東京駅には何もない
秋葉原を抜け、神田を通る。この辺りには何もない。
「ほぼ平原だ。何もない。東京駅の方向も何もない」
日和が何気なくつぶやいた。この周辺には何もないのだ。
「ねぇ、泰子。時間かかるかも知れないけど、住之江まで行かない」
「はい。何か残ってるかも知れませんね。ボートレース場とか」
「あはははは。ボートレース場か。あの向かいに住之江公園あるでしょ。あそこの池にチャッピー、落ちたのよ。犬なのに葉っぱで滑って。鈍臭い」
「あれは言わないで」
チャッピーが叫んだ。
「チャッピー、あなたちょっと偉そうにしてるけど、私はあなたの命の恩人よ」
「ぐぬぬぬ」
「住吉公園に池あるでしょ、泰子ちゃん」
「はい。渡れる石が置いてあります」
「あそこでも落ちたのよ」
「ピーコ、うるさい」
チャッピーは顔を真っ赤にした。
「それなのに人間になったら私に仕返しっておかしくない」
「おかしいです」
「だってえ、ピーコが鬱陶しいかったんだもん」
チャッピーが言った。
「泰子とエレンは仲が良くていいわねぇ」
「生まれた時からお世話してますから」
「ゴロニャーン」
とリドが日和の膝の上に顔を乗せてきた。
「あなたは可愛くないのよ。なぜか」
日和がギューッと耳を引っ張った。
「あれ、やっと村が見えて来た。だいぶ走ったね。たぶん、横浜も越えてるわ。ミー看板読んで」
「ツルマキです」
「ツルマキね。思いっ切り日本語っぽいけど」
日和たちは秦野の手前の鶴巻温泉まで来ていた。住之江区民には全く縁のない地名だった。おそらく今でも認知度はほぼゼロだろう。
「へーっ、温泉があるのね。昔からあるのかしら。とりあえずここで休憩しましょう。泊まっていきましょう」
日和が言うとリドが一番先に馬車から降りた。
そのリドを見て村を歩いていた人たちが目を止める。
「美人だ。すごくきれいな人だ」
「あんな美人見たことない」
「わあっ、キレイキレイ」
その言葉がリドの耳に入ってリドはキリッと表情をしめる。
どこかモデルのようなポーズを取っている。
「なんか調子乗ってる。このままどうなるか放っておこう」
と日和が言った。すると三人組の男たちがやってきて
「すみません。あなたの命をください。生贄になってください」
と言った。
「エーッ」
日和があわてて馬車を飛び降りた。