恐怖、再び
入学式から数日が経ち本格的な授業が開始。県内でもそれなりの進学校を誇るだけあり授業スピードはなかなかのものだ。とはいっても平々凡々な俺は何とか授業についていけている。入学前にリア充を目指して勉強していた効果がここで生きてくるとは思ってもいなかった。
各々の勉強レベルはというと悠馬は少し勉強ができないようで苦手なのが数学。桜さんはというと全般的に平均よりも勉強ができる。シャルは逆に全般的に勉強ができずに馬鹿を晒していた。三人とも中学まで海外で生活してきていたのに日本語主体の授業に戸惑うことなく授業を受けていた。
あくまで生活を送るうえで支障がないだけで専門的に必要になる日本語は困惑していた。特に国語。今は現代文なので本格的には絶望してはいないようだ。次に困惑していたのは英語、高校ではコミュニケーションイングリッシュともいうのだが日本の英語は米国式を基準にしているので大きな違いはないものの細かな違いに戸惑っているようだ。さらに困ったのは社会。世界史はともかくとして日本史は一切触れてこなかった彼らにとって予備知識ゼロは戸惑っていた。ただ、歴史系は基本的にサブカルチャーでは基本的に題材にされることが多いのでシャルは大喜びで授業を聞いていた。
数学と物理、化学、生物は要所要所が日本語なだけで基本的には世界共通で形成される知識体系なので特に困惑していた様子はなかった。
そして放課後。
二次研に向かう道すがら。
「想像していた通りの授業だった。三人は大丈夫だった?」
「大丈夫よ私は」
「数学が少し苦手だけど、多分大丈夫」
「へ、平気」
と三者三様の反応を示したものの今すぐに困るよなことはないからこそ慌ててはいないいみたいだ一人を除いて。
「先輩にサイクリングのこと言わないとなー」
「そうだね、でもダメって言われることはないんじゃないかな?」
「それもそうだな」
「平気平気」
「シャルはもう少し反省してくれ」
「「それな」」
「WHY」
一切反省の色が見えないシャルを先頭に二次研の部室へと向かう。
「そういえば部室はどうした?」
「申請してないよ。基本駐輪所でいいかなって活動するときも休日なら家から集合でいいし、整備とか必要になったら私の家ですればいいし」
もしかしてシャルの家は金持ちなのか?
「それ以前に俺、自転車持っていないんだけど」
「私も」
「俺も」
「嘘」
この話を聞いた時にシャルは本気で驚いていた。
「シャル、日本って結構自転車に向いていない土地なんだよ。あんまりスポーツバイクは持ってないよ」
「計算違いだったわ」
ショックで立ち止まったシャルを置いて俺たちは到着した二次研の部室へと入る。
入部見学に来た時と同じように真っ暗闇だった。
「おかしいな今日は三年生の方が速く授業終わってるはずなんだけど」
前回同様に窓にカーテンがかかっていて部屋の中はほぼ見えない。ところが何かの気配だけを感じる。ゴソゴソという物音が奥の方から聞こえる。
「何?何がいるの?」
少し怖がっているシャルと桜さんと悠馬。何を想像しているのかは分からないが本気でビビっている。
「ジャパニーズホラー」
そのシャルの一言で三人が何を怖がっているのかは分かった。海外ではジャパニーズホラー。日本のホラー系は海外のそれとは少し方向性が異なっているために注目されているという話は本当のようだった。風の噂でしかないが日本人頭おかしいとのこと。基本的に創作物に限って言えば日本人は頭のおかしいレベルのものを作るところはある。
「へ、平気だって」
三人の恐怖が移ったのか少しどもる。
「ううううう」
部屋の奥からノソノソと動く物体から地底の奥から聞こえるような地響きのようなうめき声が聞こえた。そしてその声の主はこちらへとゆっくりと這うように近づいてくる。
「ま、ま…ぶ、まぶしい」
「キャアアア」
明かりに出てきた姿は長い黒髪を垂らし、その顔は見えず隙間から見える瞳は充血しこけた頬は青白くさながら井戸から出てきたばっかりのような姿だった。
その姿にあり得ないと思っていた俺も少し息を呑んだ。
「まぶしい」
「へ?」
はっきりとそう口にした幽霊は扉を閉めろと言わんばかりに腕を動かす。よくよく見ればその幽霊は死に装束ではなく、俺たちと同じ学校制服だった。
「眩しいから閉めて」
「あ、はい」
呆気にとられたせいでついつい扉を閉めてしまう。光がなくなったことに安心した幽霊さんは再び部室の奥に戻り地面と一体化し動かなくなった。
その姿に俺たちはさらに困惑する。
「えっと、幽霊じゃない?」
桜さんがこっそりと耳打ちしてくる。
「多分」
正体不明の存在について入口でコソコソと四人で話をしていると勢いよく扉が開く。
「うわっ」
驚いた声を上げたのは部長だった。
真っ暗な部室の扉の前で四人が固まってコソコソとしていたのだ驚いて当然である。
この前のやり返しみたいになったのは少し不本意だったが先輩に今の出来事を話した。
「ああ、ヒメッコか」
「ヒメッコって呼ぶなです」
どうやらまだ意識は表面にいたようで不本意な呼び名に対してため口と敬語が混じった言葉が返ってくる。
暗くしておくように要求していた人物に対して部長は容赦なく部室の電気をつける。
明るくなった部室の奥の方に寝袋に包まる人物がいた。その人物に近寄り部長が揺さぶる。
「新入生に挨拶くらいしろ、あと部室は睡眠部屋じゃないぞ」
「寝かしてくれです。」
「せめて挨拶しろ、先輩だろ」
「ううー」
小さい子供の嫌々を見ているようだった。
その人物は渋々ながら寝袋から這い出、立ち上がる。匍匐前進で近づいて来たときはにはその姿の全貌が見えなかったが今ならはっきりと見える。
平均的な女性の身長ほどで少しばかり丸みを帯びた体系。あくまで肉付きのいいレベル。シャルや桜さんを基準にすると悲惨なことになる。髪型は黒髪ロング、桜さんと同じ髪型だがさっきまで寝ていたせいか少し乱れた髪型をしているものの艶やかな黒。桜さん以上に綺麗な黒髪で小説的な表現をするのならば濡羽色の髪の毛。猫背気味に立ちながらその顔を見る。副部長の雛子先輩が凛とした顔立ちなのに対して目の前の人物はふわっとした印象の顔立ち。犬に例えるならゴールデンレトリバーを想起させる。けれどもその目は充血し、本来であれば綺麗なはずの黒目は生気を失い死んだ魚の目をしていた。
「姫島 佳菜子っス。よろしくっす」
部長から促されてした自己紹介は極めてシンプルで名前のみだった。加えてこちらの自己紹介を一切聞かずに再び寝袋の中へと戻り今度はアイマスクを取り出し本格的に夢の中へと旅をし始めた。
「ごめんな、多分アイツ昨日まで修羅場だったんだと思う」
「修羅場っていうと大変な状況の...」
「シャル、意味はあってるけど細かい部分が違う」
「?」
「ヒメッコ、姫島は二年生で二次研きっての同人作家なんだ。結構有名なサークルの主でな、二カ月に一回同人イベントに参加してる猛者だよ。同時にR18のエロ同人作家でもあってそれについては秘密なんだけどな。そのせいで常に寝不足、授業参加率はギリギリな問題児だ。二次研としては超優秀なんだけどな、睡眠が終わるまで待ってやってくれ。」
「はい。」
「今日は何する?急ぎで何か活動予定もないし好きにしてていいよ。何かしたいとかあったら相談に乗るよ。」
「活動内容じゃないんですけど」
そう言って俺たちはサイクリング部のことを先輩に話した。
結果は何もなかった。分かっていたことだが、元々兼部の多い学校な上、兼部している人数が多い二次研。特にヲタク活動には金がかかるということでバイトをしている部員も少なくはないとのこと。そういう理由もありあっさり了承。優先度も好きにしていいとの許可までくれた。
「好きにしてていいって言ったけどやっぱり前言撤回。どういうことしたいかだけでもふんわりでいいから話でもしよっか。」
少し不安な提案が部室をよぎる。