3.スキル『ぽかぽか』
「ふわあぁぁあ」
ヒヨリさんのスキルは、溶けるほど気持ち良かった。
『ぽかぽか』のスキル、ヤバい。全身にぶわーっと血がめぐって、痛みと疲労が流れていく感じは、なんとも言えないくらい心地よかった。身体中の力が抜けるぅ。
「良かった。治った」
ヒヨリさんがほっとした顔で胸を撫で下ろした。天使だ。
「すごい……すごいすごい。すごいですよ! とてもF級とは思えないです」
ズキズキと熱を持っていた頬は触っても痛くない。時間が経つにつれて痛みがひどくなっていたお腹も、動いたって平気だ。気分の悪さもなくて、体が軽い。
こんなにすごい人を追放するなんて。ヒヨリさんを追放した人たちは、本当に目が腐ってたんだ。
「すごくないですよ。F級だとほとんど治せないから、『ぽかぽか』と一緒に使って何回も重ねがけです」
あらゆるものを温める『ぽかぽか』スキル。
氷属性スキル相手や冷え性対策以外に使い道が分からないと思っていたんだけど、なんと温めることであらゆるあらゆる機能・効果が活性化されるんだって。
この、あらゆる機能にスキルも含まれてたんだ。すごくない?
スキルの重ねがけ自体は珍しくない。戦闘時に力や速度を上げるバフ系のスキルや、反対に敵の力などを下げるデバフ系のスキルとかね。
でもスキルそのものを強化できるスキルなんて僕は聞いたことがない。
強化具合もすごくて、スキルをかけてもらった体感的に、F級スキルがE級スキルかC級スキルくらいの効果になってた。おかげで僕のお腹の打撲は、痕も残さず綺麗に治った。
「いやいやいや。普通はスキル連発なんてできないですよ。大丈夫ですか。疲れてませんか」
「平気です」
あらためてすごいな。
確かに低級回復スキルでも、何度もかければ大きな怪我だって治るけど、スキルを使うのは疲れるらしい。
僕はスキル無しだから分かんないんだけどね。他の人から聞いた話では、五、六回も使えばへとへとだそうだ。
それなのにヒヨリさんは六回も使ったのに、使う前と変わらないみたいだ。
とはいえ知らない世界での慣れない状況だ。回復スキルで疲れなくても、疲れているに違いない。休ませてあげないと。
辺りはすっかり暗く、黒いシルエットになっている木々の隙間から、吸い込まれそうな星空が広がっている。一番近い町までは距離があるし、今夜はここで野宿するしかない。
「良かったら座って下さい」
こんなものしかなくて申し訳ないけど、ないよりはましだよね。
僕はベストを脱いで地面に敷くと、隣に座った。敷いたベストをぽんぽんと叩く。
ヒヨリさんは少し迷ったみたいだけど、大人しく座ってくれた。
「……」
空を見上げた。黒いシルエットになっている木々の隙間から、吸い込まれそうな星空が広がっている。
「……どうしてあんな怪我を?」
「え? あー」
やられた経緯が情けないから、あんまり言いたくないけど。
怪我を治してくれたんだから、ヒヨリさんには聞く権利があるよね。
「実は僕も日和さんと同じで、さっきパーティーを追放されたんです」
ざっと追放された経緯を話すと、ヒヨリさんは泣きそうな顔で怒った。
「私より酷いじゃないですか!」
「仕方ないです。メンバーはみんなB級なのに、僕は五年経ってもF級でスキル無しの無能。パーティーのお荷物なのは自分でも分かってて。追放って言われてもやっぱりなって」
ヒヨリさんの追放は、ヒヨリさん本人に全く非はないけど。僕の場合は自業自得だ。本当に弱くて役立たずの無能なんだから。
「だからって暴力を振るって追い出すなんて。もしかして、何も持っていないのも取られたからですか」
「恥ずかしながら」
はは、と笑うとヒヨリさんは大きなため息をついた。呆れられちゃったかな。
「パーティーの人たちを恨んでないんですか」
「恨みはないです。僕みたいなスキル無しはパーティーに入れてもらえるだけでありがたかったので」
本心だ。
確かに酷い追放のされ方だったけど、僕みたいな能無しを受け入れて、三年も置いてくれたことは感謝しかない。
だからヒヨリさん、そんな悲しそうな顔しないで下さいって。
「それよりこれからどうしようかですね。誰もパーティーには入れてくれないだろうし、ソロでやれる実力ないし」
「この際、他の職業に就いてはどうですか。冒険者って職業がどういうものか分からないんですけど、その。もっと荒っぽい人がなる職業のイメージです」
「あはは。ですよね!」
そうだよな。誰だってそう思う。僕自身でさえ。
僕は体も性格も能力も冒険者には向いてない。一人で二年、ドウェインたちと三年。合わせて五年間しがみついてきたけど、このまま冒険者をやってはいけないだろう。
無意識に自分の両手をじっと見る。指の付け根の皮膚が厚くなってる。剣だこだ。
ゴブリンの一匹だって倒せなかったけど、剣を振り続けてきた。
「あの」
「はい」
にぎにぎと、意味もなく両手を開いたり閉じたりしていると、ヒヨリさんがためらいがちに声をかけてきた。小さく首を傾げてうながすと、可憐な唇が動いた。
「ルイさんはどうして冒険者をしていたんですか」
「あー」
僕はなんとなく夜空を見上げた。
「スタンピードって知ってますか」
「いいえ」
ヒヨリさんの世界にはモンスターさえいなかったらしい。うーん、なんて説明したらいいんだろう。
「ええと。被害が出るくらい、虫とかが大量発生したことはないですか?」
「それならあります。真っ黒になるくらいの大量のバッタが、農作物を食べ尽くしてました」
直接経験はしていないけど、テレビというもので見たのだと言って、ヒヨリさんは体を震わせた。
「それと同じです。大量発生したモンスターが生き物を食い荒らしながら移動するんです。生き物には人間も含まれます。移動先に村や町があったらどうなるか。想像がつきますよね」
「はい」
スタンピードの怖さは正しく伝わったらしい。ヒヨリさんの顔が夜目にも青ざめる。
「僕は拾われ子で。あんまり覚えてないんですけどね。森の中で一人泣いてたらしいです。記憶がないので推測ですが、僕が見つかった森のすぐ近くの村が、スタンピードで壊滅しました。だから多分僕は村の生き残りです。冒険者だった両親はスタンピードを止めるために召集されて、モンスターと戦っている最中に僕を見つけて保護してくれました」
小さかったから記憶があいまいだけど、とにかく怖かったのと両親の雄姿は覚えている。村を壊滅させたモンスターたちは森にも溢れていて。幼い僕は格好の獲物だった。
「スタンピードって恐ろしいんです。上も下も真っ黒になるくらいモンスターが押し寄せてきて。逃げ遅れたら大人も子供も区別なく食い散らかされる。僕もただの餌になるはずでした。でも」
むせ返るような血の臭い。腹の底から震えるような恐ろしい唸り声。人間なんて簡単に引き裂ける鋭い爪が僕をとらえようとしたその時、父がモンスターを斬り捨てた。母が魔法でモンスターを吹き飛ばした。
「冒険者だった両親が助けてくれました」
怖くて怖くて怖くて。震えることしか出来なかった僕に父がもう大丈夫だと言ってくれて。母が抱きしめてくれた。
あの時の安堵と二人の頼もしさは忘れられない。
「二人は強くて恰好よかった。あんな風になりたかった。その両親も五年前に起こったスタンピードで、また僕を守って命を落としました」
隣で息を飲む気配がしたけど、知らないふりをした。
「僕は無我夢中で何がなんだか分からなくて。気がついたらまた守られて、生き残ってた」
あんなに強かった両親が死に、僕が生き残った。
悔しかった。情けなかった。守られるだけの弱い僕が不甲斐なかった。
「だから今度は守る側になろうって、冒険者になりました。両親みたいにはなれなくても、スタンピードが起こらないよう、一匹でもモンスターを狩るって。現実はしがない荷物持ちで、モンスター一匹狩ったことなかったんですけどね」
結局、誰一人守れなかったなぁ。
「ルイさん‥‥‥」
「無意味な五年間でしたけど、それももう、おしまいです! うん。考えてみたら僕、別の職業の方が人の役に立てるんですよね。うーん、何の仕事がいいかな」
ダンジョン攻略の合間にやってきた仕事では、僕の評価は良かった。冒険者をやめたらいつでもおいでと言ってくれた人もいる。だからきっと、他の職業に就いた方が人のためにも僕のためにもいい。
「ルイさん」
「へっ」
突然ぎゅっと手を握られて声が裏返る。うわっ、ヒヨリさんの手、小さくて柔らかい。
「冒険者では報われなかったかもですけど、あなたの努力は無駄じゃないです」
静かな声と真っ直ぐな黒曜石の瞳が、ぐちゃぐちゃと未練がましく揺れていた僕の心を射抜いて鎮める。
月明りの下のヒヨリさんは綺麗で、厳かで。
誰が何と言おうと、本物の聖女で。
そんな人に無駄じゃないと言ってもらえたという事実が、心の奥底を震わせた。
胸いっぱいに広がった、この震えるような感動を伝える術を持たない僕は。
「ありがとうございます」
ただ精一杯の感謝を一言にのせて、笑ってから、気づいた。
「立って下さい。誰かがこっちに向かってます」
接近する複数人の気配に。
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次話から週1の投稿になります。
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