2話 夕子は『試練』壱を超えられるのか否か
<『試練』壱>――<過去の間>
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かつて、小学生だったころ。私――夕子は普通に生活するか迷っていた。
幽霊が見えることを小学生の友達に伝えるか迷っていた時期だ。
小学生中学年――小学生三四年あたりだったはずだ。私は幽霊が見えると言わないことを決心した。
だけれど。
――もし、幽霊が見えると言った場合の結果は今の状況だろう。
「幽霊なんているわけねえだろ!」
痛い。
誰かに殴られた。蹴られた。
「「幽霊がいるわけないだろ!」」
痛い、痛い。
人が増え、威力も増し、殴られ蹴られ、私は地面に這いつくばる。校庭で、地面に這いつくばっているので、砂利が口に入る。体中が痛い。
「「「幽霊がいるなら証明してみろ」」」
相手が成長している。私の身長も伸びた感覚がする。それに――校庭も小学校ではなく中学校の校庭に成り変わっている。
私が幽霊を見ることができる存在だといった場合、私は中学に進学しても虐められるのか――そう思ってしまった。
痛い痛い痛い。
痛みは増していく。
精神が蝕まれ、肉体も蝕まれ、終わりの音が近づいていると感じるほど。
「「「「幽霊はいない」」」」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
どうしてここまで痛いんだ。
私は何をした。
「お前は自分を自分で騙した」
「それが罪」
「犯罪だ」
「お前は犯したんだ、嘘を侵し、犯し」
「自分さえ騙し」
「そして嘘を吐き続けた」
「お前は化け物だ」
「何者ではない」
「人とは絶対言うべきではない」
「お前の存在は『最悪』だ」
「『最悪』という存在だ」
「お前は――人間じゃない」
どうしてここまで言われなきゃいけない。
私が何をした!?
「お前は自分の記憶を――みずから――おのずから書き換えた」
「ふつうの人間では完全にあり得ないことだ」
「人外の行いを、いとも容易く悪気もなく行う」
「そしてお前は最悪な行為をした――」
「――『イマジナリーフレンドと幽霊』を誤認した」
「これは現実逃避としてあまりに理に適っている」
「だけど、反動はこれだ」
「報いは今だ」
「お前は現実を直視できる場面で逃げようとする」
イマジナリーフレンドを幽霊と見間違えただけだ私は!
私はおかしくなんかない!
「いいやおかしい」
「そうだ。お前はおかしい」
「イマジナリーフレンドと幽霊を見間違える――」
「――ありえないだろ」
「イマジナリーフレンドはイマジナリーフレンドだよ」
「やっぱお前、おかしいよ」
「おかしい」
「おかしい」
「おかしい」
「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」「おかしい」
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
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あたしは、どうにかして夕子ちゃんの脳内に侵入できているらしい。そして今、見ている内容がコレだ。
「*一応成功したみたいだな。幽霊が見える人間は幽体離脱及び、生きている者の記憶――世界を見せられる。少しばかり心配したが成功したようで何よりだ*」
俯瞰的に、夕子ちゃんを見ている。真っ暗な場所で、幻想の中学生に責められ続け、精神を崩壊していた。
……覚悟は決めていた。だけど、ここまで――これほどなのか。イマジナリーフレンドと幽霊を誤認し、その結果、彼女は壊れに壊れ、壊れたものをさらに壊され、壊されたものもさらに壊し壊され、崩壊していた。
確かに、イマジナリーフレンドと幽霊の誤認なんて、現実的感覚で考えれば異常だ。それは間違いない。だけどそれでも、ここまで攻め続けられれば脳も壊れ、彼女自身も死んで――
「*今は私たちの世界にいるから、お前が考えてることは分かる。だから言わせてもらうが、これは――『イマジナリーフレンドと幽霊の誤認』ってのは、地球上じゃ、誰もできないだろ? あいつは――あいつはその報いを受けてんだ。もしあのまま現実と向き合わず『私』やあいつが死んでも、それはもう仕方がない。因果応報だ。『私』は誤認させる手助けをし、あいつも隠し続けた。だからもう、『私』たちは死がここまで間近に迫ってんだよ*」
「…………夕子ちゃんは死ぬの?」
純粋な疑問だった。いくら、ここまで酷い有様だったとしても、これは意識の中で起きていること。このままこの状況がずっと続くとどうなるのか――あたしには微塵も分からない。
「*ああ、死ぬかもしれないな。これはもう末期だ。意識の中で完全に敗北すれば現実を受け入れずに、現実から完璧に逃げる手段を取る――つまり現実から消える――現実世界での死だ。死因は外部から見ればショック死になるんだろうな。あるいは心臓麻痺とか適当な診断をされるかもしれない*」
「…………」
夕子ちゃんは初めて幽霊が見える人と友達になったのに、それでも――いや、だからこそ彼女は幽霊を本当の意味で初めて見ることができて、あたしに共感出来て、それで現実に気が付いた。その結果がこれだ。
あたしのせいだ……。
「*遅かれ早かれこうなっていた運命だ。一年早いかどうかとか、そのレベルだ。どっちにしろ、齟齬が大きすぎて破綻して、こうなっていたよ、あいつは。ただなあ、お前、覚悟決めたんだろ。それなら、あそこに行って助けてやれ。そうすればあいつは助かるはずだ*」
***
***
「お前はおかしい」
聞きたくない。
「異端だ」
聞きたくない。
「さっさと死ぬべきだ」
嫌だ!
「死ねよ、異端」
やだ!
「死ね」「終われ」
……やだ。
「今すぐ死ね」「殺されろ」「異端児」
……やだ。
……誰か……誰か……助けて……、私、死にたくない……!
「生きろよ!!」
世界が割れる音がした。
真っ暗な世界から、真っ白な世界になった。眼前にいたのは、委員長――いや、ハルなのか? 顔が腫れ、涙で視界が濁って上手く見えない。
「あたしはなあ、お前が好きだ! あたしを救ってくれてありがとう! 次はあたしが頑張る番だ!」
「(<『試練』壱>――<過去の間>クリア)」
「「――!?」」
脳の中から発せられるように、その声が聞こえた。機械染みたような声だった。
「(続いて<『試練』弐>――<妄想否定の間>に変更し、『試練』を開始します)」
意味が分からなかった。
今の、精神と肉体を滅ぼすのが、『試練』だということを初めてしったのに、続いて第弐?
……さっきので終わりじゃない? 冗談じゃない。どう考えても正気の沙汰じゃない。
…………これが私の今までの罪を清算するための『試練』というのか?
「大丈夫だよ、夕子ちゃん。あたしが、絶対に助けて見せる」
彼女が――委員長が手を繋いでくれた。
彼女のぬくもりは、何よりも安心できると感じた。私は彼女がいれば、どうにかなるんじゃないのか――そう思っていた。
***