10.どうなってるんだ?
森の中をひた走る。段々と音が近づいてくる。
木の枝や葉が、肌を擦って小さな傷を作るけど無視。獣道ですらない森の道なき道だけど、僕は慣れっこだ。
見えた!
うわ。嘘だろ。思ったより数が多い。
小鬼のゴブリン、二足歩行の犬のコボルト、凶暴化した狼のキラーウルフ。他にも土ネズミやら何やら色々。それらがざっと三十はいる。
スタンピードには程遠いけど、異常な数だ。
群れで狩りをするモンスターならともかく、そうでないモンスターがたった一人を追いかけるなんて。なんでだ?
いやまあ、そんな疑問は後だ。後。
それよりどうしよう。僕が一、二匹引き付ける作戦、無理かも。追われている人は‥‥‥え? 子ども!?
モンスターから逃げているのは小さな女の子だ。細くて小さな足で一生懸命森の中を走っている。
助けなきゃ。
僕の中から迷いが消えた。恐怖とか、無謀とか、逃げ切れるかどうかとか全部頭から吹っ飛んだ。
「おいで、こっちだ!」
逃げる女の子の隣を走って両手を広げた。
これだけの数のモンスターの何匹かを引きつけたところで意味がない。しかも女の子は僕の腰より背が低く、走る速度も遅い。僕が数匹引きつけても、別のモンスターに女の子が襲われてしまう。
女の子の目が見開かれた。うるうると涙が盛り上がり、瞳が揺れる。いやいやをするように、小さく首が横に振られたけど。ごめん、説得する時間なんてない。
モンスターたちからかっさらうように、女の子を抱き上げた。軽い。
「もう大丈夫だよ‥‥‥うわっ」
女の子を抱き上げた途端、二足歩行の犬が噛みついてきたのを避ける。
『敵意を認識しました。A級スキル『不屈』が発動します。全ての能力値が敵とあなたの能力値の差分の30%アップします』
『B級スキル『目標達成』が発動します。50%運が上昇します。現在の目標はモンスターからその子を守ることです』
「えっ?」
なんだ!? 耳鳴り? しゃべる耳鳴り!? スキルがどうのとか聞こえたんだけど。僕にスキルなんてないぞ。
ヤバい。僕おかしくなった……? そういや、ドウェインたちから逃げる時も、何か聞こえてたし。朦朧としてたからよく覚えてないけど。額をかち割られてたからなぁ。その後遺症とか?
「うおっと」
ゴブリンが振り回したこん棒を、体を捻ってかわし。ついでに蹴りを入れる。
殺せない分、ちょっとでも抵抗して距離を稼ごう‥‥‥って、え? え?
『あなたよりレベルの低い敵のため能力値は上昇しません』
蹴って後ろに弾き飛ばそうとしたゴブリンの腹がぼこっとへこんだ。その後ものすごい勢いで後方に吹っ飛び、ぴくりとも動かなくなる。
『ゴブリンを倒しました』
えええええええ?
「僕が、モンスターを、倒せた?」
ゴブリンは誰でも倒せるモンスターだ。それこそ冒険者じゃない人でも、なんなら子供だって一対一なら倒せるくらい弱い。このモンスターの怖さは一匹の強さじゃなく、悪賢さと集団にあるからだ。
だけど僕はどんなに殴っても、剣で斬りつけようとも倒せたことがない。
殴っても驚くほど手応えがなく、剣で斬ってもなぜか浅い傷しか負わせられなくて、しかもすぐ回復する。そんな現象は僕の他に誰も起きたことがなく、はたからは怖気づいて殴れていない、斬れていないように見えるらしい。
両親は僕が優しすぎるからだと慰めてくれ、他人からは臆病者と蔑まれた。
それなのになんで。
『あなたよりレベルの低い敵のため能力値は上昇しません』
頭の中が大混乱の間に、噛みつきにきたコボルトの顎を反射的に片手で殴る。
『コボルトを倒しました。レベルが上がります。全ての能力値が1ずつ上昇』
殴られたコボルトがそのままひっくり返って動かなくなった。嘘‥‥‥。
というか、レベルって何だ?
「おにいちゃん!」
「うっ」
鋭い木の枝が僕の肩を貫いた。動く木のモンスターだ。うわわ、ヤバい、こいつはD級。ドウェインたちは雑魚扱いしてたけど、F級の僕からしたら格上なんてもんじゃない。
『あなたよりレベルの高い敵です。能力値が上昇します』
「おにいちゃん、いたい、いたい?」
腕の中の女の子が小さな手でぎゅっと僕のシャツを握った。
「痛くないよ。大丈夫、守ってあげるからね」
ああもう。ごちゃごちゃ考えるな。
女の子を負傷した方に抱え直し、肩に刺さった木の枝を掴む。
「こぉっんのうおおおおおっ!」
肩から引き抜き、渾身の力をこめてそのまま木のモンスターを、モンスターたちの上にぶん投げた。うまい具合に一角獣モンスターの角にぶち当たり、木のモンスターが真っ二つに折れる。折れた木の幹が近くのモンスターたちを下敷きにした。
『エントを倒しました』
『一角獣を倒しました』
『土ネズミを倒しました』
『ゴブリンを倒しました』
『コボルトを倒しました』
『レベルが3上がります。全ての能力値が9ずつ上昇』
ラッキー。木のモンスターのおかげで敵が半分になった。しかもなぜか体も軽くなって、なんだか力が湧いてくる。
攻撃できないから逃げるしかなかったけど‥‥‥。
ちらっと町のある方向を見る。
ここからヴェスパーの町までは近い。走れば逃げ込める。だけど、近いからこそモンスターを振り切るのは無理。町にモンスターを連れ込んでしまう。どんな町も壁で囲ってあるし、モンスターに対処する門番もいるとはいえ、迷惑をかけることになる。
攻撃できるのなら、なるべく倒したほうがいい。
折れて手に残ったモンスターの枝を構える。先端がとがっているから槍代わりになるはずだ。
なぜか肩の痛みもなくなってるし、いける。
「ちょっとの間、目をつむっててね」
良かった。素直に目をつむってくれた。小さな子に血を見せたくないもんな。
「よし、来い!」
僕は来いといいつつ、自分から飛び込んだ。来いっていったのは勢いっていうか気持ちの問題だ。
木の枝が、丁度口を開けて向かってきたキラーウルフの喉に刺さる。げっ。深く刺さって抜けない。
『キラーウルフを倒しました』
横と後ろから噛みつかれた。勢いよく腕を振って噛みついていた土ネズミを振り払う。背中のキラーウルフは、思い切り後ろに跳んで背中と木の幹ではさんだ。ぐしゃっという嫌な感触と激痛。
『土ネズミを倒しました』
『キラーウルフを倒しました。レベルが上がります。全ての能力値が1上昇』
腕と背中の痛みが消えた。体も軽くなってる。どういう原理か知らないけど、レベルが上がると傷が治るのかな。
「『ぽかぽか』『回復』!」
木の枝は諦めてゴブリンを殴ったところで、ふわっと体が温かくなった。
「ヒヨリさん!? なんで」
「なんではこっちのセリフです! 何やってるんですか『ぽかぽか』『防御壁』」
後ろからやってきたのは、猫サイズのソラとヒヨリさんだ。防御壁にぶつかり、キラーウルフが「ぎゃん!」と鳴いて弾き飛ばされた。すごい。シャルロットの魔法は防げなかったけど低級モンスターなら十分防げるみたいだ。
「遅いし、すごい音がするし。なんでまた怪我をしてるんですか!!」
「え、いや、怪我はしてないです」
したけど治ったから、今怪我はない。
「血だらけじゃないですか! 『ぽかぽか』『防御壁』」
「これは治ってて」
ヒヨリさんは眉をきゅっと上げて怒りつつ、スキルで防御壁を展開する。
華奢で綺麗で、ちょっと儚そうな美人さんだと思ってたけど。ヒヨリさんって戦闘の才能もありそう。
「すみません、ちょっとこの子お願いします」
結局巻き込んでしまって申し訳ないけど、正直助かったしすごく心強い。
抱えていた女の子をヒヨリさんに預け、残りのモンスターを殴り倒した。




