5話 彼女は傲慢なのか否か
鏡は自分を映すものだと、聞いたことはあるけれど、これはあまりに辛い。
眼前に――否、あたり全体にある鏡に映し出されているのは、ハルだ。イマジナリーフレンドだと理解してしまっているハルが、鏡の向こうに映し出されていた。
軽口を言い合う存在が幽霊どころかイマジナリーフレンドだと自覚してしまった私に、これほど悪辣な行いは理不尽にも思えたけれど、同時に今までの報いを受けようとすればこのくらいは当たり前だと思ってしまった。
私はハルがイマジナリーフレンドだと理解している。今までは幽霊だとか誤魔化していたけれど、彼女は紛れもなく【私】だ。私には持ち合わせていない部分を多種多様に持っていて、彼女みたいになりたいとも思っていたし、付き合いたいと思って――実際に付き合った。
そんな過去を持つ彼女に、どう声をかければいいのか分からない。
今までは適当に軽口でも良かったのに、彼女も【私】であると自覚してしまった以上、私同士で対話するのは難しい。俯瞰的に私を見る者がいるとすれば、さぞ滑稽だろう。そして今も。私はどうすればいいか分かってない――性格の違う【私】という存在、ハルに何を話せば最適解なのか。いや、そもそも――
この場所ってなんだ?
いや分かってはいる。
この場所は、良くも悪くも私が生み出した、私に最悪の仕打ちをする場所だってことはうすうす理解できてる。脳に高負荷をかけ続けられていたから、どうもその事実に気づかなかった。
私の考えに基づいてできた世界なら、ここは私が考え得る範囲であり得ることを行ってきたわけだ。確かに、第壱の試練は小学生時代に友達に打ち明けてしまったとき、相手を恐怖に落として、男子を呼ばれて男女の何人もが私を虐める――その誇大妄想が形になったわけだし。第弐は、今まで逃げてきた分を清算するために、私が私をさらにどん底に落とすものだった。
なら最後の試練とは?
私の妄想の範囲に、試練の内容が沿っているとは思っても、最後の試練が何かなんてわかりはしない。
ヒントは、360度、辺り一面に鏡が貼られて、そこにハルが映し出されていること。
ハルは何も動いてないし、笑ってもいない。無表情のまま、こちらをじっと見つめている。『私がハルを無表情のように見つめているように』、『彼女も私を無表情に見つめている』のだ。
奇妙かどうかで答えるなら、そこまで奇妙には思えない。だけれど、私と【私】が同じ行動を取っているのは違和感しかなかった。明るい私、クールな『私』、そして何よりも平凡で、それでいてすべての私を操れる主人格ともいえる私。
全員が全員、別々の考えを持っていると言ってもいい。私は言わないけれど『私』がいうセリフや、私は言わないけれどハルがいうセリフ。――セリフ。そう、私が今から喋るのは、セリフでしかないと思う。そう思うと、何故か簡単に言葉が出る。
「ねぇ、ハル……」
とつぶやいたが、その瞬間、私は目の前の事象に驚く。
ハルは、私と同じように口を動かしていた。
私は無意識に後ずさりをする。ハルも後ずさりをする。
姿も形も違う存在が、鏡の前で同じ動きをする。……恐怖だ。
まるでドッペルゲンガーと出会ったかのようだ。
まるで本物の幽霊と出会ったかのようだ。
まるでイマジナリーフレンドと出会ったかのようだ。
ハルが何を考えているのか分からない。私の世界だから一緒に動くのか――そうは思えど、それはないと言い切れてしまう。
本当は理解できている。
脳内が、身体が、魂が、その考えを拒否するだけ。
委員長のもとに帰ってくるって誓ったんだ。
息を吸え、目の前のハルに惑わされるな。
理解しろ、今の現状を。
私と同じ動作――そして考えも何もかもをトレースする相手――機械のように思えど、魂はある。私には私なりの魂。『私』には『私』なりの魂。ハルにはハルなりの魂。しっかり別れてると感じ取れ。
自覚しろ、魂は別個だと理解しろ。じゃないと、
私は、ハルを私にしてしまう。
現実しか見ることができない今の私は、ハルを完全に『存在』として見ていない。傀儡、あるいは私に思えてしまっている。脳を騙せばいいのかもしれないけれど、それも難しい。
なら何をすればいいのか。分からない。だけれど、行動をしよう。
魂が別個にあれば、ハルは帰ってくるかもしれない。そう仮定して、呟いてみよう。
「私には、私の中には魂がいくつもある」
目の前の鏡に映ったハルはまた私の真似をする。口の開き方も、瞳の動作も仕草も何もかも、完璧にトレースしている。
駄目だ。現実と妄想を区別することができない……。
私が達成すべきことは、現実だけを見るのではなく、妄想も見ることができるようになりたい。正確には妄想も以前のように実現するだけれど、それを実現しないと彼女は再び帰ってこないと分かっている。
今の私に、ハルを取り戻すのが可能なのか?
――そんな考え、クソ喰らえだ。
可能とかじゃない――やるんだ。
私という私を投げ捨てろ。
全力で彼女――ハルを、助けるんだ。
「その考えは傲慢じゃないのか?」
鏡が――ハルが、私への真似事から私に問い詰める方向に試練をシフトしてきた。
……対話可能、そう考えればこれはチャンスかもしれない。話し合おう。
「ねえ、ハル。確かに、ハルは私のイマジナリーフレンドかもしれない。でもイマジナリーフレンドってだけじゃないんだよ、私の中では。今まで、いろんな思い出を作ってきた。そして、禁忌だと分かっていても、私は貴方と付き合った。それって、私も――そして貴方も望んでいたんじゃないかな?」
「私はイマジナリーフレンド、望むとか、そういうものはない」
いつものハルではない。それは、私が、ハルを未だにイマジナリーフレンドとしては受け止めても、一人の存在で、別存在だと思っていないから。
だから私はその楔を解き放たないといけない。
楔を解き放つために必要な事。――考え、考え、考え抜いた。
楔を外す方法。
楔は内から壊しやすい。鏡の内側から、彼女に干渉するべきだと思った。
だから――私は鏡に触れ
――鏡の世界に突入した。
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