヨリさんを見捨てて生き延びるのは嫌だ。
また守られて生き延びるのは嫌だ!
「あっそ。じゃあ死ね」
背中で殺気が膨れ上がる。ヒヨリさんがいるんだ。気張れ、僕。
「『三日月斬り』」
ヒヨリさんを突き飛ばすようにして、勘だけで右に跳ぶ。剣を振ると三日月の形の斬撃を飛ばすことのできるスキルだ。
左側を風と斬撃が通過し、木と茂みを刈り取った。その間に倒れたヒヨリさんを起こして背負う。木々の間を縫うように走った。
「おーおー。逃げ足だけは速ぇなぁ、『三日月斬り』」
絶対に背中のヒヨリさんには当てない。もう一度横に飛んで避ける。
「『二連撃』」
「うわっ!」
一つ目の斬撃を避けたところにきた、二つ目の斬撃を辛うじて躱す。
危ない。余計な動きは抑えなきゃ。
「ちっ。ちょこまかと」
何度も飛んでくる三日月の斬撃を躱しながら、少しずつドウェインとの距離が開いていく。
よし。これならなんとか逃げ切れる。
『あなたの努力は無駄じゃないです』
ああ、そうですヒヨリさん。無駄じゃない。
僕は攻撃が出来ないけど、ドウェインたちの荷物持ちとして、食料調達や偵察をこなしてきた。ダンジョンのモンスターからも生き延びてきたんだ。逃げの一手なら‥‥‥。
また飛んできた斬撃を避けて、右の茂みに飛び込む。顔を叩く葉に一瞬視界を奪われてから開けた場所に出たところに。
「残念だったな」
にやにやと笑いながら拳を構えるノーランがいた。
しまった。逃げているつもりで追い込まれていた。
スキルなんて使わなくても、大型モンスターさえ一発で仕留める拳が来る。
このままじゃヒヨリさんに当たる。動け動け動けーっ。
僕は右足を軸にくるっと半回転。ヒヨリさんと体を入れ替えると、無我夢中で地面を蹴った。これで後ろに衝撃を逃がせるはず。
「『ぽかぽか』『防御壁』っ!」
「おらよ!」
鉄球みたいな拳がヒヨリさんの防御壁を簡単に破る。腹を突き破られたような衝撃と、ボギャッという骨の折れる音と共に後ろに吹っ飛ばされた。
ちくしょう。衝撃を逃がしてもこの威力なのか。
「がはっ」
背中を強か打って、地面に落ちた。腹から生温かい液体がせり上がってきて、噴水みたいに吐いた。
「『ぽかぽか』『回復』っ」
「ごほっごぼぼっ」
ヒヨリさんが泣きながら回復スキルをかけてくれたけど。あばら骨が内臓に刺さったかな。苦しい、吐いた血で溺れそう。
ちくしょう。なんでこんなに弱いんだよ。
「『ぽかぽか』『回復』っ」
溢れる血が止まって息がしやすくなった。でもそれだけ。
もう彼女を抱えるのも背負うのも無理だ。
「ぶっ。ぽかぽかだってよ。だっせぇ」
「まじでクズスキルだな」
「なんでこんなことができるの。ルイさんは少し前まで仲間だったんでしょう!」
駄目だよヒヨリさん。こいつらにそんなの通じない。
「ぎゃははは! 荷物持ち兼サンドバッグが仲間だってよ」
「うけるわ」
「いいから、さっさと殺っちまおうぜ」
ああ、やっぱり無理だったんだ。僕程度の努力なんて報われない。
もういいよ。もう無理だよ。無理なんだ。
「……っ」
倒れて動けない僕の視界に、華奢な背中が見えた。
ヒヨリさんが両手を広げて僕の前に立っていた。
「あ、あなたたちの目的は私の命でしょう。もう逃げないから、ルイさんは助けて!」
僕は息を呑んだ。
赤く霞む視界で、ヒヨリさんの小さな背中が何よりも大きかった。
非力な女の子が、知らない世界で知らない男のために、回復スキルをかけ続けてくれたのに。
自分の命を差し出して僕を守ろうとしてくれてるのに。
あんなに震えてるのに。
僕は諦めるのか。弱いから無理だって決めつけて。弱いことを理由にして?
冗談じゃないぞ。ばかやろう。
僕は手探りで落ちていた木の枝を掴む。掴んだ手に力をこめて起き上がりながら、反対の手でヒヨリさんをぐいっと後ろに引いた。
「もういいよ、ルイさん。もういいから」
嫌だ。絶対に諦めるもんか。今度こそ守られるんじゃなく、守るんだ。
ヒヨリさんこそ、もういいから逃げて。
そう伝えたいのに、声も出ないな。ちくしょう。
僕は枝の先をドウェインに向けた。
はじめて誰かに武器を向けた。
『条件を達成しました』




