12.悪魔の子
森を少し歩くと視界が開け、ヴェスパーの町が見えてきた。
規模は違うけど、基本的に町や都市は外側に開墾した農地が広がり、内側に壁に囲まれた居住区があるのが一般的だ。居住区の中心には教会。教会を中心に放射線状に広場があり、市が立っている。小さいけれどヴェスパーもその一般的な町だった。
農地では数人が作業をしていて、森から出てきた僕たちに気づいた。
街道を通っているから僕たちは一般的な旅人に見える。僕はちょっと服がボロボロだけど。道中で盗賊やモンスターに出くわしたといえばおかしくないし、みんなそう思うだろう。
と、思っていたのに。
農作業をしていたおじさんの視線がちらっと僕たちに向けられて、また普通に作業に戻ろうとしてから。僕が抱いているモーリーに向いた。
「ちょっとあんた」
「はい」
腕の中のモーリーがびくっと震えた。僕にしがみつくモーリーの小さな手にぎゅっと力がこもる。
「あんたが抱いているそいつはまさか」
土まみれの手袋の指先が、モーリーを差した。おじさんの声に他の人たちも作業の手を止める。
僕はしっかりとモーリーを抱え直した。
なんだか嫌な感じだ。異変を感じてヒヨリさんも僕に身を寄せる。
「おい。悪いことは言わない。今すぐそいつを森の中に戻しな。でないと町には入れられない」
モーリーを知っているということは、やっぱりヴェスパーの子だったんだ。だけどこの態度はどういうことだろう。
「どうしてですか。こんな小さな子を森の中になんて居させられませんよ」
僕の眉間と声に力が入った。
子供を森の中に放置だなんて、死ねと言っているようなものだ。
「そいつはモンスターを呼ぶ悪魔だ!」
そうだ、そうだと他の人たちが口々に同意する。
「この子は悪魔なんかじゃありません」
知性ある悪魔系のモンスターはいるけど、人間とは外見が違う。この子は人間だ。
「いいや、悪魔だ。そいつがモンスターを呼ぶんだ!」
「そいつがいるとモンスターが寄ってくるんだ」
「そいつが生まれてからモンスターの被害が増えた。おかしいと思ってたが三年も気づかなかった」
「モンスターが?」
腕の中のモーリーに視線を落とす。モーリーは僕の腕の中でかわいそうなほど震えていた。
そうか。モーリーは。
どうして、小さな子が一人で森にいたのか。
どうして、スタンピードでもないのに、多数のモンスターがこの子を追いかけていたのか。
どうして、どう考えてもこの子が走る速度よりモンスターの速度が速いのに、僕が駆けつけるまでモンスターから逃げおおせていたのか。
その謎が嫌な方向に解けた。
「どういうことですか、ルイさん」
隣のヒヨリさんがこそっと耳打ちしてきた。
「この子はおそらくテイマーの卵です」
「テイマーって、モンスター使い、ですか?」
「そうです」
ヒヨリさんの世界にはないと思うんだけど。テイマーが通じるんだな。
「テイマーは迫害されるものなんですか」
その答えはイエスともノーとも言える。
「モンスターを使役するテイマーのスキルは、モンスターに好かれ、呼び寄せるスキルもセットです。スキルは生まれた時からあるもので、任意で使うものと自動で発動するものがあるんですが、モンスターに好かれるスキルと呼び寄せるスキルは自動発動です」
誰もが生まれた時からスキルを持っているけど、生まれた時から上手く使えるわけじゃない。早けれは物心がついてから。遅くとも成人する15歳までには発動できる。
でもテイマーのスキルのように自動発動のスキルは、生まれた時から勝手に発動する。
モーリーが生まれてからモンスターの被害が増えたのは、そのせいだ。
「しかもテイマーはものすごく希少な存在で、ほとんど知られていません。スキルの扱い方を知る人はほぼいません」
実際には少し珍しいくらいなんだろうけど。テイマーとして活躍できる人はほぼいない。僕はたまたま、両親の知り合いにいたから知っているだけだ。
「スキルを知らない人間からすると、テイマーはモンスターを呼び寄せる不吉な存在です。そのため忌み子として殺されたり迫害されることが多いんです」
モーリーは誤って森に入ってしまったのでも、両親とはぐれたわけでもなく、捨てられたんだ。
「モーリー!!」
騒ぎを聞いたのか、門から人が走ってきた。先頭の男女がモーリーの名を呼んだから、両親だろう。
「この悪魔! どうして戻ってきた!」
「ごめんなさい!」
悲鳴のような謝罪から、モーリーの扱いが知れる。
「モーリーちゃんのご両親でしょうか」
「違う! そんなやつ、うちの子なんかじゃないっ。うちの子はティムだけだ!」
「そんな悪魔なんて産んでないわ!」
二人の側にはモーリーの兄だろうか。男の子が憎しみと悲しみの混じった複雑な顔で立っていた。
「出ていけ」
男が手を振り上げ、石を投げた。
「っ!」
咄嗟に体の向きを変えて背中に受ける。痛っ。
「モーリーは悪魔なんかじゃありません。テイマーのスキル持ちなだけです。適切なスキルの使い方を覚えれば……」
「おい、も、モンスターだ!」
振り返ると森からキラーウルフが走ってきていた。くそ。またスキルに呼び寄せられたんだ。
「ほらみろ! 悪魔だ」
「悪魔の子が仲間を呼んだんだ」
「こいつがいるからっ」
「『ぽかぽか』『防御壁』」
町の人たちが次々と投げ始めた石を、ヒヨリさんのスキルが止めた。
「落ち着いて下さい。キラーウルフはそんなに怖くないモンスターじゃないですか。倒せばいいだけのことです」
群れで狩りをするキラーウルフは、単体なら少しだけ強い犬だ。
「うるさい! 悪魔は出ていけ」
それでも投げることを止めない。バラバラと石と悪意が降り注ぐ。
くそ。この人たちの方がよっぽど悪魔じゃないか。
「モーリー。しっかり僕に掴まってて」
低くささやいて、僕は彼らに背を向けたまま片手をあげる。
「気味悪いなんてありゃしないっ。あんたなんてあたしの子じゃないっ! 産むんじゃ「言うな!!」」
ドン!
前から迫っていたキラーウルフに、拳を振り下ろした。
『キラーウルフを倒しました』
しん。
石と暴言を投げていた人たちが静かになる。
「悪魔はあなた方です。モーリーは、悪魔じゃありません」
モーリーが頼るべき親が。モーリーを守るべき親が。悪意を向けて殺そうとするなんて。
腹が立って腹が立って、煮えたぎるように熱い。
人は異端を嫌う生き物だ。得体の知れないものを排除しようとする。
たった一人スタンピードを生き残った僕も、散々と周囲から不吉な子供だと言われた。でもそんな時いつも両親が怒ってくれて、守ってくれた。S級冒険者だったから威圧でひどいことになったり、物理的に吹き飛ばすこともあったけど。
そんな風にしてくれたから、心無い言葉に傷ついても平気でいられた。
「モーリー」
腕の中のモーリーが、僕を見上げる。黒く澄んだ瞳とかさついた唇が震えていた。
「僕と一緒に暮らさない?」
あの両親は、モーリーを受け入れない。町から追い出し、また森に捨てる。
それでも、どんな親でも、子供にとっては唯一の親だ。モーリーは両親と一緒にいたいだろう。引き離してしまうのは、単なる僕のエゴかもしれない。
「お金はない、家もない。お父さんとお母さんと離ればなれになっちゃうけど。僕が君を守る。大切にするから」
腕の中のモーリーに、片手を差し出した。
お願いだからこの手を取ってほしい。君の人生を背負わせてほしい。
じっと僕を見ていたモーリーが、差し出した手にそっと触れ、ぎゅっと握った。
握り返してから、ぐるりと両親や町の人たちを見渡した。
「モーリーは僕が引き取ります。悪魔の町になんか、いさせられるか」
僕は一文無しで弱くて、子供を育てたことなんてないけど。こんな親と町にこんないさせるよりは何倍もマシだ。
「行きましょう、ヒヨリさん」
「はい」




