1話 委員長に会ったのは運命なのか否か
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ここは、私と『私』――夕子と『夕子』だけの世界。
真っ暗で、私と『私』だけしかしない――独り言の世界。
「異常な恋ってのは実る――それは『私』としては初めて知ったね。しかも、イマジナリーフレンドに恋をするなんて」
「イマジナリーフレンドだろうと、関係ない。私はハルちゃんに恋をして、付き合った。それだけ」
圧倒的に、現実の私と矛盾しているのは理解している。
現実の私は、イマジナリーフレンドと幽霊だと誤認しているのだから。
「人間同士にさえ、異常な恋というのはある。貧困な人間と富豊かな人間同士の恋、強い人間と弱い人間同士の恋、敵同士なのに恋をするやつら。それなのに。お前は人間同士の恋さえも軽く超越し得る恋をした。人間とイマジナリーフレンドとの恋。いくら、『私』が誤魔化そうと頑張ったところで――いずれかバレるほどに矛盾しているわ。いつも通り――少し話す程度の関係なら、幽霊だと誤認する程度はできるけれど、関係性を持った場合――特に、イマジナリーフレンドと恋を持つなんて論外だ。これからどうなるか分からない」
「でも貴方は協力してくれた。そうでしょ?」
「まあ、な。でも、『私』はそれが長く続かないと思っている」
そう……かもしれない。
私は私自身を騙すこともできる――ただし、あり得ないほど矛盾していれば別だ。矛盾だらけの存在だと気づいてしまえば、ハルちゃんとの出会いは無かったことになる。
それだけは嫌だ。
「『私』は『私』なりに頑張るさ。ただ、それでも時間制限はある――お前自身を誤認させる時間、それが制限時間。その間、頑張るのはお前だ。ハルをイマジナリーフレンドと理解するまでに、『イマジナリーフレンドだとしても好きなことに変わりがない』――そうなっていないとハルは簡単に消滅する。分かっているわよね?」
「分かってる」
分かっていた。けれど、どんな努力をすれば、イマジナリーフレンドを幽霊だと誤認し続けることができるのか、分からない。
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朝。耳障りな目覚ましを止めた。
今日から夏休みだ。
私は周囲から疎まれている存在だから部活にも入っていない。強いていうなら勉強があるくらい。最高に、自堕落な生活を満喫できる夏休み。ああ、駄目になる。
「おはよー!」
目の前に、明るくてうるさい人物――いや、幽霊であるハルがうるさくやかましい挨拶をしてきた。
「おはよう」
「眠そうだねー。何? 二度寝? 私も隣になって寝ていいかなー!?」
「勝手にしなさい」
「か、かかか勝手にしていいの!? じゃ、あたしと添い寝してそのままエッチなこと――」
「殺すわよ?」
私はいつの間にか右手に包丁を持っていて、それをちらつかせながらハルを脅かした。
「ごめんごめん。あれだよ。付き合った女子同士のいちゃつきではよくある事だとおもってさー。許してー?」
「幽霊だから、一回くらい間違って刺したとしても死なないわよね?」
「えっ? いや、いやいやゆーちゃんそれは違うよ! 私、浮遊とかできたりするけど、刺したら死ぬよ!? 刺さないで!!」
「じゃあ今からキッチンに行って――」
「――私のために最っ高の手料理を振舞ってくれるんだね!! ありがとう!!」
「いや、キッチンに貴方を殺すためのペティナイフを持っていこうとしただけなんだけれど」
「まさかの二刀流! スターバースト嵐でもするのっ!? でもあたし、そんな剣を振るうカッコいいゆーちゃんも見てみたい! でもあたしは殺さないでっ!!」
「……ったく、殺さないわよ。貴方と付き合ったんだんだから」
私は幽霊に恋をしてしまった。
幽霊に恋をするなんて、中々に馬鹿げたことだったけれど、私は幽霊に――ハルに恋をしてしまったのだから仕方ない。
「ゆーちゃんの口から、そんな言葉が出るなんて嬉しいなー!」
「……事実だからね」
「あー照れてるゆーちゃん! どんな表情でも可愛いのに、この表情はせこい! 悪魔! 悪魔を殺せる可愛さ!! まさに天使っ!!!!」
「あーはいはい」と私はあまりに誇張し過ぎた褒め言葉を流す。
そのまま私は自分の部屋を出、そして二階から一階に行き、キッチンに。
「もしかしてまだあたし殺そうとしてる!?」
「殺さないわよ。朝ご飯を作るだけ」
「良かったー。ねーねー私のも作ってー!」
「……幽霊でしょ、貴方」
「幽霊でも食べ物食べれるよー?」
「まあ、私のパンの食べ残しくらいならいいけれど」
「ゆーちゃんと間接キス!! 嬉死ぬ!」
ハルのテンションマックス状態につき合うのは疲れる。さっさと朝ご飯を用意しよう。
朝ご飯を作るといっても、トースターでパンを焼いて食べるくらいだけれど。
ハルのハイテンションに付き合いながら私はパンを食べきった。
「ゆーちゃんの作ってくれたパン美味しかったぁ~!」
「それはそれは、良かったわ」
私が作ったパンと言われると、何か語弊がありそうな気はするけれど、とにかく、ハルが喜んでくれたようで何よりだ。
「ゆーちゃんこのあとどうするー?」
「そうね。図書館にでも行こうかしら」
私は図書館で本を借りていた。だから本を何冊かを返し、新たに本を借りようと考えていた。今日は快晴。図書館に行くにもふさわしい外出日和。
私は身支度をして家を出た。
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外部から図書館に行く、という字面を見ると勘違いが起こしてしまうけれど、私が行くのは高校にある図書館ではなく、言うなれば市立図書館だ。
だから、高校生がいる可能性は低い。
私という存在は、同級生に会うと気まずい。わざと嫌われやすい立場――立ち位置になったから、下手したら図書館でいざこざを起こしかねない。そのような理由で学校の図書館(図書室と言った方が正鵠だけれど)、そんな最悪な場所に行かなかった。
もちろん、市立図書館でも会う可能性はあるが、荒れている人がわざわざ図書館に来ることはない。まして、カースト上のトップレベルの人が来る可能性なんてない。
さらに、万が一のことを考え、学校から一番近い市立図書館ではなく、二番目に近い市立図書館に通っている。
だけれど。絶対に同級生と会わない保証はない。
「こんにちは夕子ちゃん」
「……こんにちは、委員長」
初めてこの図書館で同級生に出会ってしまった。わざわざ近場の市立図書館とは違う、隣の市にある市立図書館に通っているにもかかわらず、私は委員長に出会ってしまった。
「珍しい、というと少し違うかな。ここで会うなんて中々ないよね。夕子ちゃんはどうしてここに来たの?」
「私は本を借りるためにここまで来たけれど……」
さすがにここで、怒ったりするのは気まずい。周りの配慮はある程度考えておきたい。周りが高校生だらけならまだしも、このような場合――図書館にいる場合、静かにしないとまずい。騒ぎを起こせば出禁にされる可能性がある。憩いの場を失うのは、辛すぎる。
「奇遇ね、あたしもだよー。少し話してかない?」
「いや、図書館で話し合うのはまずいんじゃないかしら」
どうにかして逃げようと言い訳をする。
「じゃあ、この近くにお茶できる場所あるから寄らない? お金はあたしが払うしさ」
……まさかそんな切り返しが来るとは思わなかった。これでは……断ることはできないわね。
「……分かったわ」