11.小さな決意
「それで? なんでこんなことになったんですか? トイレなんて嘘ついて!」
全てのモンスターを倒し終えると、ヒヨリさんが女の子と繋いでいる反対の手を腰に当てた。
うわ、怒ってる‥‥‥。
「すみません」
「心臓が止まるかと思いました。怪我はないですか」
「かすり傷だけです」
ヒヨリさんの手が伸びてきて、僕の肩の破れて血のついたシャツをそっとめくった。本当に大丈夫なのにな。
大きな怪我はレベルが上がった時に治ったから、その後モンスターを殴ってる最中に爪や牙がかすっただけだ。
「良かった‥‥‥『ぽかぽか』『回復』」
そのかすり傷も綺麗に消える。これくらい放っておいてもいいのに。ヒヨリさんは優しい。
「おにいちゃん」
足にぽすんと軽い衝撃。抱きついてきた女の子のぼさぼさの髪を撫でると、茶色の大きな瞳が僕を見上げた。
「いたいの、ないない?」
「うん。このお姉ちゃんが治してくれたからないよ。君こそ痛いとこない?」
「ないない。おねえちゃん、ないないしてくれたの」
「そっか、良かった」
舌足らずで言葉も単語を並べてる感じだ。何歳だろう? よく分かんないけどかなり小さいよね。
粗末な袖のないワンピースにぼろぼろの革靴。こんな恰好で森の中を走ったら傷だらけだっただろう。ヒヨリさんに感謝だ。
「ちょっと移動しましょう」
ヒヨリさんの視線が僕の後ろに移った。
あ、ヤバい。せっかく女の子に血を見せないようにしてたのに。モンスターの死骸だらけだ。ヒヨリさんだって死骸の近くにいたくないだろう。
駄目だなぁ、僕。色々と気が回らない。結局ヒヨリさんを巻き込んで助けてもらったし。
モンスターからは魔石がとれるけど諦めよう。
ギルドに持っていけば買い取ってもらえるんだけど。魔石はモンスターの体内にあるから、取り出すには死骸を解体しないといけない。素手で取り出すのは無理だし、僕も素手でモンスターの体の中を探るのは嫌だ。何よりも、グロい解体をヒヨリさんやこの子に見せるわけにいかない。
「おいで」
両手を広げると今度は素直に腕の中におさまってくれた。ぽんぽんと背中を叩くと、きゅっと僕にしがみついた。可愛いなぁ。
僕の隣をヒヨリさんが歩き、後ろを土雲茸を入れた箱を背中に乗せたソラがとことことついてくる。
「ルイさんっていつもこうなんですか?」
「? こうって?」
「命懸けで私を守ってくれたり、この子を助けたり。他人のために無茶ばっかり」
「まさか」
僕は笑った。
ヒヨリさんは僕を買いかぶりすぎだよ。
「今までの僕はただの役立たずの荷物持ちですよ。誰かを助けるような場面も余裕もなかったですよ」
「今回だって余裕なんてなかったでしょう?」
「う‥‥‥それは」
じとっとした目で返され、言葉に詰まる。
確かに余裕なんてなかった。僕は最弱だから。
二の句が継げない僕を、片眉を上げて見つめたヒヨリさんは、ふう、と息を吐いた。
「今度は私も連れて行ってくださいね」
「え?」
「モンスターに囲まれて、血だらけのルイさんを見た時。死んじゃうんじゃないかって、すごく怖かったです」
眼鏡の下の黒い瞳がじわっと潤んだ。
「私、小学校の頃に両親を事故で亡くしていて。スピードを出し過ぎた車が前から突っ込んできたんです。私は後ろに乗っていたから助かったんですけど、両親は血だらけで。私は何も出来なくて、冷たくなっていく両親にくっついて泣くしかできませんでした」
「‥‥‥」
ヒヨリさんのスキルがあらゆるものを温める『ぽかぽか』なのは、この時の経験からなのかもしれない。
「もうあんな思いは嫌です。戦力にはなれなくても、回復と防御はできます。だから私も一緒に戦わせてください」
決意の光を宿した黒い瞳が眩しくて僕は目を細めた。こんなに強い人だったんだな。僕なんかよりもずっと。
ああ、強くなりたいな。守りたい人を守れるくらいに。今度こそ守られるんじゃなくて、守れるように。
僕は抱いている女の子の体の下で拳を握った。
なりたいじゃなくて、強くなろう。この人の光にかすんでしまわないように。
拳を開いて女の子を抱え直し、僕は笑った。わざと明るい声で言う。
「じゃあ次の町で冒険者の登録しましょうか」
「本当ですか! あ、でも私この世界の戸籍がないですけど大丈夫なんでしょうか」
「戸籍?」
戸籍ってなんだろう。僕が首を傾げると、ヒヨリさんが目を見開いた。
「身分証明というか。生まれた時から死ぬまでの記録というか。名前とか住んでいる場所、親族関係なんかを登録しているんです。私の国では、戸籍がないと就職できなくて。冒険者って職業ですよね?」
なんと。ヒヨリさんの国では国民全員に戸籍があるらしい。国に国民全ての情報を登録されているなんて。すごい国だな。
便利そうだけど何をするにも管理されていて大変そうでもある。ちなみに戸籍制度がない国もあるそうだ。
「この国に戸籍なんてないですよ。一応、教会に届けは出しますけど。だから冒険者の登録は誰でも何の証明もなしに出来ます」
「じゃあ大丈夫ですね」
ヒヨリさんがほっとした顔で胸をなでおろす。ふふ。結構表情豊かな人だな。
「それよりこの子どうして一人で森の中にいたんでしょう。迷子でしょうか」
そうなんだよね。こんな小さな子が一人で森にいるわけがない。
「ええと、名前を教えてくれるかな」
「モーリー」
「モーリーちゃんか。どうして一人でいたの? お父さんかお母さんとはぐれたのかな」
「‥‥‥」
あれ。黙っちゃったってことは、違ったのか。言いたくないのかな。もしかしてご両親に内緒で遊びに来てたとか? それとも小さいから分かんないのかな。
でも困ったな。家に帰してあげないとご両親が心配してるだろう。
「モーリーちゃんはヴェスパーに住んでるの?」
「‥‥‥」
これにも答えがない。うーん。まだ小さすぎて町の名前を知らないんだろうか。
モーリーの背丈は僕の腰より下。まだ三歳くらいじゃないだろうか。この年齢ってどれくらい分かるんだろう?
「この近くってヴェスパーの町しかないんですよね?」
「ないですね。町と町の距離は大人の足で一日くらいです。こんなに小さな子が他の町から来たとは思えませんから、ヴェスパーの子だと思うんですけど」
ヒヨリさんと僕は、辺りを見渡した。もし両親と一緒にいてはぐれたのなら、探しているはずだけど。人影もモーリーを呼ぶ声も聞こえない。
一人だけで森にいたこと。平民にしてもボロボロの服装。痩せた体。嫌な違和感が心をかすめたけれど。
「とりあえず町に行ってみます? 町の人に聞けばこの子の家がどこか分かるんじゃないでしょうか」
「ですね」
もしも両親と森ではぐれたんだとしても、家に戻っていないか確認しに町に戻ってくるだろうし。行き違いで、すでに町に戻っているのかもしれない。
町にさえ行けばこの子の知り合いもいるだろうから、なんとかなる。
「はあ。やっと服が買えますね。ヒヨリさんの靴も……って、あ! 結局上着を靴代わりにしてる……!」
「ふふふ」
この時はそう、軽く考えてた。




