3話 果たして本当に幽霊がいるのか否か
「…………」
私は何も言えなかった。
委員長が私と同じ、幽霊が見える人だとは考えたこともなかった。
*いや、私はイマジナリーフレンドを幽霊だと誤認させるだけ。*
*『夕子』は再び記憶を誤認させる。夕子が見てるのはイマジナリーフレンドではなく、幽霊だと。*
*これ以上の誤魔化しは、難しい。*
「やっぱりびっくりしちゃうかな。……実は夕子ちゃんも幽霊見えてるときあるんじゃないかと思って聞いたんだけど……」
確かに幽霊は見えるときはある。
*嘘だ。幽霊と誤認してるだけだ。本当は、まったく見えない。*
だけど、委員長に幽霊が見えると人間だと言ってもいいのか?
*良いわけがない*
*質問に答えれば私はお終いだ。幽霊が見えず、イマジナリーフレンドだと気づき、そして――ハルとは永遠と会えない。そう気づいている。気づいているはずなのに、私は――*
「私も……幽霊見えるよ」
*もう、後には引けない。*
「え? ホントに?」
委員長が、こちらを瞳から涙を溢しながらも、キラキラとした表情で見つめてくる。
同類と出会ったときの表情はこうなのだろうか。そして私も今、委員長のような表情と似た表情をとっているか……分からない。だけれど、
「本当よ。私も委員長と同じで幽霊が見えるわ」
「やっぱ見えるんだね、よく学校で、眼だけを動かすところ見ていたからそうなのかなって思ったんだ」
確かにその通りだ。私は霊感が強いのか、幽霊を多く見てきた。
家の中で幽霊はハルだけだけれど、家の外なら多くの幽霊を目にしてきた。そのとき、私は目を動かす癖が抜けていなかったんだろう……誰にも言われないからその癖は治ったと勘違いをしていた。
「あたしって、おかしな人じゃなかったんだ……良かった……」
委員長から涙がこぼれ落ちていた。
「い、委員長……大丈夫?」
「……うん、大丈夫。安心したの。あたし、今まで誰とも幽霊が見えた人と出会えなかったから。それで、夕子ちゃんが霊感持ってるって正直に伝えてくれて、嬉しい」
ぽろぽろと落ちそうな涙を腕で拭いながら委員長は感謝を述べている。
「ええ。委員長が大事な話を――真剣にしているときに、私は嘘を言わないわ」
「ホントに……ありがとうっ!」
「えっ?」
急に抱きついてきた。委員長って、こんな性格だったのか――こういう行動を取る人間だったのかと、少し驚く。
学校内では、人に抱きつくことは当然見たことがない。なら、これは、私を信愛しているから……なのだろうか?
「ごめん、ちょっとこのままでもいいかな?」
「……いいよ」
私は、学校で他者に対する態度がきつかった。それはわざとで、その根幹にあるのは、私が幽霊が見える異端だと知られたくなかったから。幽霊が見えて友達に恐れられるよりも、友達を作らずあらかじめ独りよがりになることで、カースト制度最下層にいる方がマシだと思った。
でも、彼女は――委員長は、カースト制度がどうとかは置いといて、委員長は委員長らしく、普通の存在としてふるまっていた。
それはきっとつらかったのだろう。いつ、幽霊が見える存在だとバレたら、今までの評価さえひっくり返り、相手相手全てが敵に回った錯覚さえ受ける――そう考えていたんだろう。そうじゃなきゃ、ここまで抱きつき、泣くことはない。
私はもとから失っても怖くなかったから、独りよがりでも生きていける。私は幽霊と喋れるから一人ではなかった。
*本当は一人だったけれど。*
これからは、私と委員長の関係は同類になるのだろうと、思った。
「……ありがと。だいぶ落ち着いてきたわ。夕子ちゃんのお陰、ホント、ありがとね」
眼が赤くなっていて、まだ、泣いている面影があるけれど、それでも彼女はにっこりとした笑みで私に感謝の意を述べた。
「お礼なんてしなくていいわ。ただ、……委員長もそういう面が――弱い部分もあるのね。てっきり、私は貴方がとても強く、いつも笑顔を振りまいて明るく――皆を明るくしてくれるから、弱点なんて殊更全くないと思っていたわ」
「やだなー。あたしにだって、弱点の一つや二つあるよー。それにまだ高校生なんだから。そこまで強い部分も本当にないんだよ」
私はそれが、謙遜か真実なのか判然としなかった。だけれど、そんなことは戯言だと思った。
彼女は彼女らしく、今日も幽霊を見ながら――私と似たような景色を見ていると思うと、胸が躍った。
これからは、あまり自分を卑下せず学校生活を送っても、委員長がいる。
委員長は同類――同じ幽霊を見ることができる存在同士、きっと仲良くやっていける。
「ひっ……」
委員長が恐怖の表情を見せた。
「委員長何があったの?」
「あ、あれ……。幽霊……!」
指さす方向は私の視線と真逆。
幽霊にどれほど怯えているかは分からない。だけれど、別に、幽霊という存在はそこまで驚く必要はない。私はホラーにも耐性がある。だから特段、怖い幽霊――それこそ五メートルの屈強な存在と出会おうとも、そこまで驚くことはない。彼ら彼女らは、被害を与えることがないのだから。
私は後ろを振り向いた。
幽霊なんていなかった。