13.落差
「ヒヨリさん、ごめんなさい‥‥‥!」
森に入って町の人たちの姿が見えなくなってから、僕はヒヨリさんに頭を下げた。
「え? 何でルイさんが謝るんですか」
「勝手にモーリーを引き取ってしまいました‥‥‥結局、町に入れなくて靴も買えなかったですし、食料も道具もなしでまた野宿‥‥‥」
きょとんと眼を丸くするヒヨリさんに、僕の言い訳はどんどん尻すぼみになる。
うう、あらためて口にすると勝手だ。頭に血が上りすぎて相談する余裕がなかった。情けないなぁ。
「私は構いません。モーリーちゃんを引き取ったのも正解だと思ってます。あそこにいたら絶対に駄目です」
ヒヨリさんが細くて綺麗な眉をきゅっと凛々しく寄せてから、モーリーにふわりと笑う。
「ねえ、モーリーちゃん。お兄ちゃんとだけじゃなく姉ちゃんとも一緒にいてくれる?」
「モーリーといっしょ?」
驚いたように、モーリーがぱちぱちとまばたきした。
「うん。一緒だよ」
「いっしょ、いいの?」
僕のシャツを掴む小さな手が、心の中をもきゅっと掴んでくる。
こんな小さな子なのに、本当にいいのかと遠慮してることに胸がつまった。
出会ってから一度も、嫌だと言ってない。
きっと今まで、子供らしくわがままを言ったり、甘えたり出来なかったんだ。
「もちろんだよ」
「ほんと?」
モーリーが嬉しそうに笑った。
「これからうんと甘やかしてあげましょうね、ルイさん」
うん。いっぱい可愛がって甘えさせてやらなくちゃな。
こんなに痩せてるし、ご飯もいっぱい食べさせてやらなきゃ。
と、そこまで考えてから、
「そうですね。あー」
僕は顔を覆った。
「どうしました?」
「キレる前に土雲茸と食料を交換しておけばよかったです」
もー。なんで冷静になれなかったかな。
食材は森で確保するとして、せめて塩とナイフくらいは欲しかった。
「そんな空気じゃなかったですよ」
「そうなんですけど」
「ぷっ」
がっくりと落とした僕の肩を、ヒヨリさんが優しく叩いてから吹き出した。
ですよねぇ。馬鹿ですよね、僕。
「ごめんなさい。さっきのルイさんとあまりに違ってて」
さっきの?
首を傾げていると、ヒヨリさんが握った拳を下に振り下ろす仕草をした。
「モーリーちゃんのために怒ったルイさん、恰好よかったですよ」
「いや、あれは」
かあああっと頬が熱くなる。
うわあぁぁ、恥ずかしい。
ヒヨリさんみたいに綺麗な人に恰好よかったなんて言われると照れる。
「ふふっ。それにモンスターを一発で倒しちゃうなんて。ルイさんって強いんですね。本当に荷物持ちだったんですか」
「それが‥‥‥本当にモンスターの一匹も倒せない荷物持ちだったんですよ。どうして急に倒せたのか、自分でも分からないんです」
なんとなく心当たりならある。あの変な声だ。あの声が聞こえてから倒せるようになった。
でもあの声が何なのか、どうして聞こえるようになったのかが分からない。
不思議な声だった。抑揚がないっていうか、人間っぽくないっていうか。かといって幽霊みたいにおどろおどろしくはなかった。男女どちらなのかも分かんない感じだったし。
僕にスキルなんてないはずなのに、スキルがどうこうとか。レベルとか能力値とか言ってたけど、なんだそれ。意味不明だ。
うーん。このことをヒヨリさんに言っても、異世界の人だったヒヨリさんが分かるわけない。困らせるだけだよな。不安にさせてもよくないし、黙っておこう。
「ルイさんでも分からないんですね。でも良かったじゃないですか」
「?」
「ルイさんの五年間が冒険者として報われて。私も嬉しいです」
「あ‥‥‥」
そうか。そういえば僕、下級とはいえモンスターを倒せるようになったんだ。
そう言われると、急に嬉しさがこみあげてきた。
「……そっか、そうですよね。僕、冒険者でいられるんだ」
ぽかんと開けていた口元が、ゆるゆると弛んでくる。嬉しさと今までの悔しさとか絶望とかが、ごっちゃになって押し寄せてきて、ヤバい。泣きそう。
どうしてこう、ヒヨリさんの言葉は真っ直ぐ心に刺さるんだろ。
って、浮かれちゃ駄目だ。まだ僕はやっとスタート地点に立てただけなんだから。現実を見ろ。
気を引き締めるために頬を叩こうとして、両手がふさがっていて断念。腕の中のモーリーを抱え直して、深呼吸で心を落ち着かせた。
「ゴブリンやキラーウルフくらいなら倒せるようになりましたけど、僕が弱いことに変わりはないです。これから遭遇するモンスターが増えるでしょうし、ヴェスパーで装備が整えられなかったのは痛いです」
僕が素手で倒せるモンスターは限られてる。動く木のエントのようなモンスターが出てきたら武器なしでは倒せない。
「モンスターにあう確率が増えるのは、モーリーちゃんのスキルですね」
「ええ。モーリーのスキルの等級にもよるんですけど‥‥‥無自覚にモンスターを呼び寄せてしまいますから」
ヒヨリさんと僕は辺りを見渡した。今のところモンスターの気配はないけど、いつ出てくるか分からない。
「スキルで使役してしまえばいいのでは?」
「スキルの等級以上のモンスターは使役できません。かといって、下の等級でも絶対に使役できるとは限りません。失敗すれば危険です。たとえ使役できても、何かのはずみで制御が外れてモンスターに殺されることもあるんです」
テイマーのスキルの場合、呼び寄せて好かれるものの、相手はモンスターだ。じゃれたつもりで、怪我をさせられたり殺されることもある。
使役に失敗して、本人や周りの人間がモンスターに襲われてしまうことも多い。
珍しいスキルゆえに、同じテイマーのスキル持ちに教えてもらうことも出来ない。
スキルを制御できないと、無自覚にモンスターを呼び寄せるため、周りの人間に迫害され、殺されてしまうこと。
運良くテイマーとして育っても、等級が低ければろくなモンスターを使役できないこと。
危険なモンスターを使役するという、得体の知れなさ。
それらから、テイマーは極めて珍しい上に嫌われ不遇職だ。
「難しい星の元に生まれてしまったんですね」
ヒヨリさんが、僕の腕の中でうとうとし始めたモーリーの頭を撫でた。小さな体がどんどん温かくなって、重くなってくる。寝ちゃったな。
「そうですね。モーリーがテイマーのスキルを上手く使えるようになるまで、守ってやらないと。でも、F級の僕じゃ守りきれるかどうか」
引き取る、なんて大口叩いたものの。僕じゃ力不足だ。
E級の昇格試験はゴブリンの討伐だから、今の僕は試験さえ受ければE級だけど。ぶっちゃけF級とE級に大きく差はない。
「いや、弱音吐いてる場合じゃないですね」
ええい、しっかりしろ、僕。
自分が弱いのは分かっていたことだ。
弱くて何にも持っていなくても、この子を引き取るって決めたんだ。僕にできる最大限で守ってやらないと。
「とにかく、町に行きましょう。装備が整えば少しはマシです」
うしっ! っと気合いを入れる。腕の中のモーリーを起こさないように、気持ちだけ。
「ソラ」
うにゃん?
「背中に乗せて飛んでくれる?」
んな~お。
普通の猫サイズになっていたソラが、大きくなる。
「ありがとう。助かるよ」
感謝を込めて喉を撫でると、ゴロゴロという音が響いた。
良かった。喜んでくれた。こういうところは普通の猫と一緒なんだな。ふふ。音はでかいけど。
「いいんですか? 高いところ苦手だったんじゃ」
乗りやすいように伏せたソラの背に腰かけると、僕の後ろに座ったヒヨリさんが小首を傾げる。
「苦手ですけど我慢します。今までは町と町の距離がわりと近かったんですけど、次の町はかなり遠いんです。歩きだと何日もかかります」
小さな子を抱えて食料も道具もなしに野宿はきつい。
空を飛べば丸一日かかる距離もあっという間だった。数日の距離でも多分、一日もしくは数時間で着くんじゃないかな。
「それに、モーリーのことを考えると、守りの固い大きな町の方がいいので、二つ先の町カストルムまで行かないと」
カストルムは城塞都市だ。モンスターの襲撃に備えた頑強な防御壁だけでなく、町を守る近衛兵や冒険者の数も多い。もし、モーリーがモンスターを惹きつけてしまっても安心だ。
「よし、じゃあソラ、お願い」
んなぁ~。
意を決して声をかけたのに、ソラは鳴いただけ。ひげをさわさわと動かし、吸い込まれそうな青の瞳を後ろに向けた。
どうしたんだろ?
不思議に思ってソラの視線を追いかけると、男の子が立っていた。あの子は確か。モーリーの両親といた子だ。
「……君はモーリーの」
「……違う!」
男の子は眉を吊り上げ、眉間にしわを寄せた。
「そいつなんか、いもうとじゃない!」
吠えるように否定して、握りしめていた袋をずいっと突きつけた。この子の手や顔は、モーリーと違って肉付きがいい。
「やる!」
「え?」
「あくまがいなくなってせいせいした! もうかえってくんな!」
反射的に受け取ると、男の子はくるりと背を向けて数歩走る。ぴたっと止まってから、肩ごしにモーリーを見た。
「そいつ。なぐったりしたら、モンスターにくわれるんだからなっ」
「……うん。殴ったりしない。約束する」
「……」
男の子はもごもごと言葉を飲み込み、僕を睨むと、小さな体を膨らませて叫んで。
「やくそくだからなっ! ばぁか!」
走り去った。




