5話 彼女は真実に気づいてしまうか否か
「はあ……はぁ……!」
刀を手から離し、床に手を置く。
精神が底を尽きている感覚を覚えた。
あれを退治するために、異常なエネルギーを消費した。
全身から汗がどっと現れ、垂れる。身体の火照りが異常だ。脈が壊れそうなほど、暴れている。全身という全身が、悲鳴を上げている。声は出ない。全て、自分の中で、*私の世界で*どうにか解決したこと。
*幽霊に対しての対抗――幻想の力は、それなりの効力を発揮すると私は無意識に理解していた。幻想の世界と、幽霊の世界は外部――現実の世界を視点として考えれば似ている部分がある。そしてそこに誰もが間違える矛盾がある。誰もが間違える矛盾――簡単に言えば、幽霊の証明が難しいゆえに起こる人間の曲解的解釈及び、枝分かれする理論。
幽霊という存在自体、人間から生み出でたというイメージが無意識下にある。人間がいるから幽霊という世界が現れた。そして同時に幻想も、人間が生み出した。
幽霊には幽霊の流儀があるがしかし、先ほどの存在は――先ほどの邪悪は、人間の良くないモノが塊になったものだと、解釈する人間が多い。どろどろとした感情の塊、さらには死者の怨念、嫉妬、悪、最悪、全ての負完全の集まりによって出来上がった最強の完全な負完全。だからこそ、私は太刀打ちできたのだ。もはや、その存在は、『虚構と解釈してもいいほどに、現実とは離れていた』のだ。つまり幽霊の世界でもそれは、虚構の世界と言ってもいいほどに幽霊との存在ともかけ離れていた。そして、虚構の世界というのはイコールで、幻想の世界だと言ってもいい。つまりあの最強で異常で、終わっている狂気的存在には、虚構という弱点があったのだ。なんでもありの世界――幻想の世界では、あの程度、『最強の刀』一つでも創り出し、幽霊に通用するように次元を弄ればどうにかなる。
私はそれを理解していた。*
*『夕子』は記憶消去を行う。*
――? あれ、今私は何を考えていた?
「夕子ちゃん!」
「うわっ!」
全力で抱きつきた委員長の力は大したもので、私と委員長はベッドの上に乗ってしまった。
「あたし心配したんだよ! 逃げようって! そう言ったのに! 夕子ちゃんは全然動かなくて、それで……心配した。幽霊に飲み込まれちゃうんじゃないかって。どこかに消えてしまうんじゃなかって。心配……したんだ……」
また、泣いていた。学校では、なんでもできそうに見えてしまう委員長が、今ではなんでもできなさそうに見えてまう。
でも、私はそのすべてをひっくるめて、委員長は良い存在なんだと思った。
「心配してくれてありがとね。嬉しいよ」
私たちはそのあと、三十分はそのままの状態でいた。時に話したりもしたけれど、暫くはお互い、きっとこのままが良かったんだと思う。
*****
「委員長、大丈夫? だいぶ疲れちゃっていると思うけれど」
「うん、もう大丈夫かな」
良かった。心の底から私は安心した。
「何か飲み物持ってくるよ、喉乾いてるでしょ?」
「うん、お願い」
私は、階段を降り、リビングから飲み物を持っていく。
ああ、コップも二人分注いでもっていかないと。
そして私の部屋に戻って、委員長に飲み物を渡した。
「あの、ちょっとお願い聞いて欲しいんだけど……」
飲み物を飲んだ後、委員長はそんなことを言い出した。
「どうしたのかしら。別に、私にできることならなんでもいいけれど……」
「夕子ちゃんとここまで仲良くなったんだからさ。あだ名とかで呼びたいんだけど、いいかな?」
*断れ、私!*
「いいよ」
あれ? 今何か、聞こえたような……。
「良かった。じゃ、私からあだ名つけるね。夕子、だから……ゆーちゃん、とか?」
「…………」
長髪で、黒髪で、明るくて、私のことを好いてくれる存在が、ゆーちゃんと呼ぶ。
あれ。
あ、れ。
どうしてだ。どうしてなんだ。
おかしい。これはハルだけだ。姿かたち似ていても、ゆーちゃんと、そう呼ぶのはハルだけだ。幽霊のハルだけ――
いや、
ハルは本当に幽霊か?
私は勘違いをしている。
きっと馬鹿げたことだ。
知っている。
いや
知っていた。
私は壊れている。
幽霊をイマジナリーフレンドに
違う。
私は
私は
私は
イマジナリーフレンドを幽霊だと
勘違いさせている。
*終わった。*
気づいた。
気づいた。
なんで、
気づいた。
私が――私でなくなる。
いや、
そもそも私って、何? 『私』? 《私》? 私?
私ってハル?
あれ。
何か、まとまらない。
思考が。
すべてが、
世界が、
何もかもが、
幾重にもなった世界が見える。
現実。 幽霊。 そして――妄想。
そんなことない。
いや、否定できない。なんでどうしてなぜ私は私の考えを否定できない。
そう、か。
私は
「あ……」
自分自身の記憶を捏造して、そして、幻想で遊んでいた。
ハルに飲み物を渡した時、私は水筒の中身を溢して床を汚したじゃないか。
朝、ハルと朝食を食べた時、ハルに渡そうとした分はゴミ箱に捨てた。
怪物を斬った『最強の刀』は、もうすでに部屋に無いじゃないか。
全部、私が記憶を捏造して
――否定ができない。
否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定――――――
だ
め
だ
否
定
で
き
な
い
私は化け物だ。
私は人間じゃない。
私は、この世界に存在してはいけない――化け物だ――。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
*『夕子』はいう。「『試練』を始めるしかない……わね」*