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3話 嫌われる覚悟を彼女は持てるのか否か


 『試験』弐が開始する。

 それが分かったのは、先ほど中学校の校庭だった景色が、黒一色の景色に代わってしまったことだ。

 そして先ほどと違うのは、眼前に私のお母さんがいることだった。


「えっ?」


 勝手に足が歩みを進めた。理解できない。自分と思っていない方向に足が向き、勝手に歩き出す。


「夕子ちゃん!」


 いつの間にか、手を握っていたはずの手が離れていた。

 そして、その手には――刀を持っていた。あの刀――幽霊を崩壊させるほどのチカラを持っていた。


「どう……して?」


 そう思ったが、なんとなく分かってしまった。現実において、幽霊に対抗しようとして幻想から刀を取り出せた。

 この場所なら、刀を取り出すことは容易だと分かっている。

 そして当然、実の母をその刀で殺すことくらい簡単だ――それが現実に目の前で起きることも理解していた。


「や、やだっ……!」


 どれだけ力を入れようと思っても、足が言うことを聞かない。

 お母さんは泣いていた。「嫌だ嫌だ!」と暴れながら――。

 私は逃げることはない――逃げることができない。それが――たとえお母さんじゃないと理解していても、リアリティが、現実感が、偽物だということを拒む。だからこそ、ホンモノにしか見えない。

 どこからか声が聞こえる。


「*荒療治だ。絶対に一回は殺すことになっている。じゃないと、お前は現実に戻れない――ハルにも会えない。*」


「やだ!」


 どれだけ暴れようという意思があっても、無抵抗のように歩みを進め、肉薄してしまう。

 そして、お母さんの目の前に来てしまった。

 勝手に、腕が上がる。刀を持っている。――このあとのことを簡単に想像できてしまう。


「やめて! お願いだから……。私に人殺しをさせないで! 誰か!」


「夕子ちゃん、刀を振り下ろしちゃ駄目だ!!」


 委員長は体も固定されているのだと知っている。それはここが、私の世界だから。喋ることはできても止めることはできない。

 ……。

 助けは誰も来ない。そう理解してしまった。


「お願いだから……やめて……」


 助けがないと分かっても、私は助けを求めてしまう。

 人を殺してからが本番だと、誰かが囁き、その通りだと知っているのに、それでもこんな行動を拒否したい。

 お母さんをみずからの手で殺せばどうなるのか、私は既に痛感している。

 痛感していても私は動作を止めない――お母さんを殺す動作を止めない。


 私は上げていた腕を振り落とし、お母さんの身体を真っ二つに斬ってしまった。


***



***


 あたしはその場面を絶望しながら見ていた。

 イマジナリーフレンドと幽霊の誤認をし続けた代償はこれほどの――想像を絶するほどに酷い。人間として、その異常な誤認は禁忌中の禁忌だったのだと眼前の姿を見て痛感する。

 あの人の言うことは真実だった。そして想像以上の覚悟が必要だったのも理解していたはずだ。あたしがしなければいけないのは、『このあと、母を殺した夕子ちゃんに、どうにかして、彼女を勇気づけ、試練を乗り越えられるか』――これを問われているはずだ。

 そうじゃなければ先ほどの状況、あたしは彼女を助けるために全身全霊をもって人を殺さないように試行錯誤するのが目的だったはずだ。

 しかし、あたしは恐らくルールによって身体は動かず、夕子ちゃんは人を殺した。殺したと言っても、自分の空想内でだけど、夕子ちゃんの感覚はいくらかあたしにも流れ込んでいた。

 彼女は悲しみと苦しみと痛み――様々な感覚感情と戦うことをしなかった。現実逃避が慣れきってしまった結果、向き合うことをしなかった。

 だからあたしがすべきことと言えば、彼女に向き合い、話し合い、励ますことだ。口で言うのは簡単だ。だけど、実の母を殺したあとに励ましても、彼女は果たして現実に立ち向かうことができるのかあたしには分からない。

 だけど、やるしかない。


 眼前――二十メートルほど先で彼女は人を殺した。相手は夕子ちゃんの声から夕子ちゃんのお母さんだということは理解した。


「…………」


 あたしは足取りが重くなっていたが、一歩ずつ歩い、夕子ちゃんのもとにたどり着く。


「私のせいで……、お母さんがっ……!」


 ……あたしは話しかけなければいけない。それがあたしの役目だ。

 なのに。

 夕子ちゃんに話しかける勇気がなかった。あれほど夕子ちゃんを助ける覚悟があると言ったのに、彼女が苦しそうに泣き、あたしは何を話せばいいのか、分からない。

 彼女を慰めればいいのだろうか。ここは空想の世界だから、貴方が殺したと思っていたものも幻想だと言えばいいのか。

 いや、これは駄目だ。夕子ちゃんを慰めるというのは、根本的な解決につながらない。『試練』を乗り越えなければいけない。それが夕子ちゃんに課せられた罪を洗い流す方法――なら、慰めるのは最悪な方法だ。

 でも、そうなると夕子ちゃんに対しどう言えばいいのか――、


「イマジナリーフレンドのあたし! ――ハルちゃんの登場! だよ!」


「え?」


 目の前に現れたのは――長髪黒髪。容姿があたしと似すぎている。

 これは、いや、この子が、


「あたしを模したイマジナリーフレンド……」


「そそ、正解ピンポーン! 貴方から形成されたイマジナリーフレンドことハルちゃんだよ!」


 どうして急に現れたんだろう。それ以前に、あたし以上にハイテンションなので、質問しにくいテンポで話している。


「手短に話すねー。ゆーちゃんは今、あたしのこと見えてないんだよねー。あたしがイマジナリーフレンドだって知っちゃって、だからあたしの存在そのものが否定されて、見ることが叶わなくなってる。でもねでもね! 貴方が頑張ってくれれば、あたしはまた、ゆーちゃんに会える! だから委員長、頑張ってー!!」


 急に顔を近づけながらそうはなすハル。彼女と会ったのは初めてだったのに、あまりにも、近すぎて――あたしに近すぎて、この目の前の人が、あたしによって作られたイマジナリーフレンドだと理解した。

 ……それにしても。

 頑張ってほしいって、なんて無責任な……。あたしだって、頑張りたい。だけど、この状況で――夕子ちゃんが泣いて、地面につっぱいている状態で、絶望している状態で何を言えばいいのか分からない。


「あたしはイマジナリーフレンドだから難しいんだけど、仕方ないから委員長――貴方にアドバイスをし(たぁ)あげる!


 ――ゆーちゃんを怒ってあげて。



 その一言は、あたしの胸に突き刺さる。

 夕子ちゃんを怒る。確かに、そういう考えも頭のどこか――片隅にはあったと思う。だけどそれをしたら、


「それこそ夕子ちゃんが死んじゃうかもしれない……」


 あたしはそれが嫌だった。

 できれば彼女を傷つけずに助けてあげたい。


「悪いけど、ゆーちゃんのためだからちょっと叱るね、委員長。ゆーちゃんはもう、荒療治しないと治らないんだよ。そのために『試練』が発生した。罪を償うにはこの最悪な『試練』を乗り越えないといけない。『試練』弐で終わらない場合――あたしもどうにかなるか分からない。だけど、ゆーちゃんを叱ることをしないといけないのは間違いない。

 そして叱ることができるのは――貴方だけなんだよ、委員長。貴方がこの世界で唯一、ゆーちゃんの人格及びイマジナリーフレンドとは違う存在――ゆーちゃんの思い通りにならない存在なんだ。だからこそ、貴方しか叱る人はいない。

 ゆーちゃんを叱るなんて、あたしにはできないけど、それでも委員長ならできるって信じてる。信じてるってのは、今までの委員長の覚悟を読み取って、それで言ってるんだよ。大丈夫、委員長なら、きっとゆーちゃんを助けられる――頑張れ、委員長!」


 腕を前方に出し、サムズアップ。

 ハルはそのまま消えてしまった。

 ハルが消えてしまった事態――これは、夕子ちゃんの世界そのものが崩壊する前兆なのかもしれない。夕子ちゃんを早く助けないと。


 あたしはハルに言われたことを思い出し反芻する。

 あたしは、怒るのは嫌いだ。例えば先生が怒っていたりして、特に理不尽に怒るのを見ると、それが脳裏に焼き付き、夜中に思い出し、吐くほど――怒りという感情が苦手だ。

 だから、まったく怒らないハルという存在を作り上げるのも、夕子ちゃんにとっては簡単だったんだろう。


 あたしは、これから苦手なことをしなければいけない。どれだけ稚拙だと外部に笑われてもいい。でも、彼女を――夕子ちゃんを救うなら、怒ることだって厭わない。


 あたしは絶対に夕子ちゃんを救う。


***


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